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わたくしは、誰なのでしょう?

彩映……俺たちの娘は愛されているんだな……ちぃちゃん目線

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 少しだけ時間が戻る。

 ショックな宣告から1週間。
 熱も下がり、顔や首の腫れもひき、安堵する。
 ちょうど昨日、日向夏と家族と相談して、俺たちの娘に新しい名前を決めた。
 彩映いろは……これが、この子の……俺たちの娘の名前。



 俺は、最初から前の名前を忘れるような、呼びやすく可愛い名前がいいと思っていた。
 そうすると日向夏が、

「『いろは』なんてどうかしら?」

と、言った。
 呼びやすいし、綺麗な言葉だなと思った。
 一緒に考えていた家族も、いいじゃないかと嬉しそうに頷いていた。

 それで、ひらがなも可愛いけれど、漢字もいいなと話しているとじい様が言った。

「彩色、色彩という言葉がある。彩を『いろ』と読ませるのはどうかな?」
「いいじゃありませんか。じゃぁ、『は』は?」

 兄貴が目の前に置かれた紙に、文字を書く。

「うーん……葉っぱ? 羽とか波もあるな……」

 別の紙に書き散らし、それを見て考え込む中で、母さんが、

「ねえ? 私と同じ波も可愛いけれど、例えば、満開の花が水面に映るって言うでしょう? それを映えるとも呼ぶのね。だから、いろえる。どうかしら」

その言葉を聞き、兄貴が文字を書いて見せる。

「この字で合ってるよね? 『彩映』」
「それ、いいね! 本当に美しい漢字だ」
「ルナ……ううん、彩映。きみのこれからが、名前のようにいろあざやかで、美しく、優しく幸せでありますように」

 言霊使いでもある国王陛下……幸矢兄が、俺の腕の中で眠る幼児に囁く。

「彩映……何があろうとも、私たちはお前が愛おしい。お前の未来を明るくあることを祈っている。お前のために闇を切り開き、手を取り前に進むだろう」

 幸矢兄に言霊を教えたじい様は、そっと彩映の手を握り、祈りを込める。

 俺と日向夏は微笑み合い、そして、湿疹がなくなった彩映の頬に口付けたのだった。



 でも……翌日、待っていた家族の前で、アルスさまの言葉を説明することになった。

「どう言うこと?」

 彗兄は言葉を失う。

「……詳しくは検査をしないとわからないが、耳が聞こえていないのと、視力もかなり落ちている。記憶障害もあるな」

 アルスさまは、カルテを見ながら告げる。

「千夜と俺が耳元で話しかけても、聞こえないと首を振る。紙に文字を書いたら理解できたが、少し離すと見えないといい、指を折って、何本だと質問したら、『手には5本の指があるので5本です』と言った。その時、親指を折って見せていたのに……目に近づけると、ようやく理解したのか答えていた」
「……そんなっ!」

 顔を覆い、首を何度も振りながら泣き出すふぅちゃん。

「それに、記憶障害もかなり重い。千夜のことも覚えていないし、家族は誰がいるか覚えているかと聞いたら、かろうじて、その前に千夜が話したパパ、ママとだけ答えた。一時的なものだと信じたい……聴力、視力、記憶も……だが、不安がらせないようにしてリハビリが必要だろう」
「……仕事を辞めて、リハビリします!」
「馬鹿か! お前が今辞めたら、どうやって家族を養うんだ!」
「でも、兄!」

 ため息をついたのは、おおじいさま……曽祖父ヴィクター。

「セイ、千夜? 私たちには可愛い孫の面倒を見させてくれないのかな?」
「えっ……でも、おおじいさまは……」
「私にとって、彩映は、宝物だよ? 可愛がりたいと思っているのに、抱かせてもくれない……酷いひ孫だ……」
「いや、おおじいさま、泣き真似下手ですね」
「本気で泣くよ?」

 それも困る。



 色々と話し合い、彩映が落ち着いてから、もう一度検査をし、そしてリハビリを開始することになった。
 リハビリの計画書はアルスさまとヴィク伯父上が作り、おおじいさまとエディおじいさまが主に立ち会う。
 そして、

「僕も!」

名乗りを上げたのは、なぜか、ベビーピンクのうさぎの二匹のぬいぐるみ……ちなみに一匹は細かい刺繍のベスト、もう一匹はレースの襟飾を首のリボン代わりにしている……を腕に抱くアルベルト。

「僕、有給。使う!」
「……つ、使うのはいいけれど、そのぬいぐるみ何?」
「ルーズリア、陛下と閣下が、ル……彩映に」

 次々にテーブルに乗せる。
 うわぁ……この国ほどではないにしろ、隣の大陸一の国力を持つルーズリアの国王陛下たちからお見舞い……。
 お返しを考えないといけないのだろうか……。

「ペンありがとう。言ってた」
「いや、あれ……確か二、三年前……」
「彩映、可愛い、欲しい……けど駄目言った」
「単語やめい! しゃべれ!」
「……仕事、喋った。終わり」

 言いながらうさぎを差し出してくる。
 うさぎには包装された箱がそれぞれ結ばれていて、受け取った日向夏が開けると、驚くほど緻密なレースのストールに刺繍のハンカチ、そして絵本があった。

「うわぁ……このストール一枚で、俺のデザインしたドレス何枚分の値段がするはずだ……あっちの陛下、金銭感覚どうなってんだ……」
「あ、これも」

 差し出された小箱を開けて、気が遠くなった。
 小さいピンクの宝石の粒が、花の形に埋まっているプチペンダントである。

「こ、これ、ルーズリアでしか取れない、ピンクダイヤモンドじゃね?」
「うん、くれた」
「いらんわ! 返してこい!」

 ピンクダイヤモンドは、ルーズリアの一地方、しかも発掘が趣味のリスティル国王が地層を見るために買い取った山を掘っていたところ、偶然掘り当てた。
 普通のダイヤモンドはあちこちで発見されるが、うっすらと優しいピンク色を帯びたそれは希少価値が高く、市場にも出回らない。
 国王の私有財産であり、ごく稀に国賓のために贈られることはあるが、うちの娘は国賓では当然ない。

「はい」

 何故か封書を渡される。
 怖かったので、主君である幸矢兄に渡すと、封を開け読み始める。

「『可愛いお姫様にお見舞いを贈ります。ダイヤモンドはカットしたあとの細かい石があったので、削って集めて作ってみました。色もちょっとばらつきがありますが、個性だと思って普段使いにしてください』……だって『一箇所、合う石がなかったので、これまたちょうどあったパパラチアサファイアのカケラを使っていますが、気にしないでね。リー叔父さんより、可愛いグランディアの小鳥姫へ』……へぇ……デザイナーになるんだね、リー兄さんは」
「いやいやいや! 幸矢兄! 小さい粒とはいえ、プチペンダントとはいえ、これ、ピンクダイヤモンドとパパラチアサファイアを使った国宝級のもの! まだ6歳のうちの子の普段使いにさせてどうするの?」
「というか、石に守護の力がこもってるし、あの人、あれでいて術師だよ? つけといて損はないと思う」

 手紙をたたみ、封筒に納める。

「いいじゃない。ありがとうってお礼状書いとけば。一緒に今度、何か贈るから。逆に返品なんてことすると失礼になるよ」
「そ、そういうものですか……」

 俺は怯えつつ、受け取ることにしたのだった。
 当然、元気になったら彩映に渡すつもりである。
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