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最終章 魔法少女はそこにいる

それぞれの想い 2

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 そこはどこかわからない、昏い洞窟のような場所だった。
 そのただ仄昏いだけで何もない空間に一人の男が座って、頭を抱えるようにしていた。
 男は何やら苦し気に口元を歪めて、獣が唸るような声を上げていた。

「やめろ! ……お前たちは眠っていろ!! 私の邪魔をするな!!」

 男、イクローの姿をしたサン・ジェルマンは突然そう叫んで手元にあった仮面を地面に投げつけた。

「うぅ……やめろ、出てくるな!」

 サン・ジェルマンは唸るように呟いて頭を押さえながら怒りに燃えた双眸を見開き、また頭を押さえて呻いた。

「おのれ……圓道イクロー! 円藤終郎! そしてトリガー・ぺルラ・ズィターノ!! まさか貴様らの意思がこれほどに強いとは!」

 サン・ジェルマンはふと思い出した。
 そういえばラムが死んだ時はトリガーの意識が完全に表に出ていたのだと。
 それほど彼らの意識は強く、サン・ジェルマンの意志力をもってしても制御するに未だ至ってはいないのだ。
 時折こうして彼らの意思の奔流に晒されて苦しまなくてはならない。
 それはサン・ジェルマンにとっては想定外の事だった。
 彼から見れば取るに足りないただの少年・青年たちである。
 簡単にその意思など消し去って完全にこの肉体を制御できると踏んで彼自身自らの肉体を捨てたのである。

「事が済めば……後はお前らの好きにしていい! ……だから、せめてあの……憎き魔女キルカを……あの女を屠るまでは黙っていろ!!」

 サン・ジェルマンは苦しみに悶えて、とうとうその場に倒れて頭を押さえながら転げまわった。

『復讐なんてもうやめろ、サン・ジェルマン! そんな事をして何になるんだ!』

 サン・ジェルマンの脳裏にイクローの声が響く。

「うるさい! 黙れ! ……貴様などに……この私の百年の拷問のような日々とその恨みがわかるものかぁ!!」

 サン・ジェルマンは叫んだ。

『サン・ジェルマン。 俺はお前のフラスコの世界にいた魔法少女たちを救いたいと言う気持ちに嘘がない事がわかったから、お前に手を貸した。 だが、それでまた彼女たちを苦しめるのは筋違いじゃないのか?』

 今度は終郎の声が脳裏に響いた。

「なぜだ! 彼女たちには魔女キルカはもう何も関係ないだろう!! どこへなりと言ってあとは好きに暮らせばいい! それでいいじゃないか!!」

 サン・ジェルマンは頭を押さえて苦しみながら絞り出すように叫ぶ。

『それは違う、サン・ジェルマン。 統合された彼女たちは半分はオリジナルそのものだ。 ……ならば未来の姿とはいえキルカが苦しむ姿を見るのは辛いんだよ。 彼女たちは当然君に歯向かうだろう』

 今度はトリガーの声であった。

「うるさい、うるさいっ!! ならば! ……この私の、百年に渡るこの恨みは……この思いはどこへやればいいというのだ!! 貴様らに何がわかるというのだ!!」

 サン・ジェルマンは怒りと悲しみの籠った声で吠えるように叫んだ。

『サン・ジェルマン』

『サン・ジェルマン』

『サン・ジェルマン』

 彼の頭の中で三人の声がこだまする。

「やめろ!! やめてくれ!! 貴様らが何と言おうが私の意思は変わらんぞ!! 絶対に魔女キルカを斃し、この思いを遂げるのみだ!」

 サン・ジェルマンは怒りに燃える瞳から涙を流しながら、叫び、獣のように吠えた。
 それは彼の恨みの念がもはや抑えきれずにあふれ出ているかのようだ。

「……私は魔女キルカを斃す。 もはやそれしか考えてはおらん。 邪魔をするものには……容赦はせん。 ただ、それだけだ」

 サン・ジェルマンは昏い怒りを秘めた瞳を炎のように燃やしながら頭を押さえて、唸るように言った。




 ラムは必死に飛んでいた。
 次元の壁を抜け、その衝撃で彼女の白い魔法の羽も彼女の魔導鎧マギカ・アルマももうボロボロだった。
 かすむ目を必死に凝らしながら、ひたすらに飛び続けた。
 目指すは人間界――。
 彼女の胸の中でリズは必死に魔法結界を張って少しでも彼女のダメージを減らそうと、こちらもまた全力で魔法を行使していた。

