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嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。

続いて、可愛い赤ちゃんが生まれました。采明ちゃんは大喜びです。

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 橘樹たちばなの出産の時が来た。

 あかねは兄よりも年が離れており、年をまたいだため、神五郎しんごろうは28、采明あやめが14、橘樹は30、兄のけやきは31、重綱しげつなは24、茜は21である。

 数えではあるものの、当時は10代後半から20代に出産する。
 しかし、一度離縁し再婚の橘樹は初産であり、当時は高齢出産である。
 不安がる上に、むくみに、ひどいつわりに悩まされ続け、采明が見る限り妊娠中毒症寸前だった。
 そのため、なるべく楽になるように、手足のマッサージに、橘樹のために低カロリーで、栄養は充分の食事を考えていた。

「ごめんなさいね……采明」

 時々辛さの余りに涙ぐむ姉に、采明は、

「何言っているんですか。お姉さまは、頑張ってますよ。そんなに泣かれたら、赤ちゃんも悲しがりますよ?」
「時々……この私が、母親になるのは……駄目なんじゃないか。子供が可哀想じゃないかと思うわ」
「何を言ってるんですか! お姉さまは一杯一杯頑張ってますよ」

采明は姉の頭を撫で、切なげに告げる。

「采明は、お姉さまの子供だったらと思うときがあります。そうすると、旦那様と叔父姪になっちゃうので、旦那様と夫婦になれませんでしたが……」
「それは、神五郎が困るわねぇ?」
「……私の両親は、学生結婚……学問を学ぶ学舎に通っていたときに知り合って結婚しました。母は19、父は22で、私が生まれました。父は、学者になってみんの国に研究に出ていきました。母は、乳母に私を預けて勉強をしました。私が2才になって、妹が生まれても変わりませんでした。父は学問に没頭し、母は収入も入れてくれない父を見限り、別れました」

 むつきの準備をしていた采明は、寂しげに続ける。

「母は私たちを育てるために、お店を作りました。そのために忙しくて、私は頑張ってお手伝いを始めました。そうすると、妹の百合が地域の町を紹介する、色々な町を回って、踊ったり歌ったり……可愛い格好もとても似合う、周囲でも評判の綺麗な女の子でした」
「百合ちゃんって言うのね。幾つ?」
「二歳違いです。皆、忙しくて、頑張っていて……だから、采明も……」

 俯く。

「大好きな妹なのに、大事な家族なのに……時々、嫌いになりそうになりました。酷いお姉ちゃんです」
「私にもあったわよ。家の母上はとても豪快な方だから良いけれど、皆、神五郎ばかりだもの。でも、采明も私も、神五郎や百合ちゃんが頑張っているから、それが余計に辛くなるのよね」
「で、他の人は当たり前だって言うと思うのですが、お家の中の事を頑張って……掃除して、洗濯して……でも、もっと頑張らないと……って」

 ぽつん、ぽつん……囁きは滴となって染みていく。

「お父さんが帰ってきて、お母さんの仕事も安定して、百合が……って……そうすれば、皆幸せになるんじゃないかって、思う自分がいて……無理なのに……もう、諦めろって、思うのに……」
「采明……」
「駄目ですね。その頃は毎日、忙しくていない家族にいってらっしゃいって笑って手を振って、掃除に洗濯、ご飯を作って待ってたんです。でも、私にはもう……」

 泣き笑う。

「旦那様やお姉さま、お兄様……お父様や御母様がいます。もし、選べと言われたら……」
「いわ……うぅぅっ!」

 お腹を押さえる。

「お姉さま!」
「大丈夫よ。茜が教えてくれたから、ある程度……頑張れ……くぅぅ!」
「お姉さま! 誰か! 誰か! お産婆さんを! お姉さまが!」

 采明の声に、屋敷の者はついにこの時が来たと、動き出した。



 緊急に戻ってきた欅に神五郎、そして両親もやって来る。
 采明は、

「大丈夫ですよ。お姉さま! 赤ちゃんは、お母さんであるお姉さまに会いたいと、だっこしてほしいと思って出てくるんです。一杯一緒に歌を歌いましたよね?」
「えぇ、そうね!」
「じゃぁ、お顔を見たら、歌ってあげましょうね!」
「あの、生まれてきてくれてありがとうの歌?」

采明は頷く。

「はい! だから頑張りましょうね!」

 采明は、聞いていたラマーズ法を教えていた。
 その方が楽になるかと思ったのである。
 しかし、

「橘樹! らまーず法は……えっと……どうすればいいんだ?」

動揺する欅に、神五郎は、

「兄上……落ち着いてください! まぁ私も采明に何かがあると、落ち着いていられないんでしょうが、兄上のそれは落ち着きがありませんよ」
「だが! えっと……どこだ! 眠れ……寝てどうする!」

