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嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。
采明ちゃんは、夫の家族に問答無用(?)に溺愛されているようです。
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采明が寝込み、神五郎が必死に看病に専念している間、幾度か晴景の使いが訪れる。
最初は、体調を崩していてお目にかかれないとやんわり断っていたが、日に日にしつこくなっていく。
朝、昼と使いを送り返したと言うのに、夕刻、三度使者が、
『先日の謝罪として、直江殿と奥方と共に月を観たいと仰せです!!これ以上は待てぬとのこと!!ご返答を!!』
と伝えてくるに至り、対応していた義兄の欅と橘樹が、ピキッと青筋をたてる。
「少々お待ちくださいませ。主は無理ですので、義父に確認致しますゆえ」
一応、怒りを抑え、ゆっくり告げ下がった。
が、余りにも横柄な使者の物言いに、気の強い橘樹どころか欅まで怒り狂う。
そして、奥で待っていた家族の元に向かったのだが、席につくと、
「当主である実綱の妻である義姉は、熱をだし、まだ下がらず、食事も喉を通らぬ有り様。ひどく弱っており、当主も愛する義姉を置いて出ることが出来ず、手を握って付き添っている状態が続いております」
「と言うわけですので、申し訳ありませんが、義姉の熱が下がり、落ち着くまでしばらく兄の出仕を控えさせたいと思っております……と、このように言いなさい。重綱」
「え、えぇぇ!!俺が!?」
姉夫婦の怒り狂った表情におののきつつ、声をあげる重綱に、父の親綱は強い眼差しで下の息子を見る。
「良いか?采明のことは、本当ゆえ正直に申せ。だが、それ以外のことは、口にするな。特に景虎様について問われても……」
「と言うか、お、父上。俺……いえ、私は、景虎様はただのがきんちょにしか……でぇぇ!!ごめんなさい!!兄上!!グハッ!!」
妻の兄であり、姉の夫でもある欅の一撃に、涙を溜めて鳩尾を撫でる。
「そなたは一言多いのぉ……それでもわらわの子か?ほんに、親綱様に似てしもうたのか?」
「梓!!酷いではないか!!」
「まぁ、重綱のように浮気に喧嘩……は無さそうでようございました。昔……確か……」
扇を開いたり閉じたりを繰り返す。
その様子に、橘樹が声をあげる。
「御母様。采明が申しておりました。あの子はとても勉強家で、昔の時代の物語などを話してくれるのですわ。私は竹取物語を聞かせて貰ったのです」
「そうなのか?それは良いことじゃ。わらわも元気になった采明に聞かせて貰おう……で?橘樹?」
「はい。竹取物語に源氏物語を話してくれたのですが、私が衣……等はどうだったのかと聞くと、古き時代……あの、源氏物語の頃の貴族の手にしていた勺は、ただ持っているだけの物ではなく、忘れてはいけない事柄等を記載して、その時々に応じてそれをちらっと見て、答えるために用いられていたのだとか。特に、その時代は政治のことだけではなく、歌合わせ等を競っていたそうで、前もって題材を出されていることが多く、幾つか歌を書き込んで、その時に応じた歌を応えていたそうですわ」
「ほう……そのようなことが?しかし、そのようなものをここで用いれば、笑いものぞ?」
「それは、重綱の性格に、重綱の普段の行動で可能ですわ」
ころころと笑った橘樹は、
「最近、生真面目な神五郎は、采明が譲ってくれたのだと、その紙の束とここにはありませんが筆を持ち歩いております。何か気になったこととかこれはどうするべきか、といったものを書き込み、私たちに意見を聞いて欲しいと……。ですので、これは神五郎の大事なものですから渡せませんが、書簡の紙の筒を持たせて、前半に、それを記載しておいて読ませるのですわ。そうして、向こうが『何で書簡を読んでおる』とか言ってきたら、重綱?お前は目端が利くし、時々神五郎から届く使いから何か聞いているでしょう?父上からも。それを伝えなさい。その時には、少しもったいぶって……」
