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第三章 魔法少女絶対無敵(ジ・インヴィンジブル)

闇の呼ぶ声

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 イクローは病室に座って、こんこんと眠りこけるキルカを見つめていた。
 彼女の手を握って、一人考え込む。

 終郎ついろうの言っていた事について――。
 やはりキルカはいずれ最強の魔女と化していくのか?
 そしてもしイクローが死んでしまったら、フラスコの世界を創ってこんな悲しみを引き起こすのか、と。

 今彼の目の前で寝ているキルカは愛らしいただの華奢な女の子にしか見えない。
 だが、ラムと戦っていた彼女にはうすら寒いほどの恐ろしさの片鱗を感じさせるものがあったのも確かだった。

 そして彼女の隣のベッドで寝ているルーとスピカを見る。
 彼女たちは目を覚ますとどうなるのか?
 フラスコの人格が統合されても、このキルカに協力してくれるのだろうか。
 ……そして生き残っているであろうフラスコのバレッタはどうするのだろうか。

 そんな事をぐるぐると考えていると、どうしても不安感が押し寄せてきて、彼自身闇に飲まれてしまいそうな気持ちになるのだ。

 ふと魔法通信でライアットが宣言する声が聞こえた。

「ライアットは死を選ぶのか……」

 イクローはなんともいえない気持ちになって俯いた。
 そんなに親しくなったわけではないが、今は仲間である彼女の死はとても悲しい事だと思った。
 そしてこれが魔法少女というものなのだろう、と彼女の気持ちを理解もできる。
 戦えないのであればいっそ死を選ぶ。
 彼女たちはまさに戦士なのだ。

 そして気づく。
 いつの間にか彼自身何もしなくても魔法通信を受け取る事ができるようになっているのだ。
 以前はキルカやバレッタに増幅してもらわなければ魔法通信を聞く事は叶わなかった。
 彼は自らの右半身にべったりと貼りつく血飛沫の模様を見つめて、背筋が寒くなるような思いを感じた。
 彼自身の魔力が恐らく少しずつ上がっているのだ。
 もし彼が終郎と統合される事になったら、どうなるのだろう? とどうしても考えてしまう。
 きっと普通に魔法を使えるようになるのだろう。
 その時、終郎の持つサン・ジェルマンやその他の人格とイクロー本人の人格がどうなるのか。
 わからない事だらけだった。

「キルカ……」

 彼は思わず縋るように目の前に横たわる少女の名を呼んでその手を握りしめた。
 あまりにも大きな不安に襲われ彼自身まるで暴風雨の中で高い棒の上に立たされているような、そんな気持ちでいるのだ。

「俺は……どうしたらいい……?」

 イクローは寝ているキルカの頬に顔を寄せて、涙を一筋零した。




 キルカは真っ暗な中を歩いていた。
 右も左もわからない、ただただひたすらな闇である。
 感覚が狂ってしまいには上下すらわからなくなりそうだった。
 かろうじて足が地についているので、そちらが下だ、とわかるに過ぎない。

「ここはどこなの?」

 彼女は闇の中でぽつりと呟いた。
 何もない、ただただ真っ暗な闇である。
 誰もいない、それでも声を出さないでいると自分自身すらいるのかいないのかわからなくなるような不安に囚われてしまう。
 さしものキルカも心細くなってきたのか、全身を震わせた。

「イキロ? イキロ~! どこ? どこなの?」

 あまりの淋しさについイクローの名を呼ぶ。
 当然その闇から彼の返事は聞こえない。

「ひとりはいや……ひとりはいやなの……」

 彼女はとうとうその真っ暗な床にぺたんと座り込んだ。
 そこでは完全にキルカはひとりぼっちだった。
 現実でももはやスピカとルーは昏倒状態、バレッタは死んで、彼女の本当の味方はイクローだけだ、と彼女は思い込んでいる。
 彼女は座り込んだまま、一人でしくしくと泣き始めた。

「キルカ。 キルカ・ティアマト」

 すると闇の中から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「誰? 誰なの?」

 彼女ハッと顔を上げて闇に呼びかけた。
 すると闇の中に白い影が現れて、それはキルカ自身の姿になった。
 これほどの暗闇でなぜその姿が見えるのかはわからない。
 いや、見えていないのかもしれなかった。
 彼女自身がそれを彼女の姿だと認識しているだけで目で見ているのかどうかはわからない。

