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その後……辺境の医術師の話と《蘇芳プロジェクト》

その後《辺境の医師のその後編2》

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「うっ……」

 目を覚ますと、そこは……混迷を極めていた。

「このバカ息子がぁぁ!」
「無駄に健康優良児だな! リーダイル!」
「てめぇがいうなや! このバカルーめ!」
「俺が言ってどこが悪い!」
「テメェは顔だけで単純なところは、このバカそっくりなんだよ!」

 美少女がドスを効かせて、お付きを蹴り倒し、持っていた扇で団長を殴っているところだった。
 一応団長とよんでいるものの、いつも会話を交わす団長は俺の上司で、紅騎士団長リーダイル卿。
 後宮騎士団副団長のレイル・マルムスティーン侯爵の次男になる。
 長男で嫡子がラファエル白騎士団長だ。
 で、目の前でバッチリ女性に姿を変えた侯爵閣下は、悪友兼同僚を蹴り倒し、次男を畳んだ扇でビシバシ殴っている。
 扇には金属が使われていて、武器にもなるそうだ。
 いい音がしていた……。

「ほんっとに! ……コホンッ! 貴方は無駄に健康優良児だったから、わからないのだと思うのだけど、船酔い、飛行酔いっていうのがあるのよ! ひどい眩暈や吐き気で数日動けないっていう子もいるの! このディはその一番ひどいタイプなんだって、健康調査票にきちんと書いていたでしょう! 彗の手紙にもあったはずよ!」
「えっと……申し訳ありません……こいつ結構頑丈で、向こうでは無遅刻無欠勤で、ついでに暇さえあればぐるぐる地域回って怪我の治療やら、絵本の読み聞かせやら、文字を教えるやらで……最初、待合室に自由にお茶飲むスペース作ったり、家の前に日除けやベンチ作るの手伝ったり、図書館作ったりで……タフだなぁと」
「リーダイル、お前と一緒にすんなよ? 馬鹿は同レベルだけどな?」
「仕事させすぎよ! 休みはちゃんと取らせているんでしょうね?」
「えーと、俺と一緒くらい?」
「このバカ息子!」

 パシパシパシ!

 オイオイ……連続で扇が翻っている。
 乾いた音がかなり痛そうだ。

「貴方の仕事は本当にちゃんとできてるの? そんなに生き急いでどうするの? 『俺はラファ兄に跡を継いでもらうから自由だ~!』とかふざけたこと言うなら殴るわよ?」
「もう殴ってるじゃん……いてぇ!」
「頭殴って解らせようと思っているからよ! この馬鹿息子ぉぉ!」
「おっ? 目が覚めたか? こっちも馬鹿」

 近づいてくるのは、元紅騎士団長で、現在は後宮騎士団で国王陛下の影を務めているルー・ランドルフ卿。
 国王陛下の従兄弟叔父にあたる人物で、潜入から攻撃に特化した騎士。
 見た目は綺麗系だが、結構口が悪くガサツに尽きる人。
 女性に変身してちょっとした潜入、諜報活動をしているレイル侯爵とは対照的だ。

「あ、すみません……」
「お前大丈夫か? 吐いて吐いて、出すものないくらい吐いて、脱水症状起こして一時危険状態までいってたらしいぞ?」
「えっと……4年前は、馬車とかだったので、竜酔い忘れてました……」

 苦笑する。
 そして、はっと我に帰る。

「あ、あの! 息子は? イオはどこでしょう? 俺は大丈夫なので! 安心して欲しいと言ってください!」
「あぁ、最初は取り乱して泣いていたらしいが、千夏が連れて行ったそうだ。イオにも少し脱水症状と疲れがあったらしい。休ませている。お前の方が命に関わるとこっちに運んでもらった」
「命って……アハハ……」
「過労と水分を適切に摂ってないからひどい脱水症状と、ついでにこの底なし体力馬鹿に付き合ってどうする! このアホがぁぁ!」

 頭上から重い何かが落とされ、俺はうめいた。

「い、痛い……ランドルフ隊長……」
「彗が泣いてたんだぞ! 『だから言ったのに! あの子はそんなに強い子じゃないから……一年位で泣いて帰ってきたっていいのに! 愚痴ってもいいのに! 僕がそんなに信用できないの? 憎んでないのに! 相談してくれたら……』って」
「……そ、それで甘えて帰ったら、おんなじじゃないですか!」

