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惰眠をむさぼっていた竜さんがお目覚めのお時間のようです。

子瑜さんは多分相当敵を作りまくってたりしてます。

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 数日後、一行は江東のある街に着く。

 孫仲謀そんちゅうぼう孫仲謀は後年、建業けんぎょう……現在の南京なんきんに都を構えるものの、当時は江東の街を転々としていた。
 仮の城として居を構えるその街に、船は辿り着いたのである。

 月英げつえい玉音ぎょくおんは、伴侶に支えられヨロヨロと船を降りる中、孔明こうめい琉璃りゅうりは手を繋ぎ降り立つ。
 キョロキョロと周囲を見回す琉璃に、孔明は、

「珍しい物があった? 琉璃」
「いいえ。えと、子瑜しゆお兄様が来られているかなと、思いました。でも、人が一杯で見えないのです」
「兄上は忙しい……筈じゃなかったのか!」

 絶句する孔明に向かって、ニコニコと嬉しそうに手を振りながら近付いてくる子瑜の姿に、きんはうんざりしたような顔になる。

「うわぁ、本当にいる。ここまで来るなって、書いといたのに……」
「お前を迎えに来た訳じゃないから安心して、均。私はりょうと琉璃と、月英とその奥方に、玉音を迎えに来ただけだし、お前帰れ!」
「あんたこそ帰れ! この変人!」
「女装してた変態に言われたくないね!」

 11才違いの兄弟は、睨み合う。

「兄上も均も止めて下さい。しかもどうして、私と琉璃の手を掴んでいるんですか!」
「だって、琉璃は可愛いし、亮は久しぶりに会った弟で……こらー! 亮とるな!」
「琉璃取ってる兄上に言われたくない」

 均も言い返す。

「兄上も均も止めなさいって言ってるでしょう! 特に均は、疲れている玉音殿放置していいのか? そして、兄上は一体誰を連れてこられたんですか?」
「ん? あ、忘れてた。一応この美男子、江東一美形と言われてるはずの周公瑾しゅうこうきんど殿。で、隣が魯子敬ろしけい殿。公瑾殿は私と同じ年。子敬殿は二つ上……だったと思う……んだけど……どうだっけ?」

 二人を振り向き首を傾げて見せる子瑜に、孔明は、

「あ、兄上! 仮にも、軍の総指揮を任される程の都督ととくの地位にある人に上司兼先輩ですよ? 言い方や口の利き方を考えましょう! どう言うことですか? 兄上はそんな言葉遣いで出仕をして、昔のように敵を作りまくってたりしてませんよね? 大丈夫ですよね?」

必死の形相の孔明ににっこりと、

「私は正論を述べてるだけ~! 向こうが勝手に暗殺者に、毒盛ってきたり、密偵を屋敷に送り込んできたり、部下買収するから~10倍返ししてるだけ♪ ワクワクするんだよね~? 次は何をするか。でも、武官って本当脳味噌筋肉なんだねぇ? 毎回同じ毒、攻撃方法は余り変化がないし、面白くないんだよね」
「兄上! 又、そんな事をしてるんですか! 父上にもそうやって喧嘩を売って、もう少しで廃嫡はいcysく寸前行ったの忘れたんですか! 兄上は賢いのに、過ちを繰り返さないって言う言葉は無いんですか?」
「ない!!」

子瑜はキッパリはっきり言い放つ。

「売られた喧嘩は買うし、気に入らないと売ってやる。それが諸葛家の家訓にあるんだもん!」
「そんな言葉は諸葛家の家訓にありません! あるのは『お礼は二倍、仕返し100倍』ですよ!兄上の作った変な家訓を、周囲の人に言い触らさないようにして下さい! 良いですね?」
「嫌。ついでに私は父上にも喧嘩売ったことも、後悔ないよ~。死んで当然なことやろうとしてたし、病死してくれて良かったよ。私の手を染めずにすんだから」

 フフフ……子瑜は低い声で笑う。

「まぁ、病死してなくても、命は短かったかなぁ……毒殺は簡単だからねぇ? それはつまらないから、やっぱりじわじわと苦しみつつ弱っていく方が楽しいよねぇ……? そして、苦しんで苦しんで逝って戴くの。楽しみだなぁ……」

 ニヤニヤと笑う兄に、直前琉璃の耳を両手で押さえていた孔明は、

「兄上! 公衆の面前でその発言は止めましょう! もう父上はいませんよ! 楽しみだって、誰にそんなことをするんですか?」
「大丈夫大丈夫。公瑾殿は優しいし、子敬殿はお友達だから。一応毒味に使ってるだけ」

子瑜は後ろの二人に、ねーっと笑いかける。

「兄上! 上司を毒味役って、何考えてるんですか? 公私はしっかり分けましょう!……って、兄上……そんな調子で出仕をしているんですか? 周囲の皆さんの迷惑を考えてあげて下さいね? 良いですね?」
「えー? そうしたら、毒味してくれる人いなくなるんだよ? 困るよ」
「止めましょう! 毒味は他の方法を考えましょう。それよりも今までの事を謝りましょう。じゃないと友人無くしますよ。ここで働けなくなりますよ。それじゃあ困るでしょう? 良いですね?」

