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孔明さんの不本意ありまくりの出廬が近づいてます。

外面は普通のお兄ちゃんでも、バトります!

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 孔明こうめいは嫁と息子を抱き上げ、そして、ある程度手入れのすんでいる四阿あずまやに、兄に弟夫婦、益徳えきとくほうを案内する。
 酒をとは思ったが、昼間からはと思い、白湯さゆにお茶、干菓子などを並べる。

「うわっ、これは何だ?」

 不思議な形の物に益徳は驚くが、孔明が示す。

「これは、江東から兄たちが届けてくれた干した果実ですよ。小さく刻んでお茶に混ぜてもいいです。琉璃りゅうりきょうは、白湯に混ぜてご覧。ほう君は喬と同じにしよう。美味しいよ?」
「うんっ。ありがとー、にーたん。んーと、にーたんのお家の子?」

 琉璃と共に、孔明の膝に座る喬を見る。

「そうだよ。喬と言って、苞君より二つ年上だね。喬? この子はあの、前に家に来て危ないよって言ってくれた、益徳どのの息子さんの苞君。苞君はね? すごく勇気があって、苛められてたお母さんの前に立って、お母さんに傷つけようとしたおじさんから庇ってくれたんだよ?」
「えっ! 凄いね? 苞君。僕より小さいのに勇気がある!」

 父親の膝から飛び降り、苞に近づいた喬は、

「お母さんを助けてくれてありがとう! 僕は諸葛孔明しょかつこうめいの息子で、喬だよ。仲良くしてくれる?」
「僕は張益徳ちょうえきとくにょ息子にょ苞だじょ。喬にい。ってよぶかりゃ、苞って呼んでくりぇ!」
「苞……?」
「にゃに? 喬にい!」

苞の返答に、喬は、

「同じ年頃の友達ができて、嬉しい! ありがとう! 苞。それに、苞のお父さんも、お母さんのことをありがとう!」

ぎゅっと抱きつく。

「……素直で可愛い息子だな。しかも賢い。お前の実の子じゃないのか?」

 益徳の問いに、孔明は両隣が不気味なほど瓜二つだが、まず右手の方の人物を示す。

「益徳どの。紹介します。江東の覇者、孫伯符そんはくふ将軍の弟、仲謀ちゅうぼう将軍の側近である私の兄、諸葛子瑜しょかつしゆ。私より7才年上です、この人が江東の天才で天災の一人です。もう一人が魯子敬ろしけいどのです」
「天才で天災……って」

 顔をひきつらせる益徳に、

「7才までには『孫子そんし』や『墨子ぼくし』、『荀子じゅんし』、『春秋しゅんじゅう』、『六韜りくとう』を読んで、『墨子』の城攻略が正しいか、実践してた人です。生まれてすぐの私を背負い、子守唄がわりに『孫子』や『春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん』を語ってましたね。で、私が4才の時、この弟が生まれてすぐ、家のあった街から馬で2日の廃墟の城に私を連れていき、閉じ込めて、出てこいと言った人です」
「げっ!」
「そのせいもあって、12才の時に長安ちょうあん洛陽らくよう遊学ゆうがくに行きましたが、行きには剣を下げて行きました。しかし7年後の19の時の帰りには剣を売り払い、騙されて購入した毒のついていると言い張った書簡添削用しょかんてんさくようの刀一本で、一人で山のような書簡を馬車に積み、徐州に帰還した天災です」
「わーい。孔明に誉められた~♪」

喜ぶ男に孔明を間に挟み反対側の青年は、

「兄様誉めてないから。どう聞いても呆れてるだけだから」

と、突っ込む。
 そして、孔明は突っ込みの青年を示して、

「4才下の弟のきんです。琉璃の兄、月英げつえいの助手としてある程度の技術者になっています。が、兄が天災、姉二人が武闘派、私は兄に連れ回され……そして、弟を生んですぐ実の母が逝ったので、父が、体もそんなに丈夫ではなかったこともあって……女の子として育てられました。今はしていませんが、18まで女性の姿をして居ました。琉璃の衣裳は月英、細工を作るのは均です。その隣の人は、均の嫁の玉音ぎょくおんどの。男装していますが女性です。襄陽の習家しゅうけ出身の、表向きは薬草を中心とした、草花を育てるのが好きな漢方医の端くれですが、実際は毒の研究が趣味で、その毒を使って死んでくれる人……つまり、玉音どののお気に入りの可愛い、そして尊敬できる女性や子供を傷つける下の下の男を実験台にしたいと狙ってます。今狙っているのは、琉璃を苛めた季常きじょう幼常ようじょう彩霞さいか様に美玲みれいどの、苞君を傷つけた雲長うんちょうどのに、驪珠りしゅどの……関平かんぺいどのも敵認定してますね」
「げっ! ど、毒って……」