「あなたは……わたしなの?」

 キルカの姿の白い影はふるふる、と首を横に振った。

「わたしはあなたの魔力なの」

 彼女は静かにそう言った。

「魔力……?」

「なのなの」

 白い影はこくこくと頷いた。

「キルカ。 あなたはこのままだと闇に飲まれてしまうの」

 キルカはその言葉に目を見開いた。

「闇ってなんなの……?」

「あなたの魔力は大きすぎるの。 大きな力は災いを呼ぶのよ……」

 キルカは息を飲んだ。

「あなたはこの魔力を制御しなくてはならないの。 そうしないと……」

「そうしないと?」

 キルカが聞き返すと白い影は哀しそうな顔をした。

「あなたの大切なものを……みんな壊してしまうのよ。 あなたはラムとの戦いではまだ全然力を出さなかったの。 ……だからわたしはあなたが魔力を制御できると信じることにしたのよ」

「そんな……! イキロ! イキロはどうなるの?」

 キルカが驚くと、影はふるふる、と首を振った。

「このまま闇に飲まれたら……あなたはあなたの大事なイキロもきっとその手で殺してしまうの」

「そ、そんなのイヤなの!」

 彼女が叫ぶと影はだんだん薄くなって消えていった。

「覚えておくのよ。 あなたが魔力を制御できない限り……あなたは全てを壊してしまうの……」

 キルカは闇に向かって叫んだ。

「待って! 待つの! ……わたしはどうすればいいの!?」

「……魔力を制御するのよ」

 影の気配は完全に消えた。
 そして呆然とするキルカの視界もだんだんと白くなっていった。




 キルカが目を開けると、そこはオリジナルの魔法少女たちの隠れ家にしている虚数空間の医務室のベッドの上だった。
 気づけば彼女の傍らでイクローが彼女の手を握ったまま、すうすうと寝息を立てていた。
 彼女は心の底から安心を覚えて、そっと彼の髪を撫でた。

「イキロ……。 わたしはあなたを死なせないの。 あなたは生きるの……生きるのよ」

 そして彼女はイクローの身体にも血飛沫の模様ができている事に気づいた。

「これは……?」

 キルカは不思議そうに首を傾げた。
 彼女自身彼女と契った相手がこんな風になるなどという話を聞いた事がなかった。
 そして彼女は顔を上げて周りを見回した。
 どうやら個室らしく、周囲に他の魔法少女たちの姿もなかった。
 隣のベッドへ目を移すと、ルーとスピカがそれぞれ別のベッドに横たわっていた。
 彼女たちの姿を見て、安堵のため息をつくと、キルカはまたイクローへと視線を落とす。

「まだ……わたしはひとりじゃないのね」

 そう独り言ちて、キルカはそっとイクローの手を自らの手から離すとベッドから降りて立ち上がった。
 そして高速詠唱をするとイクローの身体を魔法で浮かせて、そっとベッドへ寝かせた。

