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安成君のお母さんがやって来たのでした。

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「う~ん、う~ん……難しいなぁ……」



 さきと安成やすなりが出ている時に起き出して、必死にバランスを取りながら歩いている。

 足の骨折は単純骨折であり、普通にヒビ程度である為、痛みがなくなるまで冷やすのと固めておくのだが、固く巻いた布の厚みで左右の高さが変わり、歩くと左右に身体が動き、腰が痛む。
 何度か往復したのだが、やはり腰の痛みに横になる。
 腕の痛みも少々悪化し、べそをかきそうになるが、



「大丈夫大丈夫……借金よりまし! あぁぁ……手の調子が良かったら、皆のお手伝いをして、少しでも役に立ちたいのに……」
「遊んだりとか……考えませんのですか?」



突然の問いかけに、ビックリする。

 部屋の隅に、小柄な母親世代の女性がいる。
 しかし、安成達の世代であり、遊亀ゆうきにとっては先輩世代である。



「遊ぶ? どのような?」
「新しい着物を仕立てる為に、商人を呼んだり……」
「この顔でこの怪我ですし……あ、遊ぶなら! 海岸で、綺麗な貝や石を探したいです!」



 目をキラキラさせる。



「それに、お世話になっている皆さんに、お礼もしないと……さきちゃんと安成君に、何かあげたら……でも……」



 情け無さそうに、自分の姿をみる。
 元々着なれぬ着物、その上、足と左腕は骨折。
 一応、箸の持ち方は、ビシビシと特に父親に教わった為、大丈夫だが、他は……。



「あっ! そうだ! 料理! それなら得意!」
「は? 鶴姫様? 何を……」
「料理を作りに行ってきます! それに習いに! どんな材料、どんな方法……知ることで、どれ位の金銭のやり取りや、商売についても教わることができます。よいしょ」
「姫様が! 厨房にたってどうするのです!」



 自分よりも年上……40手前の女性に、キョトンと、



「私の家では『男子厨房に立つべからず』で、数えで5つには包丁握っていましたから大丈夫です。あ、遊亀と申します。では、行って参ります」



ぺこんと頭を下げて、ヒョコヒョコ歩いていく。
 浪子なみこは慌てて、



「姫様が、するべきものではありません!」
「戦場になれば、男も女も関係なく生き抜く道を探さねば。私は武器は持てませんし、後方支援と言うことで料理を提供します。後は繕い物と、洗濯ですね。お風呂を浴びる為の薪の準備も……伺ってこなければ……」
「姫様!」



振り返った遊亀は、首をかしげる。



「姫様と言うのは、その場でニコニコして座っているだけで良いのですか? 男の方が戦場にいるのです。女にも握り飯を握ったり、怪我の手当て、それ位は出来なければ、この武門に生まれた意味はありません。役立たずと罵られるなら、役に立って見せると言い切るのが女の本分。『女は度胸』を見せるつもりです。では、どなたかのお母様でいらっしゃいますか?」
「……越智安成おちやすなりとさきの母、浪子と申します。姫様」



 正座をして頭を下げる浪子に、



「えっ? えぇぇ! さきちゃんと安成君のお母さん! わ、わぁぁ! すみません! すみません! 私は山元遊亀やまもとゆうき……じゃなくて、鶴姫の身代わりです! よろしくお願い致します!」



正座をして頭を下げる……しかも優雅に……に、



「姫様。骨折は?」
「あ、ああ、あいたぁぁ! 忘れてたぁぁ!」



べそをかくその姿に、ついふっと口が緩む。



「安成を振り回す女性だと伺いましたので、もっと、突拍子もない方かと……」
「えぇぇ? 振り回す……って、安成君め、お母さんに喋ったな。からかって遊んだけど、勉強も教えてあげたのに! ……それに、テディベアじゃ足りなかったか。今度は、さきちゃんに聞いて、可愛いお嬢さんを10人程探して、安成君のお友達と会わせて合コン……じゃなくて、見合い合戦! 桃色脳にしてくれる~!」



 うきー!