 俺は涙目で叫ぶ。

「変わんないじゃないですか! それに、どんな顔して家に住むんですか! 情けないじゃないですか! 馬鹿じゃないですか! 何もできない俺が、今まで通り生活しても、ファルトの人はどうなるんですか! 文字も読めない、数字だって一から十まで、指を使って数えるんですよ? 怪我だって痛いの我慢して悪化させて、ひどい人なんか壊死して切断ってこともあるんです! 近所の兄弟なんて、イオとそんなに変わんないのに、身体の弱い母親のためにって、毎日近所のお手伝いして、食べ物を分けてもらって、それでも幸せだって! 俺の勝手な一言で、大きくなってしまった図書館に手伝いに来てくれるようになって、騎士団で仮雇用って形になって、でも時間があったら診療所の掃除も手伝ってくれる。それでお小遣い渡そうとするといらないって言って、代わりに文字教えただけなのに、読めるようになったって、古い本なのに渡すだけで喜ぶ子が……」

 胸が詰まる。
 鼻水が出そうになり、すすりあげる……昔ならこんな泣き方しなかった。
 本当に昔の俺って情けなかった。
 馬鹿馬鹿しい人間だった。
 クズだった……本当にそう思う。

「あの街の人は、必死に生きてる。逃げられない。逃げる知恵がない、お金がない、でも、それでも必死に探してる。俺はもう逃げたくない。今は……もう父さんと呼べない人にまだ頼りきりだけど……あの街の人のために生きたい。必要となくなる時まで、もっと子供が生きやすく、大人 !も苦しまないように知恵を絞りたい!」
「……それは決めたのか?」
「えぇ! もっと力を尽くしてから……会いに行きます」
「よし。んじゃ、寝てろ。俺が、お前の上司の根性叩き直してくる」
「うえぇぇ! ルー叔父貴~!」

 ズルズルとルー・ランドルフ卿が、リーダイル団長を引きずって出ていった。
 残ったのは、女装姿もお似合いのレイル侯爵。
 俺の横の椅子に座り、こそっと、

「……一応ね。貴方気付いてないと思うけど、薄い壁の向こう……貴方のお父さんいるから」
「えっ! どこ!」
「見えないようにしてるに決まってるでしょ! 貴方、一応彗に遠く及ばないじゃない。うちのリーダイルが貴方を担いで騎士団に連れてきたけど、貴方吐いて、全く水分受け付けないし、一気に意識なくなるし、慌てて呼んだのよ。仕事ほっぽりだして飛び出そうとするから、私たちがついてきたの」
「……情けないなぁ……あ、イオには大丈夫って伝えてくださいね」
「千夜にも伝えるわよ。心配してたからね」

パチリッとウインクする……。

「ねぇ、本当に男性ですか? うちの嫁より女性らしいですよ」
「あたりまえでしょう! あんなギャァギャァいう小娘が、私より美しいはずはないわ!」
「おぉぉ!」

 つい手を叩いてしまう。
 ふふんっと笑った侯爵は、真顔になり、

「一応伝えておくわね。千夜の長女は記憶は戻っていないわ。視力も元に戻っていないし、耳も全く聞こえないの」
「……記憶が戻らない方がいいと思います」
「で、自分が過去発明していたことも覚えていないけれど、補聴器というようなものを作ろうとしているわ」
「あの、生き物の……ネコ耳つきの服は?」
「最近の千夜の服のコンセプトよ。パジャマとか子供のお遊び服にって売り出してるわ……そしてそこに、古着でよければ持って帰れって置いてったわね」

扇の先を辿ると木箱が置かれている。

「イオとかレイの?」
「それだけじゃないわ。イオから聞いたそうよ。図書館には子供が集まって遊んでいるんでしょう? 古着も自由に持ち帰って貰えばいいだって。少し大きいサイズもあるらしいわ」
「……ありがとうって伝えてください。いつか、ちゃんと挨拶しますって」
「いつでもどうぞ。それより、数日ベッドにいるようにって言ってたわよ。ちゃんと治しなさい。イオの結果もわかるでしょうね。ちょっと見ててあげるから寝なさい」
「あ、はい……何から何まですみません。ありがとうございます」

 俺は素直に目を閉じ、父の気配を辿ろうと思いつつ寝入ったのだった。



……………
一応説明を、

○リーダイル……名前が今まで出していなかった→ディが名前を呼ぶのを遠慮していたディの幼馴染兼遠縁にあたる人物。メオの実父で紅騎士団長。兄が白騎士団長のラファエル。妻が星蘭で星蘭の妹の那智はラファの妻。千夜とは妻つながりの縁もある。
○レイル・マルムスティーン侯爵……ウィリアム・ロズアルド卿。別名ローズ様。ラファ団長とリーダイルの父で諜報の達人。イケメンだが女装することが楽しい。姉たちが世界的ブランド《妖精たちの輪フェアリーズリング》を展開する。
○ルー・ランドルフ卿……本名はアリシア・ルイーゼマリア・ランドルフ。ロイド公爵の次男で婿養子に行っている。母が現国王の祖父の双子の姉で、どことなく国王に目鼻立ちが似ている。でもガサツで昔は髪を染めて潜入したりしていた。義理の妹が王弟アーサーの妃。妹には小柄で愛らしいお兄様と思われている。
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