「はぁ?姉上。俺に、あの館でおっさんどもをからかって、馬鹿にして良いのか?色々あるぞ?」
「幾つかでいいわ。思う存分やりなさい。貴方その緩い所しか良いところがないから」
姉のきっつい一言に、
「ひでぇ!!姉貴は俺をバカだと思ってるのか!?後でバカだと噂になったらどうするんだよ!!」
「それはないぞ。お前の目端の利くところが、我が直江家の新たな驚異と映るであろう」
親綱は答える。
「それに、お前も良い年だ。出仕もせずブラブラとしていた分、直江家の本当の力を見せつけてくるが良い」
「出来ぬとは言わせぬぞ?重綱?わらわは期待しておるゆえ……采明を泣かせたコウモリどもに目にものを見せてくるが良い!!」
「えぇぇ!!お、俺を生け贄に……」
トホホ……と、泣きそうになった重綱だが、母の一言により、背筋を伸ばす。
「ほぉ……そなたは、あの采明を差し出すのか?あの潤んだ目で『お兄様』とそなたを呼んだ采明をコウモリどもに売り渡すのか?」
その言葉にはっとする。
采明は義理の姉だが、まだ幼く、自分にとっては初めての妹に近い。
しかも、あの日から欅や橘樹と言う姉夫婦に聞いた、采明がこの屋敷に来たことによって変わってきた兄……そして、屋敷を、兄夫婦を支えるものたちも、雰囲気が変わったのだと言う。
前は、代わり映えのない日々……無器用な兄らしいが、兄もどうすればよいのかわからず、淡々と日々が過ぎていくのを一日で変えてしまった采明。
兄からは訥々と、
『妻を迎えたのだが、姉上とはまた違う走り回る。だが、静かな屋敷が笑い声に溢れ、姉上も可愛い妹ができたと喜んでいる』
と届いた。
母が見に行く!!と飛び出した為、父と追いかけてきたのだが、驚いた。
あの兄が……、固い兄が、必死に頭を下げた!!
生真面目で仕事一途の兄が!!
「幽閉されても構いません!!采明を取り上げないでください!!お願いいたします!!」
と、頼み込んだのだ。
采明は采明で、兄を心配し、
「旦那様……旦那様は直江家を守らなくては行けません。私は……」
と、涙ぐみながらも、兄に説教をする。
どれだけ……お互いを思っているのか……どれだけ強い繋がりを短い間に作り上げたのか?
解らないが、解るのは、一つ。
「兄と采明を引き離したりしない!!」
それだけである。
兄の為であり、采明の為……それが、直江家にとってどんな結果になっても……いや、悪い結果には自分がしない!!
いくらあの兄と違い、愚弟でも、采明を兄から引き離せば……兄采明は、直江家は終わる。
直感だが解るのだ……だから。
「解った!!やるだけやって来る!!失敗しない!!安心してくれ!!じゃぁ、書簡を……」
欅に渡された書簡に、欅と姉に言われた言葉を記載し、そして、兄の紙の束……手帳をペラペラとめくり、気になる部分などをさらさらと書くと、
「よっし!!これで、馬鹿共を潰してくるわ。あ、そうだ。姉上……」
二言三言囁く。
そして、奥から包みを持ってくる。
「ありがと!!じゃぁ行ってきます!!」
とせかせかと、使者の元に行き、頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございませぬ。私は、当主実綱の弟、重綱と申します。義姉の熱が再び上がり、苦しそうに泣いていて、兄はどうしても離れることが出来ないと申しております」
「何ですと!?嫁、嫁と、晴景様と、妻女ごときを一緒にされるのか!?」
わめく使者に、
「晴景様と、義姉ですか?比べては失礼でしょう」
「では連れて参れ!!」