 キルカはそっと個室を出ると近くにいた魔法少女に声をかけた。

「あなた、ライアかオスティはどこにいるか知らない?」

 するとその魔法少女は驚いた顔でキルカを見てから、目を伏せて涙を零した。

「ライアット様は……」

 彼女はダムキナ所属の魔法少女だったのだろう、その姿を見て、キルカは察して彼女同様目を伏せた。

「そう……」

 そして彼女は目に涙を浮かべながら廊下を歩いていった。

「誰か、オスティがどこにいるか知っているの?」

 そう声をかけるとあちこちの魔法少女はみんな驚いた顔で彼女を見た。

「キルカ様。 わたしが知っているのだわ」

 ふと彼女にそう声をかけた魔法少女がいた。
 その身を黒と灰色のゴスっぽい魔導鎧に包んでいる。

「あなたは?」

 キルカに訊かれて彼女は少し笑顔を浮かべてスカートの裾を掴んでお辞儀をした。

「わたしはラハム所属のアマイア。 『暴走妄想イリュシオン・デル・フュジティヴォ』のアマイアなのだわ」

 その魔法少女はあまり可愛げのないクマのぬいぐるみを抱きながらそう名乗った。


 キルカがアマイアに案内されたのは虚数空間の端にある部屋だった。
 ドアの前で彼女は手を差し出した。

「オスティナ様はここなのだわ……」

 キルカは目を瞬かせてアマイアを見た。

「あなたは会わないの?」

 彼女は首を横に振った。

「きっとオスティナ様は部下に今の姿を見せたくはないのだわ。 今あの方とお話ができるのは……他の王女様方くらいなのだわ」

 アマイアはそう言って、そのはしばみ色の瞳を悲し気に曇らせた。

「わかったの」

 キルカが頷くと、アマイアはお辞儀をするように頭を下げた。

「お願いなのだわ……。 あの方をお慰めしていただきたいのだわ」

 キルカは頷きながらそっとドアを開けた。
 部屋に入ると部屋の真ん中でオスティナが膝を抱えて座っているのが見えた。

「キルカね?」

 その背中から振り向きもせずそう声を掛けられてキルカは目を丸くしながら、オスティナの隣に座った。

「なんでわかったの?」

 オスティナはフッと一瞬笑った。

「そんな大きな魔力垂れ流して歩いてるのはあなただけよ」

 そして彼女はまた悲しそうに目を伏せた。

「……ライアの事、聞いたの」

 キルカがそう口にするとオスティナは一瞬虚を突かれたように目を見開いた。

「あなたは悪くないの。 ……ライアの望みを叶えてあげたの、偉いのよ」

 彼女はそう言ってオスティナの肩を抱いた。
 オスティナは目から涙を溢れさせた。

「……私、わからないのよ。 この気持ちがなんなのか。 なぜだかとても悲しくて、涙が止まらないのよ……」

 キルカはオスティナの頭をぽんぽん、と軽くたたいた。

「前はずっとライアの事、いつか絶対殺してやる! って思ってたはずなのに……でも彼女を殺したのがこんなに悲しいの。 どうして?」

「わたしもそうなの。 前は他の魔法少女を殺してもなんとも思わなかったの。 でも、今は仲間が死ぬのはとても悲しいの……」

 二人は肩を寄せ合って、頭をくっつけあった。

「……そうよね。 本来なら私とあなたがこうしている事もなかったわよね」

 オスティナはそう言って、少し自嘲的に笑った。

「私たちも色々変わってきているのかも知れないわね……」

「なのなの。 わたしもなぜか色々な人や物や事柄が……今はとても愛しく思えるのよ」

 キルカも感慨深げにそう呟くように言う。
 オスティナは顔を上げて遠い目をした。

「ねぇ、キルカ。 私たち魔法少女って……なんの為に生まれてきたのかしら?」

 キルカは驚いた顔をして、ふるふる、と首を振った。

「わたしにもわからないの……」




 二人がドアを開けて出ていくと、アマイアが心配そうな顔をして立っていた。
 オスティナは彼女を見て、少し微笑んだ。

「アマイア、あなたね? キルカをここへ連れてきたのは」

 アマイアは慌てて膝を突いて頭を下げた。

「ももも、申し訳ありません! 出過ぎた真似をいたしましたのだわ……」

 オスティナは微笑みながら彼女の手を取って立たせると、そのままアマイアを抱きしめた。

「いいのよ。 ありがとう、アマイア」

「お、オスティナ様!?」

