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嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
采明ちゃんはとても働き者です。
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翌日から采明は、動き始める。
采明はここに来てすぐ、神五郎に拾われ、はっきり言えばドロドロの権力勢力争いだのは知っているし、面倒だと思ったこともある。
しかし逆に、城下町の事をしらない。
その為、
「わぁぁ! 奥方様!」
「采明でいいですよ? 悠真さん」
「良い悪いではなく、采明様! 明子様から手を離して大丈夫なんですか?」
采明は、二時間おきにお乳を飲む明子の為に遠出はしないようにしている。
子供を預け出ていくのは、とても気が引けるのだ。
もしかしたら母も、本当は采明を預けて勉強や仕事にいくのが、後ろ髪が引かれていたのかも……と思えるようになった。
自分もほんの少し、母親になったということだろう。
そして、采明と弟に相談を受けた橘樹もそれを賛成し、手伝うのはまだ無理だが、ある程度自分に出来ること……縫い物と、そして、
「うちの子達のむつきもそこから借りるようにしましょう。そうすると、ここの洗濯に苦労していた者も、本来の仕事に戻れるし、楽かもしれないわ」
と提案した。
神五郎に代替わりしてから、元々仕えていた者たちは半分は両親と共に領地に行ったため、現在家にいるのは若いものが多く、まだ慣れていない者も多い。
橘樹と欅があれこれと指示をしたり手伝うのだが、やはり色々と無駄が多いらしい。
「そうですね! そうしましょう。お姉さまは素敵です! そこまで考えられるなんて」
「貴方のお陰よ。それにしても、それはなあに?」
采明が不思議なものを身に付けている。
そう言えば、明子に手を添えていない。
「あ、これは、首の座っていない赤ちゃんをだっこし続けるのも大変なので、作ってみたんです。お姉さまも使われます? 旦那様も使っているんですよ」
後ろに置いていた布を、身を起こした橘樹の肩にかけて、正明を布の間に入れる。
「立ってみてください」
「えぇ……あら? 軽いわ!」
「腕で抱くと辛いんです。なので肩にかけて包むようにすると軽くなるんです」
「まぁ……これは良いわね!」
目を輝かせる。
「ねぇ、これも、作って売ってみたらどうかしら? 首の座らない赤ん坊をだっこしたままでは何もできないし、置いて少しでも離れるのも辛いわ……」
「良いでしょうか?」
「構わないんじゃないの? 何か特別なものがいるの?」
橘樹に、微笑む。
「いいえ。必要なのは布とこの部分の金具です」
「あら、思ったよりも簡単なのね?」
「そうなんです。大きくなって、動き回るようになったら、おぶったり出来ますけど、こうするとお顔も見れますから正明ちゃんも嬉しいでしょうね」
にこぉ……
笑った息子に嬉しそうに、
「嬉しいわ……子育ては本当に思った以上に大変だけど、眠っているときや、こんな風に笑ってくれると幸せだわ」
「そうですね! 私も、明ちゃんのねんねのお顔が可愛いです」
「じゃぁ、もう少ししたら、次の子供を考えなさいな」
「……え、えぇぇぇ!」
ぼぼぼっ
顔を赤くする。
「そ、それは……わ、私はまだ……そ、それに、旦那様も……」
「俺は、息子でも娘でも良いが?」
背後からの声に、采明は、驚く。
「な、何で? ど、どうされたんですか?」
「お前が集めてくれと言っていた、竹かご編みの職人に、あれやこれやと……」
「あ、そうでした! 行って参ります!」
「おい、明子を抱いて走るな!」
夫婦の声に、橘樹はクスクス笑う。
「あぁ言う夫婦も良いのかもしれないわね」
神五郎に叱られたため、明子を神五郎が抱き、采明が姿を見せる。
職人たちは唖然とする。
あの、生真面目で堅物で有名な直江家の当主が赤ん坊を抱き、それはそれはデレデレとした顔であやしている。
「遅くなってしまい、申し訳ありません! 直江実綱の妻、采明と申します」
頭を下げ、挨拶をする愛らしい奥方は、本当に幼い。
しかし、鄙には希な美少女である。
噂によると、一度は二人の婚姻を祝った晴景が、次第に益々美しくなるこの奥方を見初め、妾にしようと側近らに持ち掛け、怒った神五郎が出仕をやめたのだと言う。