眉を寄せる益徳に、玉音はニッコリと、心底嬉しそうな笑顔になる。

「あぁ、彩霞様が口にして解ったような、色や味で分かる毒は使いませんよ? そんなの、何度も季常どのがやってるんですよ。家の琉璃ちゃんを殺そうとして! あの天才様は、天才の割には同じ毒に、飲み物、入れる場所、ついでに入れた後の容器などの処分も考えない繰り返し野郎ですからね。味が分かって、色も変色するような簡単な毒は使いませんよ。私の使う毒なら無味無臭! ついでに飲めば内臓が溶けていくとか、手足が腐り落ちていくもの……あぁ、それより楽なものでしたら、呼吸が出来なくなり喉をかきむしりながら死んでいくとか……やはり、恐怖と絶望に錯乱さくらんしながら、生きたいと懇願している様子を見せて、死んでいかれるところを見たいですね!」

 その生き生きと語る男装の麗人……凛々しい中にもどことなく色気がある。

「……濃い兄弟だな……お前のところ。まだ、お前の影が薄い……」
「でしょう? まだましでしょう? 私は、妻と息子を溺愛する普通の男です!」

 胸を張る孔明の横で、兄の子瑜が益徳を見る。

「弟達、そして喬の言う通り、貴方は世間で言われている程愚かな武将ではないのでしょうね。益徳どの。ですが、私は貴方を憎んだりはしませんが、恨むでしょう……」

 その言葉に、益徳は真面目な顔になる。

「私は孔明に、学問を徹底的に叩き込みました。そこらの口先だけの『白眉はくび』など及びもつかない情報に、戦略的軍略的なことの対処も……。しかし、私は……りょうには、穏やかに琉璃と喬、生まれてくる赤ん坊と……暮らして欲しかった……。亮は見た目は、戦場と関わりがないように見える……でも、亮は戦場を知っている。……亮は一度も書簡に綴って来ませんでしたが、妹達は送ってきてくれた……逃亡のことを。敵に取り囲まれ突破する為に、私が叩き込んでおいた『孫子』や『墨子』などを利用し戦い、負けない戦を実践した」

 唇を噛む。

「もう十分亮はやって来たんですよ! 見て下さい! まだ27なんですよ? それなのに髪がこんなに真っ白になる程苦しんだ。琉璃だってそうだ! 琉璃なんて、物心付いた時から戦場なんてあり得ないでしょう? もういいじゃないですか! 二人を解放して下さいよ! 大事な弟達を、再び地獄に送り込まないで下さい! お願いですから!」

 涙もろい子瑜は泣きながら訴える。

「特にここは中原に近く、劉州牧りゅうしゅうぼくは、皇叔こうしゅくを捨てゴマにする為にここに置いた! 所詮、それだけなんです! 逃げればいいんですよ! あの馬季常と幼常……特に狂ってる『白眉』の故郷の南部に移るなり、西の涼州りょうしゅう漢中かんちゅう益州えきしゅうあるじゃないですか! どうしてここなんです! どうして亮と琉璃なんです? ここに残り死ぬなら、狂ってる皇叔と『白眉』だけ残って死ねばいい! 私の弟たちを巻き込まないで下さい!」
「子瑜どの……」
「私は……本当は、公瑾こうきんどのにも言われていたんですよ……亮を幕下にと……でも、亮は穏やかに琉璃と、喬と3人で幸せそうでした……壊したくなかった! それなのに……」
「今は戦乱の世ですよ。そんな理想郷ある訳ないでしょ?」

 その声に、顔を上げた子瑜は怒鳴る。

「貴様! どの面を下げて、亮の屋敷に侵入した! この、三流参謀! 幾つも瞬時に戦況を見切り、判断を下し、部隊を動かす才能が皆無の人間が! 良くもまぁ、軍を指揮する参謀とやらになったもんだ。この軍には、亮と元直げんちょくどのしか使える人材がいないらしい! はっ!」
「な、何だと!」

 横から出てきた幼常を憐れむように見る。

「季常の傀儡かいらい。私が季常なら、それなりに育ててやったのに……そうすれば、こんな中途半端な者にならずに済んだかもね。軍略は兄と同じ、武将としても、身ごもっている琉璃にすら勝てない……こんなオンボロ部隊を率いる武将も馬鹿だったねぇ? あぁ、そうそう。関平と言うのだっけ? 新しい武将の卵、うまく育ってるのかな? まぁ、参謀が三流じゃぁ、三流の武将しか育てられないか……血筋はいいのにねぇ? 指導する参謀が最低だし、無理だよねぇ?」