 アマイアはあたふたとしながらも大人しくそのまま抱きしめられて頬を赤くした。
 キルカはそんな二人を見て、ふんわりと笑顔を浮かべた。

「アマイアはいい子なのね」

 オスティナはアマイアを抱きしめたまま、嬉しそうに笑った。

「ええ、この子はとてもいい子なのよ!」

「おおお、オスティナ様!!」

 アマイアは更に真っ赤な顔になってオスティナに抱きしめられたまま、あたふたと手を振った。

「『”冷酷の氷結ストーン・コールド”』も形無しなの」

 キルカがそう言ってくすくすと笑うと、オスティナも楽しそうに笑い声をあげた。




 キルカが医務室の個室へ戻ると、イクローが目を覚ましていて彼女の姿を見ると安堵したような顔になった。

「き、キルカ! どこへ行ってたんだ! ……目が覚めたらいないから心配したじゃないか!」

 イクローが慌てた様子でそう言うのを見て、キルカはふんわりと笑顔を浮かべた。

「大丈夫なの。 オスティに会っていたのよ。 イキロは心配性なの」

 彼女はそう言ってくすくす、と笑う。

「そ、そうか……」

 ほっとした様子でベッドへ座り込んだ彼の元へ彼女は近づいて、彼の両手を取った。

「ねぇ、イキロ。 聞いてほしいの」

 キルカが少し真面目な顔で言うのをイクローは少し驚いたような顔で頷いた。

「あのね。 わたし……魔力に呑まれそうになっているみたいなの」

「やっぱり……そうなのか」

 イクローがそう言うと、今度はキルカが目を丸くした。

「やっぱり? イキロも気づいていたの?」

「あ、ああ。 時々キルカがキルカじゃないみたいな感じになるから……正直、俺ちょっと怖かった」

 彼は正直にそう言った。

「ごめんなの……。 でも、わたしがんばって魔力を制御するの!」

 キルカは口を一文字に結んで決意したような顔で言う。

「だから、だからね。 ごめんなのよ、イキロ」

「なんで謝るんだよ」

 イクローは少し笑いながら応えた。
 次の瞬間、キルカは高速詠唱を始めて、ぽん、という少し間抜けな音と共に背が縮んで、以前の十二歳の姿に変わった。

「魔力の制御ができるまで普段はこの姿でいる事にするの。 だからごめんなの」

「だからなんで謝るんだよ」

 イクローが変わらず笑いながら言うと、キルカはもじもじとして口をもにょもにょと動かした。

「あのね、あのね……。 だから……その……」

 要領を得ないキルカの様子にイクローは怪訝そうな顔で首を傾げる。

「なんだよ? 何かあるんだったら言ってくれよ。 隠し事はしないでほしい」

 イクローは少し真面目な顔になって、彼女の手を少し強く握り返した。
 キルカは顔を真っ赤にしながら、上目遣いで彼を見つめた。

「あのね……あのね。 だから……この十二歳の身体でえっちをするのは……問題あると思ったの……」

「はぁ!?」

 イクローはそれを聞いて少ししてから、自らも顔を真っ赤にして俯いた。
 少し唖然とした彼の様子を見て、キルカはハッとした顔になると、目を大きく見開いて叫んだ。

「も、もしかしてこっちの方がいいの!? まさか……まさか……」

「ま、まさかなんだよ?」

 イクローが真っ赤な顔のまま聞き返すとキルカは、愕然とした顔で叫んだ。

「やっぱり、イキロはロリコンなの?!」

「違うよ!!」

 イクローも負けじと大声で叫び返した。


「ど、どうかなさいましたか?」

 二人が大声を出したせいか、一人の魔法少女が慌てた様子で部屋のドアを開けて叫んだ。

「な、なんでもありませんっ!」

 イクローが真っ赤になって叫ぶのを見て、キルカはまたくすくす、と笑いだした。

 二人の座るベッドの隣に並ぶ二つのベッドではスピカとルーが変わらずに死んだように眠っている。
 彼女たちが目覚めたらどうなるのだろう? と二人を見てイクローは少し考えた。
 やはり以前の彼女たちとは違うのだろう。

 そんな彼の様子を見つめていたキルカは彼に顔を近づけると、そっとほっぺたにキスをした。

「だいじょうぶなの。 イキロ。 きっとだいじょうぶなの」

 イクローは頷いて、彼女の手をまた握りしめて今度はキルカの唇に口づけをした。
 十二歳のキルカの唇は十七歳の時よりも少し小さかったが、それでも大きな安心感を得る事ができた。

