上 下
29 / 36
嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。

采明ちゃんはとても働き者です。

しおりを挟む
 翌日から采明あやめは、動き始める。
 采明はここに来てすぐ、神五郎しんごろうに拾われ、はっきり言えばドロドロの権力勢力争いだのは知っているし、面倒だと思ったこともある。
 しかし逆に、城下町の事をしらない。
 その為、

「わぁぁ! 奥方様!」
「采明でいいですよ? 悠真ゆうしんさん」
「良い悪いではなく、采明様! 明子様から手を離して大丈夫なんですか?」

采明は、二時間おきにお乳を飲む明子の為に遠出はしないようにしている。
 子供を預け出ていくのは、とても気が引けるのだ。
 もしかしたら母も、本当は采明を預けて勉強や仕事にいくのが、後ろ髪が引かれていたのかも……と思えるようになった。
 自分もほんの少し、母親になったということだろう。

 そして、采明と弟に相談を受けた橘樹たちばなもそれを賛成し、手伝うのはまだ無理だが、ある程度自分に出来ること……縫い物と、そして、

「うちの子達のむつきもそこから借りるようにしましょう。そうすると、ここの洗濯に苦労していた者も、本来の仕事に戻れるし、楽かもしれないわ」

と提案した。
 神五郎に代替わりしてから、元々仕えていた者たちは半分は両親と共に領地に行ったため、現在家にいるのは若いものが多く、まだ慣れていない者も多い。
 橘樹とけやきがあれこれと指示をしたり手伝うのだが、やはり色々と無駄が多いらしい。

「そうですね! そうしましょう。お姉さまは素敵です! そこまで考えられるなんて」
「貴方のお陰よ。それにしても、それはなあに?」

 采明が不思議なものを身に付けている。
 そう言えば、明子に手を添えていない。

「あ、これは、首の座っていない赤ちゃんをだっこし続けるのも大変なので、作ってみたんです。お姉さまも使われます? 旦那様も使っているんですよ」

 後ろに置いていた布を、身を起こした橘樹の肩にかけて、正明まさあきを布の間に入れる。

「立ってみてください」
「えぇ……あら? 軽いわ!」
「腕で抱くと辛いんです。なので肩にかけて包むようにすると軽くなるんです」
「まぁ……これは良いわね!」

 目を輝かせる。

「ねぇ、これも、作って売ってみたらどうかしら? 首の座らない赤ん坊をだっこしたままでは何もできないし、置いて少しでも離れるのも辛いわ……」
「良いでしょうか?」
「構わないんじゃないの? 何か特別なものがいるの?」

 橘樹に、微笑む。

「いいえ。必要なのは布とこの部分の金具です」
「あら、思ったよりも簡単なのね?」
「そうなんです。大きくなって、動き回るようになったら、おぶったり出来ますけど、こうするとお顔も見れますから正明ちゃんも嬉しいでしょうね」

 にこぉ……

笑った息子に嬉しそうに、

「嬉しいわ……子育ては本当に思った以上に大変だけど、眠っているときや、こんな風に笑ってくれると幸せだわ」
「そうですね! 私も、明ちゃんのねんねのお顔が可愛いです」
「じゃぁ、もう少ししたら、次の子供を考えなさいな」
「……え、えぇぇぇ!」

 ぼぼぼっ

顔を赤くする。

「そ、それは……わ、私はまだ……そ、それに、旦那様も……」
「俺は、息子でも娘でも良いが?」

 背後からの声に、采明は、驚く。

「な、何で? ど、どうされたんですか?」
「お前が集めてくれと言っていた、竹かご編みの職人に、あれやこれやと……」
「あ、そうでした! 行って参ります!」
「おい、明子を抱いて走るな!」

 夫婦の声に、橘樹はクスクス笑う。

「あぁ言う夫婦も良いのかもしれないわね」



 神五郎に叱られたため、明子を神五郎が抱き、采明が姿を見せる。
 職人たちは唖然とする。
 あの、生真面目で堅物で有名な直江家の当主が赤ん坊を抱き、それはそれはデレデレとした顔であやしている。

