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最終章 魔法少女はそこにいる

キルカ・ティアマト 3

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 これはまだキルカが幼かった頃の話だ。
 彼女は当時はもちろん成長は止めておらず、よく笑う朗らかな普通に感情を表に出した少女だった。
 ちょっとした事でも楽し気に笑い、ちょっとした事で声を上げて泣く、他の少女たちと同じようにくるくると表情の変わるごく普通の子供だった。
 双子の姉妹のスピカ、幼馴染のお付きのルーとバレッタとともに魔導院に通っていた。
 彼女の母親のエメランディアは優しい魔女であり、キルカとスピカが生まれた年に世界樹ユグドラシルから生まれた通常コモンの魔法少女の中でも殊更魔力の高かったルーを選ぶと、二人の王女のお付きとして二人とともに王宮の乳母に育てさせた。
 翌年生まれた中で魔力の高かったバレッタも同様である。
 他の通常の魔法少女たちはそれぞれ王宮内でそれぞれの仕事に向いた部署で育てられる。
 そして大半の者は当然兵力として育てられていくのだ。
 
 魔法界では実は魂の数は一定であり、死んだ者の数だけ新たな生命が生まれてくる。
 だから全体の人口の増減は基本的にはないのだ。
 例外は例の『天子』との契りによって生まれてくる魔法少女たちである。
 もちろんその数はとても少ない。
 それでもキルカとスピカが生まれた年は多い方である。
 母体から生まれ出でた同い年の魔法少女が五人もいるのだ。
 これは滅多にない事である。

 それはもちろん各魔法王国の王女たちである。


 ティアマトのキルカとスピカ、そしてルー、バレッタの四人はそれこそ本当の姉妹のごとく育てられた。
 ルーやバレッタが自らの主であるはずのキルカに対して気安く接するのはそういう理由からである。
 スピカは彼女自らが誇りを重んじ、厳しく己を律するためにある年齢からは主従としての関係を求めた。
 故に二人はスピカに対してはそれなりに礼儀を尽くし、主と敬って仕えているのである。
 キルカは本人の性格もあり、逆にずっと姉妹のような接し方を求めた。
 もし二人の魔力が同じだったとしたらこの性格の差は生まれなかったのかも知れない。

 そんなある日、キルカはスピカ、ルー、バレッタとともに魔導院に行くためにティアマト王宮の廊下を歩いていた。
 前から背の高い美しい女性が歩いてくるのが見えると、バレッタが急に全力で駆け出して女性に抱きついていった。

「おはようございますっす!! 女王さまっ!!」

「あらあら……バレッタはいつも元気ねぇ」

 女王エメランディアはそう言いながら優し気に微笑んでしゃがみこむとバレッタのふわふわとした若草色の髪を撫でた。
 バレッタはまるで腕白な男の子のように、にっ、と笑って彼女の顔を見上げる。

「おかあさま。 おはようなの」

 キルカも彼女のスカートに抱きついて嬉しそうに目を細めた。

「おはよう。 私の『ハチミツの魔女』……」

 エメランディアはそう言ってキルカのおでこにそっとキスをした。
 キルカはくすぐったそうにして声をあげて笑った。

「おねえさまばかり! ずるいですわ!」

 スピカも駆け寄ってきて女王のスカートに顔をうずめた。

「だいじょうぶよ、ちゃんとあなたの事も見ているわ。 私の『黄金の戦乙女』」

 エメランディアはスピカにもキスをすると立ち上がった。
 そして少し離れたところでにこにこと笑いながら彼女たちを見ているルーに向かって手招きをした。

「あなたもいらっしゃい、ルー」

 ルーはぱぁ、と明るい表情になると駆け寄ってきてやはりエメランディアに抱きついた。

「おはようございます! 女王さま!」

「あなたはいい子ね……ルー」

 女王はルーの水色の髪もそっと撫でてまた微笑んだ。
 彼女たちはこの女王が大好きだった。
 それは今も変わらない。
 今でもこの女王の身に何かあれば、バレッタやルーは命を投げ出して彼女の為に戦うだろう。
 王女であるキルカやスピカにしてももちろんそこは同様であろう。
 エメランディアもまた、彼女たちを心から愛していた。
 白いワンピースを身に着けたキルカとスピカ、水色のワンピースのルー、黄色いワンピースのバレッタが並んでいるのを見ると、小さな妖精たちを見ているようで、彼女の顔は思わず綻んでしまう。
 だが女王エメランディアはすこし真面目な顔つきになると、小さな魔法少女たちの顔を一人ずつ見つめた。