一人で突っ込む兄に、疲れた神五郎は、

「まぁ、なんとかなるだろう」

と気楽に考えていた。



 難産だった橘樹がようよう出産したのは、小さな男の子。
 産婆がひっくり返して叩くのを引ったくり、胞衣を剥がすと、鼻と口から羊水を吸いだし、付き人に頼む……と振り返った采明が顔色を変える。

「何するんですか!」

 小さい体でも必死に掴みかかり、何故か赤ん坊の首を絞めようとしている産婆から赤ん坊を取り上げる。

「おなごじゃ! 腹の中に男女の赤子! それは畜生ちくしょうの子で、凶運! その為に死なねばならぬのだ!……返せ! その赤子は生きていてはならぬ!」
「何をいってるの! 赤ん坊が二人生まれることはあります! 男女でも関係ない! 生まれた赤子よりも、お姉さまを見なさい! 後産あとざんも、残っているでしょう!」
「畜生の子を生んだ女など……」

 赤ん坊の様子を確認していた采明だが、この言葉に手のひらを翻す。

 パーン!

高いけれど強い音に、欅と神五郎が止める侍女をよけて入っていく。

「采明! 何があった!」
「この方が、この赤ん坊の首を絞めていましたので、取り上げました。お姉さまの様子を見てほしいといったのに……」
「犬畜生と同じ……しかも男と女……腹の中で……」

 吐き捨てる産婆に、

「出ていきなさい! 祝いの言葉も紡げない産婆など要らない! 出ていきなさい!」
「直江の家は滅ぶぞ!」
「そういう呪詛じゅそを吐くのが、子供という未来を産み出す手伝いをする存在ですか! 二度と、敷居をまたがないでちょうだい! 誰か! 連れていって!」

 引きずられて出ていった産婆に、あっさりと、

「バカな人です。双子なんて生まれますよ。本当に……坊やは大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。采明さま。それに、あぁ、欅。ぼっちゃまを。私が後はお手伝いしますよ」

自分のお乳で育てるといっていた橘樹の後産の始末を、乳母になる小笹こざさは豪快に笑う。
 小笹は元々屋敷にいた大人数の子供を育てつつ住み込みで働くおばさんで、橘樹や神五郎もよく叱られた経験がある。

「子供の一人や二人で滅ぶ家は、子供のせいではなく、当主が悪いそうですよ? 大丈夫ですかね? 赤子の叔父上は」
「小笹には敵わんな」

 神五郎は苦笑する。

「大丈夫だ。俺は、甥と姪位で揺らぐ人間じゃない。そんな迷信等笑って見せる」

 采明は、首を絞められていた赤ん坊を見て、息が止まっている事に気がつき床に横たえる。

「旦那様! 手伝ってください!」
「何をだ?」
「呼吸が止まっています……呼吸を再開させないと死んでしまいます!」

 男の子と同じく、鼻と口から羊水を吐き出し、心臓を押して、

「旦那様、唇から息を吹き込んでください!」
「解った!」

数回繰り返すと、

「……ふ、ふえぇ、ふにゃぁぁぁ……!」

と声が上がる。

「あぁ! よかった! 赤ちゃんが!」

 抱き締めてよしよしとあやす。

「生まれてきてくれてありがとう……」



 母乳を飲ませ、落ち着いた部屋で、橘樹は口を開く。

「神五郎……采明」
「何ですか?」

 夫を見上げると、頷き、

「お願いがあるの。この子を、貴方たちの子供にしてくれないかしら?」

腕の中の女の子を差し出す。

「姉上? あれは迷信で、赤ん坊に非は!」
「違うのよ」

 橘樹は何かを吹っ切ったように笑う。

「悪いけれど、私一人で、二人は無理なんですもの。神五郎。抱き方をちゃんと覚えなさい。それに采明なら大丈夫だと思って」
「お姉さま? 良いんですか? 赤ちゃんを!」
「良いのよ。一緒に住むんだもの。形だけ別もいいでしょ?」

 クスクス笑う。

「それに……采明が取り戻してくれたのよ? この子の命を! この子が、采明の心の支えになりますように! そう祈るわ!」
「お姉さま……! な、泣き虫のお母さんでも良いでしょうか?」
「何を言ってるの。采明は、嬉しいときも感動して涙を流す……心の底から子供を愛してくれる、その子のお母さんよ。大丈夫。それよりも、欅がね? 私の方が心配だって言うのよ? 酷いと思わない?」
「心配だ……豪快で絶対に迫力全開の母になる!」

 欅の声に周囲は笑う。



 そして、神五郎と采明は娘に、明子とつけ、橘樹夫婦の息子は、正明とつけられたのだった。
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