拗ねる……コロコロと表情が変わるその姿は美人ではないが、あの安成が心を寄せるのが解る。
 特に、そっと様子をうかがっていた時の、ぼんやりとした何かが欠けた、虚しく哀しげな表情に、胸が締め付けられた。
 彼女は、奪われて奪われて……失って生きてきたのだ。
 努力も認められず、自信も失い、疲れきっていた。
 ただ日々何かに追われることで、動いていたのだ……。

 何かを与えても……良いのではないか……そう思ったのである。



「姫様?」
「えっと、安成君のお母様。遊亀で構いません。遊ぶ亀と書きます」
「あらあら……亀はのんびりしているけれど、せっかちな亀さんですね。私は浪子と申します。良いと書く方ですわ」
「綺麗なお名前です。水と言うのは女性を表すのです。浪の右側は良い、左半分は水を示すので、凪いだ浪……良好な時という意味でしょうか……」



 微笑む。



「まぁ、なぜお分かりに? 強い浪が和らいだ時に生まれたのです」
「やっぱり。女性らしいと思って」



 エヘヘっと照れ笑う遊亀を見て、浪子は決意する。



「ありがとうございます。遊亀様、もうすぐ子供達も戻ってきましょう……、少しでもお休み下さいませ」
「あ、はい。ちゃんとしています」
「では失礼いたします」



 頭を下げて下がると、近くを通った女中に、安舍やすおくの元にと伝える。



「失礼致します。お久しぶりでございます」
「久しぶりです。従姉上」



 安舍は微笑む。
 側には、安成がおり、

『何で母が?』

と言う顔で硬直している。



「実は、息子と娘がきちんと勤めを果たしているかと思いまして……」
「大丈夫。姉上は心配症だ。二人共、立派だよ」
「さきは、本人はよく勤めをと思うのですが……それに、まだ結婚もしていない息子がと……」



 ため息を漏らす。



「さきの夫には何度も忠告に、夫の方からも言い聞かせてはいるのですが、如何でしょう? ご迷惑などかけて……」
「……まぁ、ねぇ……時々さきの仕事の邪魔を……」



 言いかけた安舍達に聞こえてくる、



「ですから! 私は離婚して結構です! そう申しております! 度々、私に会うとかこつけて、こちらに来られないで! 大祝職おおほうりしょく様にも、安舍様にも御迷惑です!」
「だからな? さき……」
「触らないで!」


中庭で言い争う。
 手を振り払ったさきは、


「私は、鶴姫様にお仕えしているの! やめて頂戴!」
「何だと!」
「何をしている」



部屋から出ていった安舍が手招きをする。



「こちらに、さき」
「安舍様!」
「鶴について話があるのだよ。……それと、そなた。さきの夫と言っているが、もうすでにさきの荷物はなく、あるのは形ばかりの婚姻だけ……こう度々来られると迷惑だよ。帰ってくれないかな?」



 さきは小走りで近づいてくる。



「なっ? わしは、この女の!」
「元夫ではないか。済まないが、帰ってくれないかな? これから鶴について話があるのだよ」
「鶴姫はあの男と逃げたではないか!」



 嘲笑する声に、



「私が鶴ですが何か?」



奥から出てきた遊亀が、顔を俯かせ告げる。



「さきは私の姉であり、友! さきを大事にしない、利用する男など去りなさい! 二度とここに来ることは許しません!」
「なっ! に、偽物の癖に! 知っているのだぞ!」
「その前に、そなたの方が偽りの夫ではありませんか。そなた程度の男が、複数の女性を屋敷における程、そなたの家は裕福か? 先程兄上はおっしゃった。さきの荷物はその家にないと。ではすでに、さきはその家の者にあらず! 二度と会いに来るでない‼もし再び来た場合は、父上に訴える! そして、三島明神みしまみょうじん御奉おんたてまつり……」



 遊亀の一言に、男は去っていった。



「……さきちゃん! 大丈夫?」
「鶴! 何てことを! 大きなことを、神の名を軽々しく言ってはいけない!」
「では兄上は、これからもしつこく追ってくる、居座る男にのらりくらりするのですか?」
「それは……」
「さきちゃんの方が大事です! もし神の罰を受けたとしても、私は本望です!」



 言い争う偽りの兄妹を、浪子は感心しつつ見つめていたのだった。
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