上 下
3 / 5

宗良side~『木蘭の涙』

しおりを挟む
 今日は、時々顔を見せる松浦友介まつうらゆうすけが、一人の青年を連れて姿を見せた。

「こんばんは。ようこそ」
「お久しぶりです」

 話す二人の後ろで気後れしたように立ち尽くすのは、きりっとした顔立ちでしっかりとした印象だが、まだまだいきがっている雰囲気もある青年……いや、まだ未成年らしい。

「お子さんですか?」
「いえ、上の娘の幼馴染みの宗良そうら君です。高校を卒業して、医学部に進学したんですよ」
「初めまして、田仲宗良たなかそうらです」
「ようこそ。宗良くん。どうぞ」

 マスターはカウンターに案内しながら微笑む。
 かかっているのは、STARDUST REVUEのアルバムである。

「では、まだお酒は駄目ですね」
「そうですね」
「じゃぁ、お二人に……」

 グラスを用意すると、シェーカーを用い手慣れた手つきで作り始める。

 何かを言いたくて言い出せなさそうな友介に、ただ、その言葉を拒絶とまでは言わないにしろ聞きたくないと視線をそらす宗良に、

「……あ、曲が変わりますね」

 カクテルにチェリー等を飾り付けながら、マスターは告げる。

「……この曲は……」

 友介は、言葉をつまらせる。

「『木蘭もくれんの涙』です」
「……」
「……夢でも……逢えないのに……」

 宗良は呟く。

「あいつは、勝手に手紙だけ残して……! しかも『大好きだった。さよなら』って……返事も聞かないで!」

 ボロボロと涙を流す。

「病気のことも知らなかった。知ってても、俺は友見名ゆみなの傍にいたかった! いたかった……」
「宗良くん……」
「俺の思いは、皆、子供の頃のただの切ない思い出だって、恋愛じゃないって、言うけど……笑うけど……! 俺は……手紙だけ残して逝った、返事を聞いてくれなかった友見名を腹はたってるけど、大好きだった! ただの幼馴染みじゃなくて、本当に特別だったんだ!」

 袖で涙をぬぐおうとするまだまだ少年に、おしぼりを渡す。

「それが解る前に、思いが特別だって実を結ぶ前に……友見名は……いなくなった。最後の顔も見てない。ただ、お揃いのマフラーとチョコレートだけ。それにシロも……友見名を追いかけて……俺を置いて……」

 堪えきれなくなったのか、号泣する少年の背中を叩く友介。

「シロ……?」
「私の娘は、捨てられている子犬や子猫を拾って帰る子で……10年前に拾って、宗良くんの家に貰われていった子です。娘は、6年前逝きました」
「……そう……でしたか。辛いことを思い出させてしまって……」
「いいえ、娘が……友見名が逝ってから、私も妻も本当に生きているのか分からなくなって、でも、宗良くんとシロが毎日会いに来てくれて……妻は喜んで……。その上、宗良くんは医師になると……友見名の夢だったから代わりにと……」

 声をつまらせる。

「娘が逝ってから子供がもう一人生まれました。でも、下の娘を愛していても、友見名を思い出すんです……無力だった自分を責めるんです」
「……」

 項垂れる友介をみつめ、告げる。

「お二人とも……カクテルをどうぞ……」
「あの、宗良くんは……」
「大丈夫ですよ。ノンアルコールです」

 鼻をすすった宗良に、新しく暖かいものと冷たいおしぼりにティッシュの箱を差し出す。

「目が真っ赤ですね。使ってください」
「ありがとうございます……女々しいって、解ってても……」
「女々しいどころか、宗良くんは本当にいい男ですよ。友介さんのお嬢さんのこと、愛犬のことを本当に思っていて……今はまだ辛いでしょうが、きっとこのカクテルのようにと思います」

 宗良の瞳はカクテルを見る。

「このカクテルに、名前があるのですか?」
「えぇ……『サマー・デライト』と言います。悲しみも苦しみもじっと耐え、春にはきっと木蘭の花は咲くでしょう。そして、このカクテルのように……頑張って下さいね。それがきっと友見名さんとシロも見て喜びますよ」
「……はい」

 カクテルに手を伸ばし、そっと宗良は呟き、口をつけた。



 きっと……伝えたかった言葉は、空に届いている筈……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ただ一筋の涙をあなたに……。

刹那玻璃
恋愛
童話の『あおひげ』のモデルのジル・ド・レと聖女ジャンヌ・ダ・ルク。 ジャンヌ・ダ・ルクの秘めたる思い。

一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない

草笛あたる(乱暴)
恋愛
《視点・山柿》 大学入試を目前にしていた山柿が、一目惚れしたのは黒髪ロングの美少女、岩田愛里。 その子はよりにもよって親友岩田の妹で、しかも小学3年生!! 《視点・愛里》 兄さんの親友だと思っていた人は、恐ろしい顔をしていた。 だけどその怖顔が、なんだろう素敵! そして偶然が重なってしまい禁断の合体! あーれーっ、それだめ、いやいや、でもくせになりそうっ!   身体が恋したってことなのかしら……っ?  男女双方の視点から読むラブコメ。 タイトル変更しました!! 前タイトル《 恐怖顔男が惚れたのは、変態思考美少女でした 》

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

【完結】辺境の白百合と帝国の黒鷲

もわゆぬ
恋愛
美しく可憐な白百合は、 強く凛々しい帝国の黒鷲に恋をする。 黒鷲を強く望んだ白百合は、運良く黒鷲と夫婦となる。 白百合(男)と黒鷲(女)の男女逆転?の恋模様。 これは、そんな二人が本当の夫婦になる迄のお話し。 ※小説家になろう、ノベルアップ+様にも投稿しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

【完結】私が見る、空の色〜いじめられてた私が龍の娘って本当ですか?〜

近藤アリス
恋愛
 家庭にも学校にも居場所がない女子高生の花梨は、ある日夢で男の子に出会う。  その日から毎晩夢で男の子と会うが、時間のペースが違うようで1ヶ月で立派な青年に?  ある日、龍の娘として治癒の力と共に、成長した青年がいる世界へ行くことに! 「ヴィラ(青年)に会いたいけど、会いに行ったら龍の娘としての責任が!なんなら言葉もわからない!」  混乱しながらも花梨が龍の娘とした覚悟を決めて、進んでいくお話。 ※こちらの作品は2007年自サイトにて連載、完結した小説です。

処理中です...