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安成君にとって、遊亀は宝物です。

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 馬に乗りながら、安成やすなりは思い出す。

 最初に会った時には、何だ?と思ったものだが、近くなるにつれ、目が離せなくなった。
 話す言葉は癖なのかそっけない口調のわりに、瞳がくるくるとよく動く。
 表情が瞳が……目が離せなくなる。
 他人事であるはずなのに、真剣に人のことを考え、嫌だといっていたのに結婚すると、



「お父様とお母様は私の両親です」



と、言い切る。
 そっけないわりには寂しがりで、まとわりつくと、ムキー!と犬か何かだろうか……。



 そして昨晩は、小さくなっていた。



「上に羽織ればいいのに……寒くないの?」
「……寒い……けど、『心頭滅却しんとうめっきゃくすれば火も又涼し』……それに滝行……」
「前の言葉は解らないけどさぁ? そんなに苦行? 嫌い?」
「……良く……解らない……」



 俯いている顔を覗き込むと、幼子のような迷いがあった。



「……私は……可愛いげがないと言われる。頑固で負けず嫌いで、現に負けたくなくて努力した。この年になって……何で、私ばかりと思う時もある。私は勉強がしたかった。歴史や古文書、漢文……大陸の文章を読むのが好きだ。歌を歌うことも……テディベア……熊のぬいぐるみも好きだ……花も好きだし、綺麗なものは大好きだ。それは、お金をかけるものではなくて、安成君と出掛けた、島から見る海のキラキラとしているのだって、この間はお母様と言ったのだ……綺麗な貝殻や打ち上げられた石を見てみたいと……」
「じゃぁ、すればいい。勉強も歌も……何でも」
「働かなくてはいけないんだ……それに、私は長女だから、弟や妹の面倒を見なくてはいけない。家族の命令には絶対服従で、はい、はいと……できないと言うと、罵倒される。バカだアホだと……」
遊亀ゆうきは幾つ? 弟や妹は? そんなに年が離れてるの?」



 遊亀は困ったように……、



「妹は1つ下、弟は3つ下。私が親代わりで育てたから……何をするにも『姉ちゃん。これ』『姉ちゃんあれ頼むわ』……育て方間違ったわ」



寂しげに苦笑する。



「俺より上やなぁ……」
「そうやなぁ……で、1つ上の兄貴も、いつもうちに命令や。『あれせえ、これせえ』『やっとけ言うたろが!』ってなぁ……『女の癖に』『妹の癖に』『姉の癖に』『年上の癖に』『年下の癖に』……そればっかりや……家の為に生きろ言うて……」
「……」



 アホや。

心の中で、遊亀の家族を罵る。
 しかし、宥めるように、



「遊亀はうちの人間や。傍におればええ。勉強しようが何してもかまん。鶴姫のふりもせんでええ。遊亀は遊亀でうちに来たんや。ここにおり。傍におったる」
「でもなぁ……」
「ここには、遊亀の家族は俺たちだけや。命令なんかせぇへん。ここにおり」
「……おってもええん? 迷惑やないん?」



上目遣いで見つめる……すがるような目に、つい……初夜だと言うのに、のめり込んだ……。



「ま、待って! よ、良く解らないから……」



と戸惑いがちな声も唇で覆い、寝所で抱き合った。



『体力がない!』



と言い張っていた遊亀は、本当に途中から意識がなかったらしい。
 しかし、飢えた獣のように、求め続けた。





「……あちゃぁ……。あれは絶対に誰にも見られたくないわ……」



 ボソッと呟く。



 気がつくと朝で、ぐったりとした遊亀の蒼白の顔に、両親……特に母を巻き込んだのは言うまでもない。





「おや?新婚早々、娘を置き去りかい?」



 その声に、慌てて馬を降りる。



「あ、申し訳ございません。大祝職おおほうりしょく様」
「息子に畏まられてもねぇ……」



 苦笑する安用やすもち



真鶴まつるは?」
「あ、えと……熱を出しまして、今、両親が」
「おやおや、お疲れ様。ややが早くできればよいな」
「神の思し召し……です。ですが、早く欲しいと思います」



 微笑む。



亀松かめまつも喜ぶであろう。ところで、何かあったか?」



 安成は躊躇いつつ、



「真鶴が心配しておりまして……戦場になるのではないかと……村上水軍に非はありませんが、こちらの島を守る者に気の緩みや急襲があってはと、熱で浮かされつつ……言っておりましたので」
「真鶴が? そのようなことは一言も伝えておらぬのに……」
「それが、安房やすふさ様が、海の者のところにいっていないと……父が」
「安房が?」



安用は、眉を寄せる。



「……愚かなことを、考えていないとよいが……」
「それに、姉の離婚ですが……相手がすでに別の女性を娶って子供も生まれ、身の置き場のない姉が出ていかざるを得なかった……。ですが男はそれも利用していて……最近ようやく……安舍やすおく様の後添いに。我々としては、本当に嬉しいことです。ですが、このせいで何か起こってはと……不安です。父上や兄上の身に……」
「そなたは、妻である真鶴を心配しておればよい」
「いえ、真鶴が心配しております。今も熱があるのに、こちらを……」



 懐に納めていた、地図を見せる。



「こ、れは……」
「真鶴の作った地図です。そして、思い付く限りの侵入経路を。父上、兄上、そして、ここの島を守らなければと……申しておりました。お願いでございます。安舍様にも……」
「解った。では、そなたは真鶴を頼んだぞ?」
「はい!」



 馬に乗り去っていく青年に、



「……まぁ、まだまだかと思っていたが、妻をめとると、急に大人になったものだ」



安用は微笑み、そして地図を持ち、館の息子の部屋に向かったのだった。
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