「遅くなってしまい、申し訳ありません! 直江実綱なおえさねつなの妻、采明と申します」

 頭を下げ、挨拶をする愛らしい奥方は、本当に幼い。
 しかし、ひなにはまれな美少女である。
 噂によると、一度は二人の婚姻を祝った晴景はるかげが、次第に益々美しくなるこの奥方を見初め、めかけにしようと側近らに持ち掛け、怒った神五郎が出仕をやめたのだと言う。
 そして、縁戚の赤子を養女に迎え、今のようにそれはそれは妻子を溺愛しているのだと言う。
 だが……周囲は思う。
 あの気の弱い晴景では、この奥方を嫁には無理だろう。
 この奥方はしっかりとしている。
 自分で道を定める事が出来る女人である。
 その道を閉ざし、そして周囲に軽んじられるような優柔不断な夫ではこの女性は駄目である。
 もっとしっかりとした、意思が強い男性……神五郎は、今はデレデレだが公私を厳しく分ける人間である。
 神五郎でなければ……。

「今回はお忙しいところ、わざわざありがとうございます」

 丁寧な柔らかい言葉に職人も慌てて頭を下げる。

「い、いえ! 奥方さまに頭を頭を下げられるようなものでは……」
「いいえ。仕事をきちんとされる。先日皆様の作られたものを見て、感動しました。このような素晴らしいものを、ここだけでは勿体ないですわ」

 采明は、並べられている細工をじっくり見つめる。
 そんな中、

「失礼ですが、直江家の奥方とはいえ、年端もいかぬお嬢ちゃんが、大きな口を叩けるほど、この家は当主の力が弱いんですかい?」

嘲笑する声に、采明は振り返りにっこりと微笑む。

「皆様のおうちと同じですわ。旦那さまに働いていただくために、日々叱咤激励をしています。お馬さんや、わんちゃん……猟をする犬はある程度しつけが必要ですし、そのための手綱や紐は、丈夫なものですが、旦那さまには必要ありません。必要なのは、旦那さまに如何にお仕事をしていただくか、そして、如何に主のかたの命令でも、正しいか間違っているかを知っていただき、判断することですわ」
「旦那を蹴ったり怒鳴ったり……鬼嫁だな」

 その言葉に、黙って聞いていた神五郎はにやっと笑う。

「自分の家がそうだからと、思い込むのは阿呆ではないのか? 嫁は私の仕事を支えてくれるし、その為に私の仕事を認め、それに役立つような事を示してくれる。尻に敷かれているのではなく、私の仕事のしすぎを膝の上に娘をだいて座って『お休み下さい』と優しく言ってくれる……のではなく、『書簡をちゃんと深読みしてください。旦那様はこの程度のことで読み違えては、直江家の将来のみならず、この越後の地を戦場にするおつもりですか? 高い位を得たのなら、それにあぐらをかくのではなく、もっと努力して国を栄えるように努力を! 良いですか?』といつも言うな」
「だ、旦那様!」
「我が家の日課だ。それに本を読んだり、くつろいだりしつつ、領地の民の暮らしを改善できないかと考えている。今回皆を呼んだのは、采明の遊びではなく、真剣な仕事の話だ。収入や生活を変えていきたいもの、話を聞いて、納得できぬなら教えてほしい。私たちは真剣に考えている。よろしく頼む」
「うにゃぁぁ……」

 腕の中の明子が『お願いね?』と言いたげに、声を出すと、周囲はプッと吹き出す。
 その明子の声に周囲の空気が明るくなり、最初声をあげた男も笑っている。

「可愛いだろう? 私の娘の明子と言う」

 それを倍増するかのように、神五郎は娘自慢を始める。

「旦那様、お仕事の話です。明ちゃんのお話は後にして下さい」
「じゃぁ嫁の話を……」
「しないで下さい!」

 夫婦漫才に、益々笑い転げる。

「神五郎、采明」

 たしなめた欅が口を開く。

「これは、申し訳ないけれども、晴景様の命ではなく、直江家の仕事となる。だが、話を聞いていただけるとありがたい。よろしくお願いする」
「長尾の殿の仕事ではないのか?」
「大丈夫なのか?」