そして、縁戚の赤子を養女に迎え、今のようにそれはそれは妻子を溺愛しているのだと言う。
だが……周囲は思う。
あの気の弱い晴景では、この奥方を嫁には無理だろう。
この奥方はしっかりとしている。
自分で道を定める事が出来る女人である。
その道を閉ざし、そして周囲に軽んじられるような優柔不断な夫ではこの女性は駄目である。
もっとしっかりとした、意思が強い男性……神五郎は、今はデレデレだが公私を厳しく分ける人間である。
神五郎でなければ……。
「今回はお忙しいところ、わざわざありがとうございます」
丁寧な柔らかい言葉に職人も慌てて頭を下げる。
「い、いえ! 奥方さまに頭を頭を下げられるようなものでは……」
「いいえ。仕事をきちんとされる。先日皆様の作られたものを見て、感動しました。このような素晴らしいものを、ここだけでは勿体ないですわ」
采明は、並べられている細工をじっくり見つめる。
そんな中、
「失礼ですが、直江家の奥方とはいえ、年端もいかぬお嬢ちゃんが、大きな口を叩けるほど、この家は当主の力が弱いんですかい?」
嘲笑する声に、采明は振り返りにっこりと微笑む。
「皆様のおうちと同じですわ。旦那さまに働いていただくために、日々叱咤激励をしています。お馬さんや、わんちゃん……猟をする犬はある程度しつけが必要ですし、そのための手綱や紐は、丈夫なものですが、旦那さまには必要ありません。必要なのは、旦那さまに如何にお仕事をしていただくか、そして、如何に主のかたの命令でも、正しいか間違っているかを知っていただき、判断することですわ」
「旦那を蹴ったり怒鳴ったり……鬼嫁だな」
その言葉に、黙って聞いていた神五郎はにやっと笑う。
「自分の家がそうだからと、思い込むのは阿呆ではないのか? 嫁は私の仕事を支えてくれるし、その為に私の仕事を認め、それに役立つような事を示してくれる。尻に敷かれているのではなく、私の仕事のしすぎを膝の上に娘をだいて座って『お休み下さい』と優しく言ってくれる……のではなく、『書簡をちゃんと深読みしてください。旦那様はこの程度のことで読み違えては、直江家の将来のみならず、この越後の地を戦場にするおつもりですか? 高い位を得たのなら、それにあぐらをかくのではなく、もっと努力して国を栄えるように努力を! 良いですか?』といつも言うな」
「だ、旦那様!」
「我が家の日課だ。それに本を読んだり、くつろいだりしつつ、領地の民の暮らしを改善できないかと考えている。今回皆を呼んだのは、采明の遊びではなく、真剣な仕事の話だ。収入や生活を変えていきたいもの、話を聞いて、納得できぬなら教えてほしい。私たちは真剣に考えている。よろしく頼む」
「うにゃぁぁ……」
腕の中の明子が『お願いね?』と言いたげに、声を出すと、周囲はプッと吹き出す。
その明子の声に周囲の空気が明るくなり、最初声をあげた男も笑っている。
「可愛いだろう? 私の娘の明子と言う」
それを倍増するかのように、神五郎は娘自慢を始める。
「旦那様、お仕事の話です。明ちゃんのお話は後にして下さい」
「じゃぁ嫁の話を……」
「しないで下さい!」
夫婦漫才に、益々笑い転げる。
「神五郎、采明」
たしなめた欅が口を開く。
「これは、申し訳ないけれども、晴景様の命ではなく、直江家の仕事となる。だが、話を聞いていただけるとありがたい。よろしくお願いする」
「長尾の殿の仕事ではないのか?」
「大丈夫なのか?」
その声に、采明は声をあげる。
「これは最初は難しい、簡単にはいかない仕事です。ですが、長期的に見て、きっとこの街の、国のためになると信じております。お手伝いをしていただけると本当に嬉しいのですが」
「お手伝い? 無償ってことか?」
「違いますよ。申し訳ありません。言い方がきつくなっておりました」
顔色を変える人々に采明は頭を下げ、
「これは、大きな長期的なお仕事です。そして成功するかわからないものでもあります。しかし、成功したときには将来この地に暮らす人々が気持ちを楽に、安心して暮らせるかと思います。お願いいたします。私たちは……実は景虎様より内々のお便りを頂いております。景虎様はこの街の事を心配し、将来を憂えておられます。時々街に出られては皆さんの様子をご覧になられたり、親のいない子供たち、夫や妻を亡くされ、子育てしつつ働く親御さんを心配しておられるのです。それで、景虎様に助けられた方がどうすれば良いだろうと話し合った結果です」
