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わたくしは、誰なのでしょう?

そんなにくたびれてるか? それは困る。かっこいいパパがいい!……ちぃちゃん目線

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 俺は、二人がお風呂に入っている間に子供達を迎えに行った。

 あぁ、ふぅちゃんとレクには感謝しかない。
 何か……そうだな、ふぅちゃんやレクの子供達に似合いそうな服とか、ちょっとしたお出かけ着でも考えようかな。

 そう思いつつ、レクたちの暮らす館を訪れる。



 ちなみに、俺の普段住む館は、本邸西側のカズールの第二棟……通称白の館。
 第一棟は、白竜の館と呼ばれ、カズール本家が住む。
 俺はカズール家の血は直接引いていないが、祖母の弟で、俺の剣の師匠がカズール伯爵シエラシール卿なので、親戚としてその棟に部屋をもらっていた。
 現在は、俺たちの住むエリアは大改装中。
 だから、マルムスティーンの別館第一棟、精霊の館にある部屋を借りていた。
 レクたちは東側の、ラディリアの別館第一棟、青竜の館に居を構えている。



 部屋に向かっていると、中庭から声がした。

「おーい。ちぃ!」
「……あ、レク、久しぶり……」

 ドアを開けて、出て行くと、日差しがかなりきつい。
 そういえば、看病のためにずっと室内にいて、彩映のために少し薄暗くしていたんだ。
 眩しいな……彩映を連れて外出する時は、日傘でも用意しなければ……。

「……さっき、日向夏姉さんに言えなかったんだけど……二人ともやつれて、痩せてないか?」

 近づいてきたレクが心配そうに俺を見る。

「そうか? まぁ……暇を見ては日課の筋トレはしてたけど、稽古はできないからな。筋肉が落ちたかもしれない。復帰したら稽古して勘を取り戻さないとな。一時は本当に目を離せなかったから、食事も交代でとってたし、日向夏にはベッドで休んでもらってたけど、俺は椅子に座ってうとうとしてた……だから、着替えもヒゲも剃るのも忘れてて、『その姿は余りにも見苦しいわ!』って、先生に怒られたなぁ……」
「普段お洒落なちぃなのに、髪もボサボサだし、無精髭そのままなんて信じられない。みんなびっくりするんじゃない? 本当、くたびれたおっさんになってるよ……」
「おっさん言うな。同い年で、孫のいるじいちゃんが! あぁ……でも、髭は後でちゃんと剃るけど、髪くらいは整えないとな」

 髪を一度ほどき、結び直すと、

「千夏と風深は、部屋にいるのか? 迎えにきたんだけど」
「えぇぇ? もう連れて帰るの? 早くない? もう二、三日、面倒見るよ?」
「いや、二人にも、ちゃんと理解できる範囲で話しておきたいんだ。一度会わせて、まだ彩映が調子を崩したり、二人が今の彩映を見て怯えたりしたら、もう一度、レクやふぅちゃんに、頼むかもしれないけど……」
「なんなら、彩映の方を預かるけど?」
「それは嫌!」

きっぱり拒否する。

「彩映、今もう、ものすごく可愛い! 可愛くてたまらないから! さっき、おかゆを食べさせたんだけど、日向夏がスプーンですくって、冷ませてから持っていくと、小鳥のひなみたいに口を開けて、待ってるの! 『あーん!』って! 毎回おいしい、美味しいって笑って……もう、メチャクチャ可愛いんだ! 二人が顔を見合わせてるのも! あの姿はレクに見せたくない」
「ケチ!」
「それに、前にレクに言われたけど、彩映は、本当にふぅちゃんに似てる! 喋り方も少しずつ子供らしくなって……あ、昔も可愛かったぞ? でも、最近は素直にパパ、ママって甘えてくれるようになった」
「うわぁ……ちぃ。だらしない顔してる。もうデレデレ?」
「仕方ないだろ! 千夏も風深も自慢で、可愛い俺の息子たちだけど、彩映も俺の娘なんだから! もう嫁にもやらない! やりたくない!」
「ベルが嫁にくれって言ってるよ~?」

 ニヤニヤ笑うレクの腹に軽くパンチする。

 俺たちが鳩尾とか本気で肘を入れたりすると、鎖骨とか骨折するし、悶絶だからな。
 愛用の武器を職場で携帯しているが、仕事上、武器を抜いてはいけない時もある。
 だから兄貴に習った拳術に、掃除用具やペンなどの身の回りのもので戦える術を叩き込んでいる。
 俺は一応、剣でもある程度の成績を残しているが、拳術、棒術、投擲とうてき具も上位に食い込んでいる。
 この実力が買われて、若くして国王直属の騎士に任命された。
 親戚だからコネを使ったんだろうと陰口を叩く奴もいるが、俺が文句を言うより、俺より沸点の低い蒼記兄……王弟殿下で、お妃様より双子の兄が好きと公言する人で、よく俺の兄貴とどちらが深く愛しているかを競っている。幸矢兄が居た堪れないだろうからやめてほしい……が、騎士見習いからやり直せ! と殴り飛ばしている。
 幸矢兄は正統派の剣士だけど、蒼記兄は力技が多い。