 コンコンと説教をする孔明に、嬉しそうな子瑜の姿に、公瑾はぼそっと、

「子瑜殿が、まともに見える。奇跡だ……」
「あぁ、あれは、亮兄様の前でしか見せませんから。兄は、亮兄様にだけは嫌われたくないんです」
「え、そうなの? 君は……」

公瑾は子瑜に良く似た青年を見下ろす。

「諸葛子瑜の下の弟です。均と申します。年は21です。兄達……特に兄が、大変お世話になっております」
「えと、まとも?」

 ぽろっとこぼす言葉に、均は、

「兄弟で一番まともなのは、妹の珠樹しゅじゅです。その次にまともなのが、あの長身の亮兄様です」
「か、会話が……子瑜どのと噛み合っているし」
「兄様は、兄に物心着く頃から『墨子ぼくし』や『荀子じゅんし』、『孫子そんし』、『論語ろんご』、『春秋しゅんじゅう』等々を教わっているんですよ」
「……はぁ? 物心着く頃って……」

 均は、首をすくめる。

「生まれてすぐから、耳元で書物の読み聞かせに~、首が座ってからは背中に背負って、『墨子』の城壁攻略実技に~、私が生まれた時には、兄が屋敷から兄様を連れて家出して、城から2日掛かる廃城に行きました。兄様を食べ物一つ渡さずに閉じ込めて、今までに叩き込んだ戦術と知力を使って出てこいって、3日がかりで出てきたそうですよ。兄様」
「い、一体幾つで……?」
「4つです。兄は11の時ですね。両親に叱られても何度も、兄はどうやってか兄様を連れ出して、『孫子』や『墨子』の実戦を……もう余りにも凄まじいので、引き離したのですよ。兄は遊学ゆうがく、そして亮兄様は瑯琊ろうやに」

 ひきつる頬を揉みほぐし、公瑾は問いかける。

「では、君は……」
「私は、兄や亮兄様と違って才はありません。それに、自分の実力は知ってますから。琅邪から逃げ出す時に女装して逃げて、18まで女の子として生きてます。今はこれですから無理ですけど。結構様になっていたんですよ」

 クスクス笑う。

「亮兄様は天才ではありませんし、天災でもありません。努力家で秀才なんです。心も広いし情に篤くて、優しい人です。あの優しさが裏目に出るのではないかと、荊州けいしゅうの親族や兄は心配しているんです」
「……戦乱の世。そして『臥龍がりゅう』の名……喉から手が出る程、欲しがるだろうね。水鏡老師すいきょうろうしの愛弟子であり、諸葛子瑜殿の弟で、子瑜殿が直々に育てた……」

 呟く公瑾に、均は首を振る。

「無理です。亮兄様は……竜の目覚めはもっと先です。亮兄様はまだ目覚めてませんから。星を見てホッとしていました。まだ大丈夫と」
「彼は高い位に上りたいとか、参謀として軍を動かしたいとか、内政など……まつりごとを治めたいとか……」 
「ありません。亮兄様にはそういった欲はないんです。表向きは、主君になるべき人を見極めていると言っていますが、亮兄様は田畑を耕し、老師の代わりに兄弟弟子を教えたり、子供達に教えたり……貧乏でもいい、安穏とした生活が欲しいんです。徐州じょしゅうから荊州まで逃げる間、亮兄様はずっと気持ちを張り詰めたまま3人の兄弟を守り通したんです。16の時にはすでに白髪がちらほらありましたよ。今も多いですけど」

 長身の兄を振り返る。

 その視線をたどり、公瑾は自分より7才も年下の青年の髪の白髪の多さに、改めて驚く。
 子瑜と話している間は、怒ったり窘めたりとコロコロと表情を変えるが、話が途切れると虚ろで、心を失ったような疲れはてた無表情というより、喪失感に苛まれ、失ったものを探すことを諦めた者の荒んだ、傷つきすぎた老人のような瞳で遠くを見る。
 その表情に、子瑜は次々と話を振るが、時々の虚ろな瞳は消えることはなかった……のだが、

「旦那様」

いい加減耳を塞がれているのが嫌になったのか、琉璃は孔明の両手を外すと振り返り、夫を見上げる。

「旦那様。琉璃もお話ししたいです。子瑜お兄様の子供さんのお話、お聞きしたいですし、お会いしたいです」

 訴える嫁に、孔明の表情が変わる。
 力も抜けているのか、強ばるおかしな笑みが優しく緩む。

「ごめん、ごめん。兄上との会話が弾んじゃったね。琉璃をほったらかしにした訳じゃないんだよ」
「一緒にお話ししたかったです……」

 ぷぅっと頬を膨らませる嫁に、顔を近づけ笑いかける。

「ごめんね? もうしないよ。だから許して? 琉璃」
「……や、約束ですよ? 一緒ですよ?」
「うん、約束するよ。だから、笑って?」

 柔らかく微笑む二人に、公瑾とその後ろで黙って孔明の様子を観察していた子敬は、自らの主に仕えるように訴える作戦を諦めたのだった……。



 しかし、二人は後にこの選択を悔やむことになる。
 あの時、どうして強引にでも引きずり込んでおかなかったのかと……。
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