「いいこと? 今日はこのティアマト近くにはぐれ魔法少女たちの集団が来てるらしいの。 私の配下の者たちが討伐に向かっているから大丈夫だとは思うけれど……。 それでも何か危険を感じたらすぐに王宮に戻ってくるのよ? いいわね?」

 はぐれ魔法少女、というのはどこの王国にも属さない魔法少女たちの事だ。
 自ら進んで脱走した者、なんらかの理由で王国を追放された者、その他アウトローとなった魔法少女たちが徒党を組んでいる集団である。
 時折食糧や物資を求めて王国近くに現れては略奪などの行為に及ぶので、各国の女王たちは頭を悩ませていた。

「わかったの!」

 キルカはエメランディアを見上げながら、真面目な顔でこくこく、と頷いて見せた。



 魔導院に着くと彼女たちはそれぞれの席について、魔導教師が来るのを待った。

「よォ、おはよう! キルカ」

 真っ黒い短めの髪に稲妻型のメッシュの入った男の子のような少女に声をかけられてキルカは顔を上げた。

「おはようなの。 ライア」

 答えるキルカの前にルーとバレッタが立つ。

「なんだよォ、キルカの金魚のフンども!」

 ライアットが少し怒ったような顔で睨み付けると、二人は少し怖がった顔になってジリジリと下がった。

「キ、キルカねえさまはあたしたちがまもるっす!!」

 バレッタが声を振り絞るようにして言うと、ライアットは呆れたように手を広げた。

「なんにもしねェよ、 朝のあいさつをしただけじゃねえか」

「こないだ、ねえさまのカバンにカエルを入れたじゃないすか!」

「今日は何もしねェってんだろがぁ!」

 ライアットとバレッタは顔を突き合わせて、むむ、と睨み合って唸った。
 それを見て、メタルカがけらけらと笑った。

「は~い! 今日はライアの負けぇ~!」

「んだとォ! ルカ! てめぇ!」

 メタルカを追いかけてライアットが歩いて行くと、メタルカは笑いながら走って逃げていった。
 黒いTシャツに黒の半ズボンの男の子のようなライアットと、ピンク色のフリルのついたお姫様のようなワンピースを着たメタルカの追っかけっこは傍から見ているとシュールだった。

「あなたたち!」

 バン、と机を叩きながらオスティナが立ち上がって声を上げながらメガネを指先で持ち上げると、二人は立ち止まって目を丸くして彼女を見つめた。

「もうすぐ先生がいらっしゃるのよ! 席について静かにしなさいっ!」

「……おお、怖ぇ怖ぇ……オスティが先公みてェだぜ」

 ライアットがぶつぶつ言いながら席に戻るとオスティナがそれを睨み付けながら自らも椅子に座りなおした。
 メタルカはにやにやしながらオスティナを見て言った。

「オスティ~、そんなに怒ってばっかりだと早くおばあちゃんになっちゃうよぉ?」

「おっ、おだまりなちゃい!!」

 オスティナはそう叫んで顔を真っ赤にして俯いた。

「噛んだ」

 メタルカは容赦なくツッコむ。

「噛みやがったな……」

 これはライアット。

「噛んだの」

 これはキルカ。

「噛みましたわ」

 これはスピカ。

「噛んだっす」

 バレッタ。

「噛んだわ……」

 ルーにまで。

「うわぁぁぁぁん!!」

 オスティナはとうとう机に突っ伏して泣きだしてしまった。
 すると黒いゴスっぽいワンピースの小さな少女が彼女の所まで歩いてきて、そっとその銀色の髪を撫でた。

「オスティナさま。 だいじょうぶ、だいじょうぶなのですだわ」

 そしてライアットたちをキッと睨み付けた。

「これ以上オスティナさまをいじめるとこのアマイアが許しませんのだわ!!」

 ライアットが目を丸くして呟いた。

「いや……別にいじめてねえだろ……。 自分で噛んだだけじゃねえか……」

 ライアットのその言葉でオスティナはさらに大声で泣きだした。

「ああもう! 悪かったよ、オスティ。 誰にでも間違いはあるって! なぁ?」

 ライアットが周りにそう声をかけるとキルカたちは頷いた。

「だから泣くなって。 めんどくせえヤツだなぁ……」

 ライアットはぶつぶつ言いながらもオスティナの背中をさすって慰めた。
 なんだかんだ言って小さい頃から面倒見はいいのだ。

 そうこうしているうちに中年の女性教師が教室に入ってきて、彼女たちを見回してにっこりと笑った。
 その瞬間、教室のガラスが割れて何かが飛び込んできた。
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