「やらん! それに、もしもだが、彩映が結婚したいと言う場合は、もっと大きくなってからだ! なんなら千夏と結婚させる……それなら嫁に出さなくて済む」
「まぁ、また一度、戸籍いじればいいもんね」
「あぁ。それに、嫁に出さなくてもいいんだ。一生俺と日向夏が面倒見る。その話もしてるから」



 日向夏には苦労をかけるかもしれないと、ちゃんと話し合った。
 すると、日向夏の方が、

「本心を言うと、もっと前に引き取りたかった」

と悲しそうに言った。

「ちぃに言うのはと思ってたから黙ってたけど、ふぅちゃんをあの人がいじめてたらしいの。昔から日常的だったみたいよ。私は王宮で王妃様付きの女官だったから、滅多にこちらに戻ってこなかったけれど、それでも耳に入るくらいだったわ。あの人とは従姉妹……ちぃの姉妹だったけど、本当は、男性が苦手というより、あの人と義理の姉妹になるのが怖かったわ」
「えっ! そんなに……?」
「えぇ。月歩が怒ってた。ふぅちゃんだけじゃなく、六槻姉様や妹たち……特に那智をいじめてたのですって。星蘭はあれでいて強い子で、無視していたらいいと思ってたらしいけど、那智はあの性格にあの容姿でしょう?」
「あぁぁ……嘘だろう! もっと早く決断していたら! ごめん! 日向夏。月姉はタフだからいいけれど、星蘭と那智に、六槻姉には今度ちゃんと……」

 六槻姉は俺の父の従妹に当たる。
 師匠の長女でミルキーブロンド……いや、フワフワとした柔らかい雲みたいな白銀の髪とパパラチアサファイアのような大きくてまんまるの瞳をしたお人形のように可愛い人だ。
 小柄で小さくて、俺が長身すぎるせいか、話す時は、俺が抱き上げてくれるのを待つように手を伸ばしている時すらある。
 あざとい?
 いや、この人は計算なしの、素直で可愛らしい人なのだ。
 逆に、

「ちぃちゃんがいつも腰をかがめたり、膝をついてお話しするでしょう? 悪いなぁって。それに、高いところも見たかったの!」

と無邪気に笑うこの人が、孫持ちなのも不思議だ……。

 そして、日向夏は四人姉妹。
 日向夏と月姉、星蘭の3人は黒髪と黒い目だけど、末っ子の那智は白銀の髪に真紅の瞳……瞳の色が少し違うが六槻姉に印象が似ている。
 どちらも彩映並に可愛い。

 

「月歩が、ここにあまりこなかったのは、あの人に会いたくなかったからですって。でも、彩映のことは可愛いし、私たちが看病疲れで倒れるか心配だから、『これからは、ちょくちょく遊びにくるからな』ですって。『エルがウザイし、あまりにもバカだから、今度レーヴェ兄や綾姉と一緒にこっちに引っ越したい! ちぃには迷惑をかけないようにする! どーか頼む!』ですって」
「月姉たちはいいけど、エルはなぁ……今度、しごいてやらなきゃ」
「お願いね? 星蘭は遠方だから会えないけど、一応連絡しておいたわ。『いい名前ね。今度会いに行くわ』ですって」
「星蘭は口数少ないのか、ザックリバッサリなのか……」

 苦笑する。
 良い子なのだが、表情筋がなく、口数も少ない……ベルと張る単語魔神。
 しかも、4姉妹で唯一切長の一重瞼でキリッとしていて長身……男装の麗人風美少女なのだ。

「那智は那智で、『姉様、姉様。いろはちゃんと遊びたいです! ラファ様と3人で遊んで良いですか?』ですって」
「……那智はいいけど、ラファ兄には……」

 ラファ兄……ラファエル卿は俺の兄弟子兼聖騎士になったばかりの若手最強実力者。
 それでいて、フェミニスト、ロマンチスト、可愛いものには目がない、流行の最先端を作る人。
 俺のように長身ではなく、筋肉もあまりついていないほっそりとした体つきに、顔立ちは柔和で愛らしく、二重瞼に、目尻には色っぽいほくろ、フワフワとした髪は明るい金髪で、女装して潜入もこなす。



