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その後……辺境の医術師の話と《蘇芳プロジェクト》

その後《辺境の医師のその後編4》

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 俺の退院より、イオの入学が先になったことは残念だった。
 入院中に一緒に定期検診することになり、1日半かけて精密検査をすると、血液検査に引っかかったのだ。
 ……何のことはない。
 ただの鉄欠乏貧血だった。
 ただのだ……と言い聞かせていると、元母が、ハリセン持って来た。
 結構おっとりしている人だと思っていたのだが、改めて会うと、めちゃくちゃ怖かった。

「お久しぶりね~? お名前なんでしたかしらん?」
「えっと……」

 シュパン!

ハリセンが見事に翻った!
 俺の頭に叩き込まれる!
 そこで思い出した!
 元母って、俺が小さい頃、めちゃくちゃ厳しかった!

「はい! あなた、三歳の私の孫よりお馬鹿さんなのかしら? お名前は? と言うのだから、名乗ればいいのです! 後ろ暗い過去があるの?」

 ありまくりと言うか……後悔ばっかりだよ!

「おっそーい!」
「いっだぁぁ!」

 ビシバシ殴り飛ばされ、頭を押さえる。
 本気で痛い。
 これ、普通のハリセンじゃない。
 絶対何か入ってる……。

「えっと……ディと申します……」
「はい。よろしい。では、次です。あなたの現在ここで治療受けている病気は何かしら~?」
「鉄欠乏貧血……です」
「あなた、確かお医者様のたまごよね? 鉄欠乏貧血ってどんな病気かしら~?」
「えっと……鉄分が足りません……」

 答えると、ブォーンと大きく腕が翻った。

「ぎゃぁぁぁ!」

 おんなじところ、何度も叩かれると痛い!

「貴方はバカですか? そんな説明を、同じ病気の患者さんに言うのですか? そんなのヤブ医者でもエセ医者でも言いませんよ!」

 ババン!

 連続クリーンヒット! に悶絶する。

「いっだ~! なんで、そんなに殴るんですかぁぁ……これ、どこで使い方教わったんですか?」
「ママやおばあさまが、言っても聞かないバカには、容赦なくこれで躾けなさいって使い方を教えてもらったの!」
「ママって……」

 あれ?
 この人の母って……。

「……先代王妃殿下?」
「ピンポーン! あんまり私、ママに似ていないから、親子って思われないのよね~? それに結構私見た目が見た目だから、武器持つって思われないの」
「武器、持つんですか?」
「えぇ! 愛用は鞭よ? 遠方からも攻撃できるし! 金属武器持ち込めなくても隠しやすいものね。結構意外性があるって言われるの! でも、あーちゃんは喜ぶけど、しゅーちゃんとにーちゃは嫌がるのよね~?」
「うっわ……」

 何で、スカートにスリット入れてるんですか?
 ついでに手慣れたように扱ってますね……長い鞭と、短いのとか持ってますが、拷問用とかあるんでしょうか……。
 怖くて聞けない……。

「あ、一応、拷問用はここに持ってきてないわよ? 尋問用と私の身を守る用ね」

 聞かなかったのに話された!
 ど、どうすればいい?

「ところで? 鉄欠乏貧血ってどう説明したらいいと思う?」

 鞭はしまってくれたが、ハリセンの先で俺の顎を上げる。
 うん、見た目は儚く可愛い系……見た目はお姫様……うん、先代国王の長女で、現国王の妹で、祖母になる先先代王妃様に似ている……はずだ。

「て、鉄欠乏貧血は、体内に必要な鉄分が不足します」
「20点! 血中にある鉄分は、酸素が取り込まれて結合し体内をめぐる。鉄分が不足すると、酸素が体内に行き渡らず低酸素状態になり、めまい吐き気などを引き起こす……くらい言いなさい!」
「はい……」

 面倒臭いと思ってしまうのをビシッと指摘される。
 うっ、次から頑張る。
 患者に説明できるように!