 イクローは思う。
 彼女のために絶対に死ねない、と。
 フラスコとの統合が終わったら、共にずっと暮らしていこうとそう新たに誓うのだった。

 するとキルカがすっと立ち上がった。
 イクローがどうしたのかと彼女を見つめていると、彼女は少し思案するような顔をしてからこう言った。

「わたし、ルカに会ってこようと思うの。 統合した彼女がどうなったのか話してみたいの」


 キルカとイクローがメタルカに会いに行くと、彼女は部屋で胡坐をかいて、口を尖らせていた。

「んも~! ねぇ、いい加減ここから出してよぉ! ……キルカちゃんからも言ってぇ~! 退屈でせっかく生き返ったのに死んじゃいそう!」

 メタルカはジト目でキルカを見て、不満たらたらな様子で叫んだ。

「それはオスティに聞かないとダメなの」

 キルカはいつもの無表情でそう言って魔導結界の前にぺたんと座った。

「オスティに言ってもダメだからキルカちゃんに頼んでるんだよぉ~!」

 メタルカは縋るような目になってさらにキルカにそう言った。
 キルカは呆れたような顔をしてため息をついた。

「わかったの。 オスティには言っておくの」

「わぁい! さっすがキルカちゃん! 大好きぃ~!」

 メタルカがにんまりと笑うとキルカはまたため息をついた。
 そしてキルカは少し鋭い目になって彼女を見つめた。

「ルカ、それで……今のあなたはどうなの?」

 メタルカは大きな目を見開いて、それをくりくりと動かした。

「どうって言われてもなぁ。 そうだねぇ……あたし本人に間違いはないんだけど、でも過去の記憶がふたつある、みたいな感じぃ?」

 キルカは顔をしかめて首を傾げた。

「まぁ……これはたぶんなってみないとわかんないと思うよぉ? あたしもどう説明していいのかわかんないもん!」

 メタルカはそう言って情けなく眉を下げた。

「まぁでも、あたしはこっちの事情もフラスコの事情も両方わかったから……。 もうどっちとも戦うつもりはないよぉ?」

 彼女が手を広げてそう言うのをキルカは黙って見つめる。
 そこでイクローが尋ねた。

「なぁ、ルカ。 どうしてもどちらかが死ななくちゃいけないのか? 同じ魔法少女が二人いてもいいとは思わないのか?」

 するとルカはまた大きな目を見開いた。

「そうだねぇ。 普通に考えればそれもアリなんだよねぇ~。 フラスコの魔法少女は人間だし、魔法少女が魔法界に帰った後は人間として暮らす、とかさ」

 イクローはうんうん、と頷いた。
 だがルカは真面目な顔になると両手を広げた。

「でもダメなんだ。 なぜかっていうとフラスコの魔法少女は十八歳になると……」

 そこで彼女は右手の拳を握って、ぱっ、と開く。

「消えてなくなっちゃうんだよ」

「どういうこと……なの?」

 キルカが怪訝そうな顔で尋ねるとメタルカは寂しそうな顔で笑った。

「キルカちゃんがそういう風にフラスコの子たちを創ったから、だねぇ」

 キルカは愕然として目を見開いて、メタルカを見つめる。

「わたし……が? どういう事なの? ねぇ、ルカ!」

 すると部屋の奥から黒井が出てきて話を遮った。

「メタルカ、その話はまだ彼女にしてはダメだ」

 彼女はそう言って、メタルカの肩を掴むと首を横に振って見せる。
 メタルカはしまった、という顔をしてぺろり、と舌を出した。

「どういう事なの? ねぇ! どういう事なの?」

 キルカは少し錯乱した様子で叫んだ。

「キルカ、落ち着くんだ!」

 イクローが慌てて彼女を後ろから抱きしめるようにすると、キルカは狼狽しながら彼を見た。

「でも! でも! ……フラスコの子たちをわたしが……わたしが創ったって……」

「いいから、落ち着けって」

 イクローは彼女を落ち着かせるように彼女のふんわりとしたハチミツ色の髪を撫でる。

「どういう事……どういう事なの……?」

 キルカはうわごとのようにそう繰り返しながら涙を流して両手で顔を覆った。
 イクローは彼女を抱きしめてそっと髪を撫でた。

「キルカ……お前は何も悪くない……。 悪くないんだ……」

 彼がそう呟くと、キルカは目を見開いてイクローを突き飛ばすように離れると彼の腕を掴んで叫んだ。