「あぁ、今度ラファ兄と那智と月姉がくるんだ……ラファ兄に取られたらどうしよう……」
「多分取られるよ。元々、ラファ兄は彩映が可愛いから、娘に欲しいって言ってたらしいから」
「嫌だ~!」
「あぁ、親バカ、ここに極まれりだね」

 苦笑する幼馴染を睨む。

「あぁ、そうだ。後で写してみんなに渡すけど、見せようと思って持ってきた」
「何を?」
「やっぱり食べ物の制限が厳しそうでさ……彩映専門の料理人を雇ってもらうべきか、相談しようと思ってるんだ。幸矢兄が自分が食べられるものリストとレシピ、書いてくれてたんだ。届けてくれた箱の中に入ってた。さっき彩映が食べさせたのは、オコメのおかゆ。固形がほとんどないものだけど、味付けは塩のみ。なんか、俺たちが普通に食べてるものも、材料をよく見ないと危険だって思い知らされたよ。例えば、お菓子だとゼリーはダメ。プリンもダメ。クッキーも、マフィンもババロアも……甘味料は、蜂蜜もやめておくようにだって。お菓子のはないけれど、最低でも、これだけあれば食事は大丈夫だろうからって、幸矢兄の食べる材料を分けてくれた」

 渡した手紙を見ながら……ちなみにレクは他国言語の読み書きは可能である……目を見開く。

「えぇぇ! 本当にゼラチンからしてダメなんだ? ゼリーが無理なんて!」
「そうなんだよ。おやつ作りから、料理長やメイドたちと話し合わなきゃいけない」

 本当は、もっと前に始めておかなければいけなかった。
 怠った馬鹿どもが悪い。

「嫌なこと思い出した。俺、もう父親なのに、一瞬あのクソ親父って……」
「あ、ちぃのいう、そのクソ親父たちなんだけど、そのあとのこと聞きたくない?」
「……一応聞いとく。彩映には言わない」

 レクが腕を組むと、

「あの後、ずっとラズラエラルの方は大人しくなって、『すまない、すまない』って泣いてたらしいよ。そして、向こうに行く前に、ラファ兄が警備、監視の騎士に引き渡すために付き添っていたら、何度も頭を下げて、『もう、あの子には会わない。会ってはいけないのは分かってる。ただ、あの子の親になる人に』そう言って、指輪の入ったジュエリーケースを預かったって。『受け取らないと思うぞ?』って言ったら、『売って、何かの足しにしてもいいですから』だって。受け取る?」
「……」

俺は顔を背ける。

 俺は彩映の父だ。
 もう戸籍上も、実際も親になって、実の親だと思っている。
 躊躇う俺の気持ちを理解してくれたのか、肩を叩いた。

「僕も悩むよ。わかる。でもね? ラファ兄が、特にナナは全く反省してなくて暴れていたらしいけれど、ラズラエラルは子供たちを嗜めて、言い聞かせて、大人しく反省しているって。今までの行いもあるでしょ? だから反省してるふりをしているだけだと思っていたけれど、何度か、『あの子のことを聞きたい。熱は下がったのでしょうか?』って聞いてたらしい。別の部隊に引き渡す時、視力と聴力のこと、記憶障害のことを伝えたら、号泣して……」
「……」
「その時、ナナが『嘘ね。あの子、自分が構ってもらいたいから、気を引こうと演技してるのよ!』って言って、ムカッとしたラファ兄の前で、ナナを平手打ちしたんだって」
「えぇぇ! あ、あの、ナナのわがままを放置してた、あんなののどこがいいんだと、たで食う虫も好き好きって言葉の似合うあいつが?」
「蓼食う虫も好き好き……確かグランディアの言葉だよね。意味よくわかんないけど。でも、目が覚めたみたいだね。『あの子は、ナナみたいに演技はしない! 嘘はつけない! 嫌がらせもしない! もういい加減に現実を見ろ! 甘ったれんな!』って。『これからはもう2度と王都に戻らない。贅沢もさせない。真っ当に生きる! わがままも嘘も通用しない生活をするから、覚えておくといい!』だって」

 目を見開く。

 驚いた!
 あいつもようやく本当の親に、大人になったのか……もう遅いけど。

「……日向夏と、父さんたちと相談して、渡すか売ってお金に変えるか決める。紙に書いて見せるのも大変だし、家族で手話を覚えようかと思ってるんだ。耳が良くなったとしても、世界共通の手話があれば、どこに行っても話ができるだろう?」
「そうだね。僕たちは見習い騎士の時に少し習ったけれどね」
「千夏と風深は覚えるの早いと思うんだ。一緒にいて、飽きたりしないと思って」

 彩映だけのためじゃなく、二人にも良い影響があると信じたい。

「じゃぁ、ここで待ってて、二人をよんでくるよ」

 中庭の日陰のベンチを示された俺は、そこに座って待つことにした。
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