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育児放棄の母と虐待されている女の子の章

結の章

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「ただいま」

と言いながら夫が帰ってきた時、息子夫婦とまだ小柄な女の子が一緒にいないことに、ゆいは落ち込んだ。

 息子夫婦には紗絵さえがおり、今度、和太郎わたろうと自分の元に亜美あみが養女となる。
 亜美も複雑な事情を抱えているが、それを振り切れる強い子だった。
 でも、息子夫婦が連れて行った少女……いや、幼女と言ってもいいかもしれない……あの子は無事だろうか。

「あぁ、そうそう。旅行で買ったぬいぐるみはどうかしら?」
「こらこら。結。まだあの子は帰って来んぞ。それよりお帰り位言うてくれんのか」
「そうなのですか? 残念ですわ。あ、お帰りなさいませ」
「……全身あざだらけで高熱、痩せとったろう」
「……また、虐待ですか……辛いですね」

 悲しげな表情になる結は和生かずお以外に二人身籠ったのだが、流産している。
 子供好きなのに失ってしまった命……息子も可愛いが、特に女の子が欲しかったのだ。
 その為、嫁の美代子みよこや孫娘、そして養女に迎えた亜美をそれは可愛がっている。

「お洋服とかランドセルとか……探さないと」

 嫁は可愛い物好きである。
 和太郎はため息をつきながら、まぁ、気にするなと自分に言い聞かす。
 こう言う優しい妻だから、この仕事を続けられたと言うこともあるのだ。

「まぁ、サイズは紗絵と亜美が分かるかしら……それに、おばあちゃんって呼んでほしいわ」

 うふふふ……。

 嬉しそうに微笑む結に、和太郎は結と美代子には敵わないと溜息をついた。



 夕方、戻ってきたのは紗絵である。
 亜美はコンビニのバイトの日である。

「ただいま! おじいちゃん、おばあちゃん。奏音かのんちゃんは?」

 車を止め、入ってきた孫娘に、

「お帰り。入院だよ」
「そうなの? じゃぁ、父さん迎えに行った方が良いかな? それに、亜美と一緒に奏音ちゃんの下着とか最低限必要な物買ってきたの。持っていかなきゃ」
「じゃぁ、これもお願いね」
「……おばあちゃん、また変なぬいぐるみ買ってきて……」

言いながらも、紙袋から色々な服と下着を出す。

「ハサミ、ハサミ」

 引き出しから取り出し、値札などを取り外し、もう一度入れ直すと、準備していたらしい自分の読んでいた本と結の買ってきたぬいぐるみを入れると、

「じゃぁ、行ってくるね。もし大丈夫なら、私が泊まるから。あ、ご飯はコンビニで買ってね」

手を振って出て行こうとするが、数秒もしないうちに、

「きゃぁぁ!」
「お前か! 家の家を荒らしたんは!」

悲鳴と怒鳴り声に、二人は立ち上がる。
 悲鳴は孫娘、もう一人は女の声。

「結。警察を呼びなさい」
「えぇ」

 和太郎は出て行った。



 和太郎は包丁を振り回す鬼女と、それから逃げる孫を見て、

「紗絵! こっちにおいで! それか車の中に! 怪我は?」
「す、少し! でも、荷物は汚れてないわ」

オートロックの鍵を開け、牽制するように大きくドアを開くと、とびのり、すぐに中に入る。
しかし動かずじっとする。

「こら、小娘。誰がお前の家を荒らした? お前の家はすでに荒れていたではないか。それに、電気もガスも水道も止められ、お前の娘はどのように生活していたと思っている」
「娘を返せ! あのガキさえいれば、毎月別れた亭主から十万円がお金が入るんだ。返せ!」

包丁を突きつける村上という姓の女に、和太郎は言い返す。

「遠慮する。あの子には健康で愛情を受けて勉強や遊びをしながら成長するという、当たり前な人生がある。それを育児放棄した親がよくも口にできる。前の夫からその10万円があったら、奏音はもっと真っ当な生き方ができたはず。奏音の銀行口座と印鑑を置いて去れ! そして、今までのお金も耳を揃えて返せ! 今までの人生は取り戻せんが、奏音に幸せな生き方を選ばせ、成長を見守るんが親じゃ!お前は産んだだけ。育てもせんクズ親じゃ!」
「何を! クソジジィ!」

 振りかぶった手首を和太郎は押さえ、ぐるっと回すと、痛みに包丁を落とした。
 ヘナヘナと崩れ落ちる女を見下ろすと、背後からパトカーの音が響いたのだった。



 ちなみに、和太郎は合気道の有段者である。
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