「で、ちゃんと嫌いな野菜とか、レバーとか食べているのかしら?」
「む、昔より好き嫌いがないです!」
「食わず嫌いって、父親そっくり……」
「はい?」

 はっとして、可愛らしい系、儚いお姫様を見ると、大きくため息をおつきになられた。

「個人的な見解というか又聞きなのだけれど……50年ほど前に亡くなられたアンディール様っていう方は、ものすごく味覚音痴でした。甘いものはとことん甘く……溶け切らない砂糖がどっぷり残った飲み物と、激辛料理を一緒に食べても、吐くこともなく胃もたれも起こさないような頑丈さも持ち合わせた人でした。その人の叔父に子……つまり従兄弟が生まれた時、当時のマルムスティーン侯爵とマガタ公爵が守役になり、面倒を見ていたのですが、二人はかなり忙しく、ほんの少し目を離したときに、お腹が空いたと泣いていた上の王子に、アンディール様と赤ん坊の父親がとんでもないことをしでかしました」

 座った目で俺を見る。

「まだ生まれて半年もしない赤ん坊のミルクに、赤ん坊の父親は薬草を煮出した液体を流し込み、嫌がる赤ん坊に飲ませたり、アンディール様は自分の休憩用のおやつ……吐くほど激甘な蜂蜜の練り込まれたクッキーや激辛パウダーのまぶされたクッキー、シリアルを……」
「げっ!」
「アンディール様はすぐに足がつき、食べ物持ち込み禁止となりましたが、赤ん坊の父はそれ以降数度繰り返したらしく、結果、王子はかなり重症度の高いアレルギー反応で何度も死にかけ、元々虚弱体質だったこともあり面会謝絶になりました。死にかけた赤ん坊は、私の兄です。それなのに、アンディール様は、ちょっと閉じ込められただけと懲りもせず、その後生まれた長男の離乳食に挑戦しました。自分も食べてるから大丈夫と思ったらしいのですが、味音痴で胃腸の丈夫な彼は、いくら腐っている食べ物も全く気にしない、気にならない強心臓の人です。実の父親に細かく言われたことも、耳から抜けるような人だったので、そこら辺にある雑草だの、下処理もしないままの魚などそのまま鍋に放り込み、自分好みの激辛スパイスを振り撒いて、息子に食べさせました」

 青ざめる……ついでに震えるしかない。
 蜂蜜って赤ん坊に食べさせたら死ぬじゃん……。
 ミルクに薬草って吐くじゃん……。
 激辛パウダー入りの食べ物って、刺激物……。
 それに腐ったものとか、それ以前の段階……。

「あまりの不味さと舌を刺すような刺激に、泣き喚く孫に気がついたアンディール様の父親は『このバカ息子がぁぁ! お前の異常な体質と赤ん坊を一緒にすんじゃねぇわ!』と叱り飛ばし、離乳食からは手を引かせましたが、その幼児は《食べ物は毒》と認識してしまい、5歳くらいまでおにぎりしか食べなくなりました。あまりにも好き嫌いが激しく、嫌がってお皿から食べ物を掴んで外に投げたり、踏みつけたり、粗末に扱うので、私のママが『自分で育ててありがたみを感じなさいよ!』と、畑に連れて行かれてお手伝いをして、料理を教わって、ようやく偏食が直ったのでした」
「あ、あの……一番悪いのって……」
「アンディール様と私の父よねぇ~? それより偏食って血筋かしら~」
「……や、野菜は食べられるようになってます。さ、魚は臭みが苦手ですが……」
「ハーブで臭みを消して煮込むのね。硬いすじ肉も長い時間煮込むことで美味しくなるわよ。家族だけだと時間かけられない、薪代が高い、水の量がっていうなら、お昼に近所の人と一緒に大きな鍋で料理しておいたら、一度で済むでしょう?」

 バカねぇ?