「うるさい!!このくそ親父!!」
立ち上がり蹴りつける。
「姉の方が大事にきまってんだろうが!!ど阿呆!!あの兄があれだけ大事にしている姉と、てめぇと一緒にすんな!!」
「と、殿の命令を!!」
「はぁ?あの殿が、度々強気で乗り込んでくるかよ。馬鹿にすんな?俺は、あの殿の幼馴染みだ!!殿のご気性、周囲に引きずられやすく、嫌と言えない気の弱さに、優しさとは違う逃げ!!しってんだよ!!てめぇらが、もっとあの殿を鍛えねぇから、あぁなってんだろ?おらぁ!!そんなに兄を連れていきてぇなら、その前に俺をつれていけ!!」
と、使者の襟首を引きずり、出ていった重綱は、
「失礼する!!」
と大声で、叫ぶ。
入ってきた青年に、晴景はキョトンと、
「重綱……か?大きくなったな!!」
「一応、良い年ですから」
そっけなく言い返した重綱は、這って逃げようとする使者の裾をつかみ、前に引きずり出す。
「殿。姉が倒れてから5日になりますが、毎日のように殿から使いが参っております。今日は朝、昼、そして今、この使者と3人が参りました。殿が直々に命じたのでしょうか?」
その言葉に目を見開き、首を振る。
「いや、そのようなことはしておらぬ!!一度、使いを送った。見舞いの絹を添えたが、それ以来、一度も!!まことだ!!」
「そうでしたか……ですが、絹は届いておりませぬ」
「何だと!?そんな馬鹿な!!そなた!!」
重綱の前の男は、顔を赤く青く染める。
「どういうことだ!!説明をせよ!!」
「わ、私は確かにお渡しして……」
「……ほぉ……新しい妾を囲っていて、その妾に貢ぐ為に、殿が家臣に下げ渡した品々を届ける振りをして、売り払ったり、届けていたと……そう言えば、西の市に時々豪奢な絹が出ていて……私も幾つか手にいれましたよ。あの堅物の兄の嫁にと思って……」
書簡を広げ、話し始めた重綱の一言で、室内はざわめき、
「わ、わしはしておらぬ!!そのようなことは!!瑠璃、水晶等!!」
「私は、絹が売り出されていると申し上げただけで、瑠璃、水晶は一言も口にしておりませんが?」
「……!!」
硬直し、青ざめる。
「そして、心優しい兄や姉は申し上げられませんが、殿の回りには、裏切り者の狐や狸、コウモリだけではなく、他にもおるかと思われます。兄が、気になっていることを書き留めていたものがございまして、今ここでお伝えいたしますと……」
重綱は、兄が気になって書き記していたもの、姉たちの情報、自分の聞いた噂話等々書簡を読む振りをして語っていく。
「で、兄が申しておりました」
父には言うなと言われたが、これだけは伝えておこうと。
「景虎様を暗殺しようとするものがいる故に、注意しておくとのよし。景虎様は直江家が大事に守らせていただいております。殿には安心して任せて頂ければ……と申しておりました。この数珠が証拠にございます」
懐から取り出したものを広げる。
「……景虎の数珠……。元気でおるか?」
晴景の言葉に、重綱は微笑む。
「兄が申しておりましたが、私の方が手がかかったと。景虎様はまだまだだそうですよ」
「お前より手がかかるようなら、実綱も、大変だろうな」
「まことに……」
二人は笑うと、
「重綱。景虎のことは、そなたら直江家に任せる。あれはまだ幼いが賢い。実綱と奥方に任せた。そして、こちらの無礼は申し訳ないと伝えてくれぬか?それと……」
傍にいた者に持ってこさせたのは、
「迷惑をかけたこと、そしてこれからもかけると思うが、これを……実綱の奥方に。そして、そなたにも」
「あぁ、父と兄は絶対受けとりませんからね。ですが、姉が喜びましょう……ありがたく承ります」
頭を下げる。
「本当に申し訳ないことをした。実綱は、しばらく出仕せずともよいと伝えてくれぬか?奥方が元気になるまで、そして、実綱が自らの意思で私を認めてくれるまで……待っていると……」