「景虎様は、ある女性の家族と一年ほど前に知り合われた。女性は五人の子供を抱え、妹夫婦と働いていた先を追い出され、困られていた。その時に景虎様はおっしゃられた『のう……我は、このような苦しい思いをする人々を救いたい。どうすれば良いだろうかと』私たちが悩んでいると」
神五郎は、口を開く。
「妻が提案をしてくれた。姉も賛成してくれた。私は貴殿方にお願いがある」
「お願い? 命令ではなく?」
驚く周囲に、微笑む采明。
「私は考えたのです。私は良く屋敷の中を行き来するのに、皆さんの作られた籠や道具の技術に驚いたのです。美しく機能的で、長持ちする。その上長い間十分持つのです」
采明の瞳はキラキラしていている。
その眼差しの強さに、職人は……。
「堕ちたな」
「……他の人間に、采明を見せたくないのに……」
ボソッと呟く夫。
「お前が決めた事だろう。我慢しろ」
「……もっと、采明を独占できたらな……采明は、俺の采明じゃない。直江家の采明だ」
すねたような口調の弟に、
「何を言ってるんだ。采明は、最初はお前の妻だったから認められた。お前の妻……それが、どうやって家のものに認められたのか、考えてやれ」
「……そうする。……でも、明子も寂しいな?」
指をしゃぶりながら、にこにこと笑う少女に、実の父親の欅も、
「本当に正明と気性が違うな。明子はおとなしい」
「返さんからな! 明子は私の可愛い娘! 嫁と娘が俺の自慢!」
拳を握り宣言をする声に、周囲は笑い、慌てて、
「旦那様! 仕事のお手伝いならともかく、邪魔をするなら、帰ってください!」
「ちゃんとする! というかしてるだろう? 明子のお守りを!」
どうだ! と言わんばかりの神五郎に采明と欅は呆れる。
「旦那様! お仕事の説明を聞かないのなら、今度こそ帰ってください! 良いですね?」
「明子が泣くぞ?」
「旦那様があやしてくださいね?」
元に戻っていく。
「……なぁ……明子。お母さんが苛めるんだ。どう思う?」
真剣に聞く神五郎に、欅が、
「いい加減に気を緩めるな! 全く。お前は……」
「兄上にまで! 明子! お父さんを慰めてくれ!」
娘に訴える様に、周囲は大爆笑に変化する。
直江家の当主がここまで緩いとは想像もつかなかったらしい。
この緩い感じが話を繋ぐのだから、それはそれでよかっただろうと言う、お話である。
采明はここに来てすぐ、神五郎に拾われ、はっきり言えばドロドロの権力勢力争いだのは知っているし、面倒だと思ったこともある。
しかし逆に、城下町の事をしらない。
その為、
「わぁぁ! 奥方様!」
「采明でいいですよ? 悠真さん」
「良い悪いではなく、采明様! 明子様から手を離して大丈夫なんですか?」
采明は、二時間おきにお乳を飲む明子の為に遠出はしないようにしている。
子供を預け出ていくのは、とても気が引けるのだ。
もしかしたら母も、本当は采明を預けて勉強や仕事にいくのが、後ろ髪が引かれていたのかも……と思えるようになった。
自分もほんの少し、母親になったということだろう。
そして、采明と弟に相談を受けた橘樹もそれを賛成し、手伝うのはまだ無理だが、ある程度自分に出来ること……縫い物と、そして、
「うちの子達のむつきもそこから借りるようにしましょう。そうすると、ここの洗濯に苦労していた者も、本来の仕事に戻れるし、楽かもしれないわ」
と提案した。
神五郎に代替わりしてから、元々仕えていた者たちは半分は両親と共に領地に行ったため、現在家にいるのは若いものが多く、まだ慣れていない者も多い。
橘樹と欅があれこれと指示をしたり手伝うのだが、やはり色々と無駄が多いらしい。
「そうですね! そうしましょう。お姉さまは素敵です! そこまで考えられるなんて」
「貴方のお陰よ。それにしても、それはなあに?」
采明が不思議なものを身に付けている。
そう言えば、明子に手を添えていない。
「あ、これは、首の座っていない赤ちゃんをだっこし続けるのも大変なので、作ってみたんです。お姉さまも使われます? 旦那様も使っているんですよ」
後ろに置いていた布を、身を起こした橘樹の肩にかけて、正明を布の間に入れる。
「立ってみてください」
「えぇ……あら? 軽いわ!」
「腕で抱くと辛いんです。なので肩にかけて包むようにすると軽くなるんです」
「まぁ……これは良いわね!」
目を輝かせる。