と呟くお姫様。
 苦笑している。

「一応、今度あなたが帰る時までに、長期保存できる食料とハーブを、騎士団経由で送ってあげるように手配するわね」
「で……も、俺は……」
「まぁ、家というか、縁を切ってるわね? でも、私は貴方を生んだ母だし、彗ちゃんは子供に激甘な父だし? 貴方が納得するまでやっときなさい。……まぁ、貴方の嫁は家に入れないわよ? 変わろうと努力しない、なぜ自分が悪いかも考えない、周囲に迷惑をかけるだけかけて、謝罪もできない人間……私大嫌いなの!」

 本当に嫌そうな顔で吐き捨てる……般若だ。
 騎士の館の館長の愛用の能面だ。
 めちゃくちゃ怖い……いつも怒ってくれる人ももちろん怖いが、一番怖いのは、怒りを溜め込んだ人の……。

「まぁ、いつか戻ってきたら迎える気はあるから、やりたいようにやりなさい。長男の……イオのことは、にーちゃとあーちゃんが、カルス伯爵家のギディアン様にお願いの手紙を出してたから」
「……ごめんなさい。母上」

 俯き頭を下げる。
 今更だが、情けないのと、申し訳なさに涙が出る。

「いいのよ。貴方、侯爵に向いてなさそうだから。アルベルトくんの方が向いてるでしょ。それに、今揉めてるの~……聞きたい?」
「えっと、家を出てる人間に聞かせていいものでしょうか?」
「えぇ! アルベルトくんをマルムスティーン家の後継者にって言ったのよ? そうしたら婚約者をって言ったら、アルベルトくん、シュウ父様のところ行ってね~?」
「シュウ……えっと、グランディア大公閣下ですか?」

 あれ? 大公は娘いなかったはず……孫は……。

「アルベルトくんが、ちぃちゃんの長女と婚約したいって言ったから、ちぃちゃんが『やるか! ボケェ! 歳の差考えろ!』ってキレて、『もっと歳の近い男探すわ!』って大喧嘩。レクちゃんも『じゃぁ、うちの次男』って言い出して、『絶対やらん!』って言い出して面白いの!」
「楽しまないでください……」
「それだけじゃなくて、海の向こうのリスティル陛下が『うちの次男どう~?』ってにーちゃ、言われたらしいわぁ~」
「すみません……俺、胃に穴が開きそうです。すみません……向こう帰ったら井戸を掘りたいので、水源確保して安定した水量が出るまでは、それまで生きてたいです」

 怖い……めちゃくちゃ怖い。
 絶対キレてる、呪われる……。

「あら、可愛いんだもの。モテて当然よね? ちぃちゃんは、千夏くんと結婚してもいいって思ってるみたいだけどね。去年、双子ちゃんが生まれたけど、二人ともお姉ちゃんが大好きらしいわ」
「……俺が何も言えないってわかってるじゃないですか……」
「そうねぇ……じゃぁ、これを一つ報告。前に家の壁の隙間を塞ぐものって貴方考えたでしょう?」
「はい……」
「あれね? ヒエヒエじゃちょっと強度が足りないそうです。それに風を防ぐだけだったから、もうちょっと万能タイプにってことで、こっちで研究が進み、特許取れました。今後、貴方の名前で販売します」

 びっくりする。
 母の顔を見ると、笑う。

「貴方のグランディアの名前です。貴方が何に使おうがかまいません……まぁ、ちぃちゃんは一銭ももらうつもりはないそうなので、使うならイオが貴方の家に帰れない時の生活費、滞在費として使いなさい。貴方が支援したい人にもね」
「ありがとうございます……」
「また様子見にくるわ……ちゃんと食事とって、鉄分とりなさい。向こうで井戸掘るんでしょ?」
「はい」

 過激すぎる再会だったが、母は強かった。
 それから俺が退院するまで何度か会いに来てくれた。
 向こうに帰る時も、いろいろなもの……レシピとか、包帯、ガーゼと言ったもの、布も持ってきてくれた。
 日持ちする食料もだ。
 水も持ち帰れるだけ持ってきた。

 そして、イオの後見人になったのは、団長の父のレイル・マルムスティーン侯爵と、カルス伯爵……伯父が頼んでくれたギディアン閣下だったことも追記する。
 一応、ギディアン閣下だけでも良かったらしいが、イオに何かあった際に連絡を送ってくれやすい人もということらしい。
 こんなふうに優しい人たちに、甘えすぎないことを心に誓いたいと思う。


~*~~*~~*~


 ちなみに、俺のグランディアの名前は蘇芳すおう……色の名前だと名付けてくれた母の祖父が言っていた。
 後年《スオウ・プロジェクト》と名付けられた荒地の再生計画に、イオも、そして母たちも関わってくれることに感謝することになる。
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