「抜けた……!」

 ラムが叫ぶと、リズも目を大きく見開いた。
 そこは魔法界のティアマトと変わらない真っ青な空が果てしなく広がっていた。
 下にはこちらもまた真っ青な海が広がっている。

 そしてラムは力尽きたのか、目を閉じてそのまま意識を失った。

「ら、ラム! ……くっ!」

 慌ててリズは自らの魔法で二人を持ち上げた。
 そして彼女自身の飛行能力で飛び続ける。

「キルカ姫様は……どちらにいるのかな?」

 全く土地勘もなく、こちらに来ている魔法少女たちの居場所もわからない。
 リズはそれでも必死に飛んだ、せめて陸地が見えるまで、と。

 やがて海が途切れ、陸地が見えてくるとリズの魔力も切れかけてきて飛行するのが困難になり始めた。

「まずい……せめて陸地まで行かないと!」

 リズも意識を飛ばしそうになりながら、必死にラムを抱えて陸地を目指して飛んだ。
 なんでこんな事をしているのだろう? と思いながらそれでも息も絶え絶えになりながら陸地を目指す。

「ルー、バレッタ……キルカ姫様、スピカ姫様……」

 リズはフラスコで共に育った彼女たちを想いながら、ふらふらと飛んでいたが、とうとう魔力が切れて少しずつ落下を始めた。

「ああ……。 もうダメ……。 女王陛下……申し訳ありません……」

 リズは薄れゆく意識の中で女王に詫びた。
 そしてまるで空を飛ぶ鳥が空中で撃ち落とされでもしたかのように急激に落ち始めた。

 落ちて行くリズの元に、まるで閃光のように猛スピードで飛んでくる者がいた。
 それはまるでオレンジ色のいかづちのようだった。
 そしてそれはリズとラムを受け止めるとそのままUターンをするように引き返していった。

「へへ、ナイスキャッチっす! ……よかった、二人とも魔力は切れてるけど無事そうっす」

 バレッタは二人を魔法で作ったネットで包み、ぶら下げながら嬉しそうに独り言ちた。
 キルカの指示で彼女はここに来るように言われたのだ。
 キルカは夢の中で自らの分身、彼女の魔力がキルカの姿をした存在に、ここにラムとリズが落ちてくる、という事を聞いていたのだ。
 場所も時間も聞いた通りだった。

「それにしてもなんで姐さんはこの子らがここにこの時間落ちてくるのがわかったんすかねぇ?」

 バレッタは音速で飛びながら首を傾げた。

 ここは彼女たちの拠点のある伊豆半島沖の海域から見ると遥かに南に位置する。
 三宅島よりももっと南、八丈島を越えたあたりだ。
 リズが陸地だ、と認識していたのは八丈島であった。

「まぁ、ちょこっと距離はあるっすが……このバレッタちゃんのスピードを持ってすれば一瞬っすよ」

 バレッタはそう言いながら、ぐんぐんと速度を上げて拠点のある伊豆沖へと向かっていった。
 ラムとリズの入った魔法のカゴはバレッタの防御魔法でコーティングされていて空気抵抗を受けないので速度には関係がないのだ。
 バレッタがその重さで疲れるという程度のものである。

 伊豆の海の上の彼女らの人工島の砂浜で、キルカが目を輝かせて空を見つめていた。

「ねぇ、キルカ……疑うわけじゃないけど、本当にラムとリズが魔法界から来るの?」

 ルーが少し怪訝そうな顔で訊ねるとキルカは笑顔で頷いた。

「なのなの! 間違いはないのよ。 そしてあの子たちは心強い仲間になってくれるの」

 ライアットがそれを見て、やれやれと手を上げた。

「また、あの真っ黒い闇魔法少女みてえなのは勘弁だぜ?」

「大丈夫なの」

 キルカはそう言って笑顔を見せた。
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