「ねぇ、これも、作って売ってみたらどうかしら? 首の座らない赤ん坊をだっこしたままでは何もできないし、置いて少しでも離れるのも辛いわ……」
「良いでしょうか?」
「構わないんじゃないの? 何か特別なものがいるの?」
橘樹に、微笑む。
「いいえ。必要なのは布とこの部分の金具です」
「あら、思ったよりも簡単なのね?」
「そうなんです。大きくなって、動き回るようになったら、おぶったり出来ますけど、こうするとお顔も見れますから正明ちゃんも嬉しいでしょうね」
にこぉ……
笑った息子に嬉しそうに、
「嬉しいわ……子育ては本当に思った以上に大変だけど、眠っているときや、こんな風に笑ってくれると幸せだわ」
「そうですね! 私も、明ちゃんのねんねのお顔が可愛いです」
「じゃぁ、もう少ししたら、次の子供を考えなさいな」
「……え、えぇぇぇ!」
ぼぼぼっ
顔を赤くする。
「そ、それは……わ、私はまだ……そ、それに、旦那様も……」
「俺は、息子でも娘でも良いが?」
背後からの声に、采明は、驚く。
「な、何で? ど、どうされたんですか?」
「お前が集めてくれと言っていた、竹かご編みの職人に、あれやこれやと……」
「あ、そうでした! 行って参ります!」
「おい、明子を抱いて走るな!」
夫婦の声に、橘樹はクスクス笑う。
「あぁ言う夫婦も良いのかもしれないわね」
神五郎に叱られたため、明子を神五郎が抱き、采明が姿を見せる。
職人たちは唖然とする。
あの、生真面目で堅物で有名な直江家の当主が赤ん坊を抱き、それはそれはデレデレとした顔であやしている。
「遅くなってしまい、申し訳ありません! 直江実綱の妻、采明と申します」
頭を下げ、挨拶をする愛らしい奥方は、本当に幼い。
しかし、鄙には希な美少女である。
噂によると、一度は二人の婚姻を祝った晴景が、次第に益々美しくなるこの奥方を見初め、妾にしようと側近らに持ち掛け、怒った神五郎が出仕をやめたのだと言う。
そして、縁戚の赤子を養女に迎え、今のようにそれはそれは妻子を溺愛しているのだと言う。
だが……周囲は思う。
あの気の弱い晴景では、この奥方を嫁には無理だろう。
この奥方はしっかりとしている。
自分で道を定める事が出来る女人である。
その道を閉ざし、そして周囲に軽んじられるような優柔不断な夫ではこの女性は駄目である。
もっとしっかりとした、意思が強い男性……神五郎は、今はデレデレだが公私を厳しく分ける人間である。
神五郎でなければ……。
「今回はお忙しいところ、わざわざありがとうございます」
丁寧な柔らかい言葉に職人も慌てて頭を下げる。
「い、いえ! 奥方さまに頭を頭を下げられるようなものでは……」
「いいえ。仕事をきちんとされる。先日皆様の作られたものを見て、感動しました。このような素晴らしいものを、ここだけでは勿体ないですわ」
采明は、並べられている細工をじっくり見つめる。
そんな中、
「失礼ですが、直江家の奥方とはいえ、年端もいかぬお嬢ちゃんが、大きな口を叩けるほど、この家は当主の力が弱いんですかい?」
嘲笑する声に、采明は振り返りにっこりと微笑む。
「皆様のおうちと同じですわ。旦那さまに働いていただくために、日々叱咤激励をしています。お馬さんや、わんちゃん……猟をする犬はある程度しつけが必要ですし、そのための手綱や紐は、丈夫なものですが、旦那さまには必要ありません。必要なのは、旦那さまに如何にお仕事をしていただくか、そして、如何に主のかたの命令でも、正しいか間違っているかを知っていただき、判断することですわ」
「旦那を蹴ったり怒鳴ったり……鬼嫁だな」
その言葉に、黙って聞いていた神五郎はにやっと笑う。
「自分の家がそうだからと、思い込むのは阿呆ではないのか? 嫁は私の仕事を支えてくれるし、その為に私の仕事を認め、それに役立つような事を示してくれる。尻に敷かれているのではなく、私の仕事のしすぎを膝の上に娘をだいて座って『お休み下さい』と優しく言ってくれる……のではなく、『書簡をちゃんと深読みしてください。旦那様はこの程度のことで読み違えては、直江家の将来のみならず、この越後の地を戦場にするおつもりですか? 高い位を得たのなら、それにあぐらをかくのではなく、もっと努力して国を栄えるように努力を! 良いですか?』といつも言うな」
「だ、旦那様!」