 その声に、采明は声をあげる。

「これは最初は難しい、簡単にはいかない仕事です。ですが、長期的に見て、きっとこの街の、国のためになると信じております。お手伝いをしていただけると本当に嬉しいのですが」
「お手伝い? 無償ってことか?」
「違いますよ。申し訳ありません。言い方がきつくなっておりました」

 顔色を変える人々に采明は頭を下げ、

「これは、大きな長期的なお仕事です。そして成功するかわからないものでもあります。しかし、成功したときには将来この地に暮らす人々が気持ちを楽に、安心して暮らせるかと思います。お願いいたします。私たちは……実は景虎かげとら様より内々のお便りを頂いております。景虎様はこの街の事を心配し、将来を憂えておられます。時々街に出られては皆さんの様子をご覧になられたり、親のいない子供たち、夫や妻を亡くされ、子育てしつつ働く親御さんを心配しておられるのです。それで、景虎様に助けられた方がどうすれば良いだろうと話し合った結果です」
「景虎様は、ある女性の家族と一年ほど前に知り合われた。女性は五人の子供を抱え、妹夫婦と働いていた先を追い出され、困られていた。その時に景虎様はおっしゃられた『のう……我は、このような苦しい思いをする人々を救いたい。どうすれば良いだろうかと』私たちが悩んでいると」

 神五郎は、口を開く。

「妻が提案をしてくれた。姉も賛成してくれた。私は貴殿方にお願いがある」
「お願い? 命令ではなく?」

 驚く周囲に、微笑む采明。

「私は考えたのです。私は良く屋敷の中を行き来するのに、皆さんの作られた籠や道具の技術に驚いたのです。美しく機能的で、長持ちする。その上長い間十分持つのです」

 采明の瞳はキラキラしていている。
 その眼差しの強さに、職人は……。

「堕ちたな」
「……他の人間に、采明を見せたくないのに……」

 ボソッと呟く夫。

「お前が決めた事だろう。我慢しろ」
「……もっと、采明を独占できたらな……采明は、俺の采明じゃない。直江家の采明だ」

 すねたような口調の弟に、

「何を言ってるんだ。采明は、最初はお前の妻だったから認められた。お前の妻……それが、どうやって家のものに認められたのか、考えてやれ」
「……そうする。……でも、明子も寂しいな?」

指をしゃぶりながら、にこにこと笑う少女に、実の父親の欅も、

「本当に正明と気性が違うな。明子はおとなしい」
「返さんからな! 明子は私の可愛い娘! 嫁と娘が俺の自慢!」

拳を握り宣言をする声に、周囲は笑い、慌てて、

「旦那様! 仕事のお手伝いならともかく、邪魔をするなら、帰ってください!」
「ちゃんとする! というかしてるだろう? 明子のお守りを!」

どうだ! と言わんばかりの神五郎に采明と欅は呆れる。

「旦那様! お仕事の説明を聞かないのなら、今度こそ帰ってください! 良いですね?」
「明子が泣くぞ?」
「旦那様があやしてくださいね?」

 元に戻っていく。

「……なぁ……明子。お母さんが苛めるんだ。どう思う?」

 真剣に聞く神五郎に、欅が、

「いい加減に気を緩めるな! 全く。お前は……」
「兄上にまで! 明子! お父さんを慰めてくれ!」

娘に訴える様に、周囲は大爆笑に変化する。
 直江家の当主がここまで緩いとは想像もつかなかったらしい。
 この緩い感じが話を繋ぐのだから、それはそれでよかっただろうと言う、お話である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。 余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。 しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。 医師からの検査の結果が「性感染症」。 鷹也には全く身に覚えがなかった。 ※1話は約1000文字と少なめです。 ※111話、約10万文字で完結します。

処理中です...