「かしこまりました。必ず、お伝えいたします。そして突然の参上、驚かせてしまいまして申し訳ございませんでした。では、これにて、失礼いたします」
重綱は受け取り、下がっていったのだった。
最初は、体調を崩していてお目にかかれないとやんわり断っていたが、日に日にしつこくなっていく。
朝、昼と使いを送り返したと言うのに、夕刻、三度使者が、
『先日の謝罪として、直江殿と奥方と共に月を観たいと仰せです!!これ以上は待てぬとのこと!!ご返答を!!』
と伝えてくるに至り、対応していた義兄の欅と橘樹が、ピキッと青筋をたてる。
「少々お待ちくださいませ。主は無理ですので、義父に確認致しますゆえ」
一応、怒りを抑え、ゆっくり告げ下がった。
が、余りにも横柄な使者の物言いに、気の強い橘樹どころか欅まで怒り狂う。
そして、奥で待っていた家族の元に向かったのだが、席につくと、
「当主である実綱の妻である義姉は、熱をだし、まだ下がらず、食事も喉を通らぬ有り様。ひどく弱っており、当主も愛する義姉を置いて出ることが出来ず、手を握って付き添っている状態が続いております」
「と言うわけですので、申し訳ありませんが、義姉の熱が下がり、落ち着くまでしばらく兄の出仕を控えさせたいと思っております……と、このように言いなさい。重綱」
「え、えぇぇ!!俺が!?」
姉夫婦の怒り狂った表情におののきつつ、声をあげる重綱に、父の親綱は強い眼差しで下の息子を見る。
「良いか?采明のことは、本当ゆえ正直に申せ。だが、それ以外のことは、口にするな。特に景虎様について問われても……」
「と言うか、お、父上。俺……いえ、私は、景虎様はただのがきんちょにしか……でぇぇ!!ごめんなさい!!兄上!!グハッ!!」
妻の兄であり、姉の夫でもある欅の一撃に、涙を溜めて鳩尾を撫でる。
「そなたは一言多いのぉ……それでもわらわの子か?ほんに、親綱様に似てしもうたのか?」
「梓!!酷いではないか!!」
「まぁ、重綱のように浮気に喧嘩……は無さそうでようございました。昔……確か……」
扇を開いたり閉じたりを繰り返す。
その様子に、橘樹が声をあげる。
「御母様。采明が申しておりました。あの子はとても勉強家で、昔の時代の物語などを話してくれるのですわ。私は竹取物語を聞かせて貰ったのです」
「そうなのか?それは良いことじゃ。わらわも元気になった采明に聞かせて貰おう……で?橘樹?」
「はい。竹取物語に源氏物語を話してくれたのですが、私が衣……等はどうだったのかと聞くと、古き時代……あの、源氏物語の頃の貴族の手にしていた勺は、ただ持っているだけの物ではなく、忘れてはいけない事柄等を記載して、その時々に応じてそれをちらっと見て、答えるために用いられていたのだとか。特に、その時代は政治のことだけではなく、歌合わせ等を競っていたそうで、前もって題材を出されていることが多く、幾つか歌を書き込んで、その時に応じた歌を応えていたそうですわ」
「ほう……そのようなことが?しかし、そのようなものをここで用いれば、笑いものぞ?」
「それは、重綱の性格に、重綱の普段の行動で可能ですわ」
ころころと笑った橘樹は、
「最近、生真面目な神五郎は、采明が譲ってくれたのだと、その紙の束とここにはありませんが筆を持ち歩いております。何か気になったこととかこれはどうするべきか、といったものを書き込み、私たちに意見を聞いて欲しいと……。ですので、これは神五郎の大事なものですから渡せませんが、書簡の紙の筒を持たせて、前半に、それを記載しておいて読ませるのですわ。そうして、向こうが『何で書簡を読んでおる』とか言ってきたら、重綱?お前は目端が利くし、時々神五郎から届く使いから何か聞いているでしょう?父上からも。それを伝えなさい。その時には、少しもったいぶって……」