「我が家の日課だ。それに本を読んだり、くつろいだりしつつ、領地の民の暮らしを改善できないかと考えている。今回皆を呼んだのは、采明の遊びではなく、真剣な仕事の話だ。収入や生活を変えていきたいもの、話を聞いて、納得できぬなら教えてほしい。私たちは真剣に考えている。よろしく頼む」
「うにゃぁぁ……」
腕の中の明子が『お願いね?』と言いたげに、声を出すと、周囲はプッと吹き出す。
その明子の声に周囲の空気が明るくなり、最初声をあげた男も笑っている。
「可愛いだろう? 私の娘の明子と言う」
それを倍増するかのように、神五郎は娘自慢を始める。
「旦那様、お仕事の話です。明ちゃんのお話は後にして下さい」
「じゃぁ嫁の話を……」
「しないで下さい!」
夫婦漫才に、益々笑い転げる。
「神五郎、采明」
たしなめた欅が口を開く。
「これは、申し訳ないけれども、晴景様の命ではなく、直江家の仕事となる。だが、話を聞いていただけるとありがたい。よろしくお願いする」
「長尾の殿の仕事ではないのか?」
「大丈夫なのか?」
その声に、采明は声をあげる。
「これは最初は難しい、簡単にはいかない仕事です。ですが、長期的に見て、きっとこの街の、国のためになると信じております。お手伝いをしていただけると本当に嬉しいのですが」
「お手伝い? 無償ってことか?」
「違いますよ。申し訳ありません。言い方がきつくなっておりました」
顔色を変える人々に采明は頭を下げ、
「これは、大きな長期的なお仕事です。そして成功するかわからないものでもあります。しかし、成功したときには将来この地に暮らす人々が気持ちを楽に、安心して暮らせるかと思います。お願いいたします。私たちは……実は景虎様より内々のお便りを頂いております。景虎様はこの街の事を心配し、将来を憂えておられます。時々街に出られては皆さんの様子をご覧になられたり、親のいない子供たち、夫や妻を亡くされ、子育てしつつ働く親御さんを心配しておられるのです。それで、景虎様に助けられた方がどうすれば良いだろうと話し合った結果です」
「景虎様は、ある女性の家族と一年ほど前に知り合われた。女性は五人の子供を抱え、妹夫婦と働いていた先を追い出され、困られていた。その時に景虎様はおっしゃられた『のう……我は、このような苦しい思いをする人々を救いたい。どうすれば良いだろうかと』私たちが悩んでいると」
神五郎は、口を開く。
「妻が提案をしてくれた。姉も賛成してくれた。私は貴殿方にお願いがある」
「お願い? 命令ではなく?」
驚く周囲に、微笑む采明。
「私は考えたのです。私は良く屋敷の中を行き来するのに、皆さんの作られた籠や道具の技術に驚いたのです。美しく機能的で、長持ちする。その上長い間十分持つのです」
采明の瞳はキラキラしていている。
その眼差しの強さに、職人は……。
「堕ちたな」
「……他の人間に、采明を見せたくないのに……」
ボソッと呟く夫。
「お前が決めた事だろう。我慢しろ」
「……もっと、采明を独占できたらな……采明は、俺の采明じゃない。直江家の采明だ」
すねたような口調の弟に、
「何を言ってるんだ。采明は、最初はお前の妻だったから認められた。お前の妻……それが、どうやって家のものに認められたのか、考えてやれ」
「……そうする。……でも、明子も寂しいな?」
指をしゃぶりながら、にこにこと笑う少女に、実の父親の欅も、
「本当に正明と気性が違うな。明子はおとなしい」
「返さんからな! 明子は私の可愛い娘! 嫁と娘が俺の自慢!」
拳を握り宣言をする声に、周囲は笑い、慌てて、
「旦那様! 仕事のお手伝いならともかく、邪魔をするなら、帰ってください!」
「ちゃんとする! というかしてるだろう? 明子のお守りを!」
どうだ! と言わんばかりの神五郎に采明と欅は呆れる。
「旦那様! お仕事の説明を聞かないのなら、今度こそ帰ってください! 良いですね?」
「明子が泣くぞ?」
「旦那様があやしてくださいね?」
元に戻っていく。
「……なぁ……明子。お母さんが苛めるんだ。どう思う?」
真剣に聞く神五郎に、欅が、
「いい加減に気を緩めるな! 全く。お前は……」
「兄上にまで! 明子! お父さんを慰めてくれ!」
娘に訴える様に、周囲は大爆笑に変化する。
直江家の当主がここまで緩いとは想像もつかなかったらしい。
この緩い感じが話を繋ぐのだから、それはそれでよかっただろうと言う、お話である。
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