「イキロ……? あなたは……知っているのね? フラスコの子を私が創ったって……なんでなのか知ってるのね?」

 イクローは彼女にそう訊かれて、ゆっくり頷いた。

「おい! 圓道イクロー! それ以上はやめろ!」

 黒井が叫ぶと、イクローは手を前に出して彼女をl抑えるような仕草をする。

「いや、いいんだ。 俺は、キルカを信じる。 だから、ここは事実を話して……キルカにフラスコの世界を創らせないようにしたいんだ」

 彼の言葉に、黒井は黙って窓のところに並べたシケモクを引っ掴んで口に咥えた。

「キルカ。 落ち着いて聞いてくれ。 ……フラスコの真実を、俺はサン・ジェルマンに聞いた。 今からそれをお前に伝えるよ」

 キルカは不安そうな顔でイクローを見つめた。

「わかったの」

 そしてゆっくりと頷いた。

 イクローはサン・ジェルマンに言われた通りの事を彼女に話した。
 彼が死んだ事で、それを悲しんだキルカは彼の魂を育てるために実験世界を創った事を。

 キルカはその大きな瞳に涙を溜めて、いやいやをするように頭を振ってイクローの腕を掴んだ。

「いやなの……いやなの……。 イキロが死んじゃうなんて……絶対いやなの……」

「ああ。 だから俺はお前を悲しませるのもいやだし、フラスコの世界を創らせるのもいやだ。 ……だから絶対に死なねぇよ」

 彼の言葉にキルカは不安そうな顔で頷いた。

「ダメなの……イキロは生きるの……。 わたしが絶対に守るの……」

「ああ、俺は絶対に生きる! ……お前とずっと一緒にいる!」

 イクローが力強く言うと、キルカは声を上げて子供のように泣きだした。
 彼はそのままメタルカと黒井を見て、彼女たちに言った。

「なぁ。 あんたらの目的の一つも俺を殺させない事なんだろう?」

 メタルカは大きな赤い瞳をぱちぱち、と瞬かせた。

「そうね、それはそう」

 彼女が頷くと、黒井もシケモクを吸いながら彼を見て僅かに笑った。

「ふふ……。 だからお前を殺させないために私たちにお前を守れ、と?」

 イクローは笑顔になると、頷く。

「都合がいいのはわかってるけど。 ダメかな? なんせ俺は魔力はあるけど、戦えないからさ」

 すると黒井はおかしそうに大笑いを始めた。

「あははは、気に入ったよ! お前はやっぱり圓道イクローなんだな。 あいつと同じような人の使い方をする!」

「あいつ?」

 イクローが不思議そうに首を傾げると、黒井は笑いながら応えた。

「お前がサン・ジェルマンと呼んでる……フラスコの圓道イクローさ」

「まぁ、そりゃ一応本人だからねぇ~」

 メタルカが寄り目を作って、ふざけた調子で言うと、イクローも思わず笑う。

「いいだろ? キルカ」

 そしてキルカを見て彼は笑顔を浮かべると、彼女も頷いてふんわりと笑った。

「わかったの。 でも、ルカとあなた……二人には保険をかけさせてもらうの」

 キルカがメタルカと黒井にそう言うと、二人は少し驚いたような顔をした。

「保険? どうするつもりだ? キルカ・ティアマト」

 黒井が訊くと、キルカは微笑みながら高速詠唱をして、赤い魔法円を二つ空中に浮かべた。

「わたしの眷属になってもらうの」

「……なるほどな。 まぁ、それくらいは仕方ないか。 だが、私たちはフラスコ陣営とは戦わんぞ?」

 黒井の言葉にキルカは、こくこく、と頷いた。

「戦わなくていいの。 あなたたちはイキロを守ってさえくれれば、あとは自由にしていいのよ」

「まぁ、悪くない条件か~!」

 メタルカは立ち上がって大きく伸びをすると、ニッ、と笑った。

「ルカもそれでいいよ! ……じゃあ、早くここから出してよ!」

 黒井は顔をしかめた。

「なぁ。 とりあえずタバコ買いに行きたいんだが……構わんか?」

「センセらしいなぁ!」

 メタルカが大笑いすると、つられてイクローとキルカも笑った。


 そしてオスティナを呼んで結界を外させると、キルカは二人に契約の印を結んだ。
 それは彼女の眷属になり、尚且つイクローの眷属になる印だ。
 二人の命令には絶対服従、というものだった。
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