「はぁ?姉上。俺に、あの館でおっさんどもをからかって、馬鹿にして良いのか?色々あるぞ?」
「幾つかでいいわ。思う存分やりなさい。貴方その緩い所しか良いところがないから」
姉のきっつい一言に、
「ひでぇ!!姉貴は俺をバカだと思ってるのか!?後でバカだと噂になったらどうするんだよ!!」
「それはないぞ。お前の目端の利くところが、我が直江家の新たな驚異と映るであろう」
親綱は答える。
「それに、お前も良い年だ。出仕もせずブラブラとしていた分、直江家の本当の力を見せつけてくるが良い」
「出来ぬとは言わせぬぞ?重綱?わらわは期待しておるゆえ……采明を泣かせたコウモリどもに目にものを見せてくるが良い!!」
「えぇぇ!!お、俺を生け贄に……」
トホホ……と、泣きそうになった重綱だが、母の一言により、背筋を伸ばす。
「ほぉ……そなたは、あの采明を差し出すのか?あの潤んだ目で『お兄様』とそなたを呼んだ采明をコウモリどもに売り渡すのか?」
その言葉にはっとする。
采明は義理の姉だが、まだ幼く、自分にとっては初めての妹に近い。
しかも、あの日から欅や橘樹と言う姉夫婦に聞いた、采明がこの屋敷に来たことによって変わってきた兄……そして、屋敷を、兄夫婦を支えるものたちも、雰囲気が変わったのだと言う。
前は、代わり映えのない日々……無器用な兄らしいが、兄もどうすればよいのかわからず、淡々と日々が過ぎていくのを一日で変えてしまった采明。
兄からは訥々と、
『妻を迎えたのだが、姉上とはまた違う走り回る。だが、静かな屋敷が笑い声に溢れ、姉上も可愛い妹ができたと喜んでいる』
と届いた。
母が見に行く!!と飛び出した為、父と追いかけてきたのだが、驚いた。
あの兄が……、固い兄が、必死に頭を下げた!!
生真面目で仕事一途の兄が!!
「幽閉されても構いません!!采明を取り上げないでください!!お願いいたします!!」
と、頼み込んだのだ。
采明は采明で、兄を心配し、
「旦那様……旦那様は直江家を守らなくては行けません。私は……」
と、涙ぐみながらも、兄に説教をする。
どれだけ……お互いを思っているのか……どれだけ強い繋がりを短い間に作り上げたのか?
解らないが、解るのは、一つ。
「兄と采明を引き離したりしない!!」
それだけである。
兄の為であり、采明の為……それが、直江家にとってどんな結果になっても……いや、悪い結果には自分がしない!!
いくらあの兄と違い、愚弟でも、采明を兄から引き離せば……兄采明は、直江家は終わる。
直感だが解るのだ……だから。
「解った!!やるだけやって来る!!失敗しない!!安心してくれ!!じゃぁ、書簡を……」
欅に渡された書簡に、欅と姉に言われた言葉を記載し、そして、兄の紙の束……手帳をペラペラとめくり、気になる部分などをさらさらと書くと、
「よっし!!これで、馬鹿共を潰してくるわ。あ、そうだ。姉上……」
二言三言囁く。
そして、奥から包みを持ってくる。
「ありがと!!じゃぁ行ってきます!!」
とせかせかと、使者の元に行き、頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございませぬ。私は、当主実綱の弟、重綱と申します。義姉の熱が再び上がり、苦しそうに泣いていて、兄はどうしても離れることが出来ないと申しております」
「何ですと!?嫁、嫁と、晴景様と、妻女ごときを一緒にされるのか!?」
わめく使者に、
「晴景様と、義姉ですか?比べては失礼でしょう」
「では連れて参れ!!」
「うるさい!!このくそ親父!!」
立ち上がり蹴りつける。
「姉の方が大事にきまってんだろうが!!ど阿呆!!あの兄があれだけ大事にしている姉と、てめぇと一緒にすんな!!」
「と、殿の命令を!!」