 嘲笑する子瑜の声に、響く声。

「ほぉ……ではそなたなら、どう育てる? そなたも、確か主君の側近で戦に出ていないのだろう?」
「おや? 他国の小さな城の領主どのが、私ごときの戦略を伺いたいと? それ程、この城には人材がいないと、そう言う訳ですかね?」

 一瞬、玄徳げんとくのこめかみに青筋が浮いた。
 その様子を楽しげに見つめ、口を開く。

「仕方ないので、数日中になりそうな戦の勝利方法をお教えしますよ。貸しにしましょう。取り立ては……そうですねぇ……15年後に」
「うるさい、早く言え!」
「はいはい……劉皇叔は、噂に反して狭量きょうりょう、そして態度が横柄で、実の娘や義弟の娘を戦場に送り込む冷徹漢……主に報告っと」

 にやっと笑った子瑜は、

「これは、弟の亮が4才の時に作った策略です。私が手直ししました。この城に入る前に地形を見て思い出しました。博望はくぼうはもってこいの地形です。曹孟徳軍が来る時には当然、遠くから来るのですから部隊ごとに固まっていても、隊列は伸びていきます。特に重い荷物を運ぶ補給部隊は遅れ、隊列は長いものになるでしょう。疲労も溜まり始めだらけ始めた時に、まず、一人の武将が出ます」
「雲長は無理だ、怪我をしている。では、益徳になるか……」
「何言っているんです? だらけ始めた部隊を驚かせる事と、補給部隊を孤立させるんですよ? 亮。続き献策して。こんな馬鹿に話しても、理解する事出来ないの忘れてた! あぁ、やだやだ。亮。天才・・の季常でも解るように丁寧に話してやってね?」
「は、はぁ……」

 昔、兄と練った作戦である、忘れる筈もない。

「益徳どのは有名すぎて、相手が警戒します。なので……そうですね、関平か幼常が良いでしょう、名を名乗り、相手が迫ってきた時に馬に乗って逃げるんです。逃げる場所は深く高い草原……そこには数人の兵が潜んでいて、油が撒かれています。馬が駆け抜け、追ってきた部隊がある程度の人数確認出来るようになった時、合図を送り火を放ちます。馬は混乱し逃げ惑います。伸びた部隊の中程は伏兵……私が率います。合図と共に大袈裟な程の音と弓矢で迫り、混乱させます。最後の部隊は益徳どのの部隊。兵糧や武器などの重い物を運ぶ部隊に突入し追い払い、奪い取ります。これが、私と兄が作った策です。稚拙ちせつではありますが、逆に練った策を知り尽くした武将には、単純すぎて効くと思います」
「それで、勝てるのか?」

 玄徳の一言に、子瑜は首を竦める。

「貴方の部下が馬鹿ばかりじゃなければね? それとか、軍務違反したり命令無視したら負けるよ~♪ と言う訳で、亮。本当はもう少しいたかったけど、帰るね? 黄承彦こうしょうげんどのが奥方連れて旅に出るんだって。とても美人の奥方なんだ、是非会って欲しいって。美人だけの女性ってつまんないよね?」
「義母上はとても賢くて強くて、キリッとした芯の強い方ですよ。兄上もきっと尊敬しますよ」
「そうなの。じゃぁ、会いに行って帰るよ。じゃぁね!」

 手を振り立ち去ろうとした子瑜を、幼常が腕を伸ばし捕らえようとする。

「皇叔様の命令だ。大人しく縛につけ!」
「バーカ! 私に敵うと思うなよ!」

 大人しいのんびりとした文官のイメージの強い子瑜だが、大振りな動きの幼常の中に入り鳩尾みぞおちに拳を叩き込むと、続いて腕を首に回し、

「このまま一気に昇天する、幼常? いいよね? 季常。ほーら、お前の主はいいって」

ふふふっと笑う子瑜は、玄徳を見る。

「私事とは言え、やって来た上に献策までした客人に対する者ではありませんよね? おいたが過ぎると……曹孟徳そうもうとくにこの城の情報に戦略的欠陥、曹孟徳お気に入りの関雲長将軍の失態に、あれこれ報告しましょうね♪ えぇ、お礼はいりませんよ。代わりに貴方の首を戴きましょう」
「それの首ならやるが、私はやらぬ」
「それは残念、では失礼。亮。琉璃と喬を頼むよ」

 ヒラヒラと手を振り、子瑜は去っていったのだった。
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