「はぁ?あの殿が、度々強気で乗り込んでくるかよ。馬鹿にすんな?俺は、あの殿の幼馴染みだ!!殿のご気性、周囲に引きずられやすく、嫌と言えない気の弱さに、優しさとは違う逃げ!!しってんだよ!!てめぇらが、もっとあの殿を鍛えねぇから、あぁなってんだろ?おらぁ!!そんなに兄を連れていきてぇなら、その前に俺をつれていけ!!」
と、使者の襟首を引きずり、出ていった重綱は、
「失礼する!!」
と大声で、叫ぶ。
入ってきた青年に、晴景はキョトンと、
「重綱……か?大きくなったな!!」
「一応、良い年ですから」
そっけなく言い返した重綱は、這って逃げようとする使者の裾をつかみ、前に引きずり出す。
「殿。姉が倒れてから5日になりますが、毎日のように殿から使いが参っております。今日は朝、昼、そして今、この使者と3人が参りました。殿が直々に命じたのでしょうか?」
その言葉に目を見開き、首を振る。
「いや、そのようなことはしておらぬ!!一度、使いを送った。見舞いの絹を添えたが、それ以来、一度も!!まことだ!!」
「そうでしたか……ですが、絹は届いておりませぬ」
「何だと!?そんな馬鹿な!!そなた!!」
重綱の前の男は、顔を赤く青く染める。
「どういうことだ!!説明をせよ!!」
「わ、私は確かにお渡しして……」
「……ほぉ……新しい妾を囲っていて、その妾に貢ぐ為に、殿が家臣に下げ渡した品々を届ける振りをして、売り払ったり、届けていたと……そう言えば、西の市に時々豪奢な絹が出ていて……私も幾つか手にいれましたよ。あの堅物の兄の嫁にと思って……」
書簡を広げ、話し始めた重綱の一言で、室内はざわめき、
「わ、わしはしておらぬ!!そのようなことは!!瑠璃、水晶等!!」
「私は、絹が売り出されていると申し上げただけで、瑠璃、水晶は一言も口にしておりませんが?」
「……!!」
硬直し、青ざめる。
「そして、心優しい兄や姉は申し上げられませんが、殿の回りには、裏切り者の狐や狸、コウモリだけではなく、他にもおるかと思われます。兄が、気になっていることを書き留めていたものがございまして、今ここでお伝えいたしますと……」
重綱は、兄が気になって書き記していたもの、姉たちの情報、自分の聞いた噂話等々書簡を読む振りをして語っていく。
「で、兄が申しておりました」
父には言うなと言われたが、これだけは伝えておこうと。
「景虎様を暗殺しようとするものがいる故に、注意しておくとのよし。景虎様は直江家が大事に守らせていただいております。殿には安心して任せて頂ければ……と申しておりました。この数珠が証拠にございます」
懐から取り出したものを広げる。
「……景虎の数珠……。元気でおるか?」
晴景の言葉に、重綱は微笑む。
「兄が申しておりましたが、私の方が手がかかったと。景虎様はまだまだだそうですよ」
「お前より手がかかるようなら、実綱も、大変だろうな」
「まことに……」
二人は笑うと、
「重綱。景虎のことは、そなたら直江家に任せる。あれはまだ幼いが賢い。実綱と奥方に任せた。そして、こちらの無礼は申し訳ないと伝えてくれぬか?それと……」
傍にいた者に持ってこさせたのは、
「迷惑をかけたこと、そしてこれからもかけると思うが、これを……実綱の奥方に。そして、そなたにも」
「あぁ、父と兄は絶対受けとりませんからね。ですが、姉が喜びましょう……ありがたく承ります」
頭を下げる。
「本当に申し訳ないことをした。実綱は、しばらく出仕せずともよいと伝えてくれぬか?奥方が元気になるまで、そして、実綱が自らの意思で私を認めてくれるまで……待っていると……」
「かしこまりました。必ず、お伝えいたします。そして突然の参上、驚かせてしまいまして申し訳ございませんでした。では、これにて、失礼いたします」
重綱は受け取り、下がっていったのだった。
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