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33話:堀田の逆襲

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 携帯の画面を見ると、川原と名前が表記されていた。そのまま無視するのも面倒だろうと見て、公森は隠れる事なく電話に出る。

「はい、もしもし?」

「川原です。今日は随分とやってくれたね?物理部に加担するくらいならすぐに仕返しに行くから待っててね」

 通話はそこで終了した。

 呆然とする公森だったが、石角は通話の内容を聞く。

「今来た電話は何の電話だったの?」

「どうやら、私は存在消されるみたいだよ。物理部に謀反を起こした事だから」

 公森は自身の立場を考えた上で覚悟を決めた。しかし、その一言は物理部全体に対しての宣戦布告でもあったので石角も同じ気持ちで覚悟を決める。

「公森さんだけではないよ。元々仲悪かった事だし、何なら欅が元化学部として動いていたからそりゃ仲悪くなるのも無理はない」

「お互い様ってとこかな」

 2人は窮地なのに笑う。それを見る湯田と寺野は不思議に見るどころか、筋肉の確認と2人のダメ出しをしまくる。

「おい湯田!お前がもっと早くポージングしないからこうなるんだろ。筋肉ムキムキに鍛えておきながら、それ飾りだろ」

「そんな寺野も全っ然活躍してないじゃん。何がフットクラッシャーだよ?まず作戦通り動いてない時点でダメじゃん」

「やるか筋肉オタクめ」

「おうよ!お前の自慢な足を折ってやんよ」

 握力80キロの湯田とコンクリート壁や車のエンジンをぶっ壊すほどの足の力を持つ寺野の理解不能な喧嘩が始まった。話を終始聞いた石角と公森は止めるどころか、笑い狂う。

「この2人相変わらずヤベェわ。カフェなんだから外でしろよな」

「石角の言う通りよ。でも、なんか面白い」

 ムキムキしながら殴るパンチに、溜め技で蹴りまくる足は絵面も喧嘩してる2人もシュールすぎて笑える背景になっていた。

 この日は川原による妨害で作戦は失敗に終わって、4人はそれぞれ帰宅した。

 翌日、物理部の教室に1通の紙が落ちている事に加賀木は気付く。

「何だろう…これ」

 触れた瞬間、火傷のような痛みが指先を駆け巡る。痛みに驚いたのか、すぐにその紙を手放した。

「熱いし痛いし、何なのこれ。しかも…燃えてもないし」

 この出来事はすぐに顧問の梓馬へと知らされる。呼びつけに下原と寺野が調べた結果、その紙には皮膚の炎症が起きるように強塩基が塗り込まれていたことが分かった。

「ヤッバ。これ、絶対堀田やん。よくできてんなぁ」

「でも、黒林檎がやられるなんて…。肌も黒く焦げたんじゃね?」

 不思議がる寺野を横に、下原は平気で禁句を言い放つ。聞き逃してなかったのか、それとも聞こえていたのか加賀木が走って下原の肋を目がけて膝蹴りをかました。

「あのさ、先輩。前も言いませんでしたか?もう許しませんよ」

「痛ってぇ…。息が出来なくなるところだったわ。次やったら鶴居みたいにセクハラするぞ」

 この2人の会話は宇宙人でも理解出来ないバカすぎるものだと寺野は推理した。

 梓馬も結果を見てすぐに対策と堀田に直接会う考えを下原と寺野、被害者の加賀木に話す。

「3人とも意味の分からん話をするのは後にしろ。まず、加賀木が火傷してやられたのは動かぬ事実。これをダシにして堀田を追い込む。これは俺がどうにかする。3人は、身の危険もあるから気を付けておけ」

 梓馬の忠告を聞いて各教室へ戻った後、授業を受ける。特に寺野と下原たちは受験生でもあるので、あまり相手にしたくないところだ。

 梓馬は堀田を誘って飲み屋へ行くことにした。堀田に対しては、仲直りと相談の話をする回だと言っている。

 合流した2人は、フランス料理を楽しめるお店へと足を運ぶ。

「仲直りって言っても梓馬、何がしたいのか分からないがゆっくり飲みながら本音でも語り合おうか」

「良いですね。フランス料理とワインを飲みながら交わす会話は、面白そうだ」

 2人の前に出された料理はどれも高価なものだ。ワインは30年熟成されたボジョレヌーボーや、鹿肉のステーキなど珍しいものを食べまくる。

「さて、酒が回ってきたことだから話すとしますか」

「うむ、梓馬との仲直り飲み会だから話を聞こう」

 堀田は既に5本もボトルを開けていたので、泥酔していた。それを狙った梓馬は、とある紙を見せる。

「この紙、塩酸が含まれていてうちの人間が火傷したんだわ。君らのせいじゃないよね?」

 酔っ払った堀田を問い詰めるにちょうど良いと考えた梓馬は前置きもなく、ストレートに聞く。堀田はベロベロだったので半分眠りながら暴露する。

「あーそれ俺か仕組んだものだわ。誰か拾わないかなーって思って部員に言って作ったんだっけ?」

「まぁ結論を言うと、掃除の時に捨てられたらしいぞ」

 2人は笑う。梓馬は、自身のポケットに忍ばせている録音機に会話を録りながら…。

 翌日、週末でもあり学校が休みだったので寺野と喬林、下原が欅のお見舞いに行く。病院へ到着するが、欅の部屋はなぜか空き部屋になっている事に一同は気づいた。

「欅の部屋、空き部屋になってね?」

「下原もよく見てんなぁ。確かに空き部屋になってるけど、退院でもしたんじゃね?一旦外に出て連絡してみようぜ」

 寺野と下原は、外へ出て通話に出るか確認をするが欅からの連絡とその着信に反応はしなかった。病院の中で待っていた喬林は、手術室へつながる連絡橋の近くでお茶を購入し、長い椅子に座っていた。

 暫くすると、連絡橋から大勢の医師と看護師が1人の患者を運ぶ姿を喬林の目に写る。その患者の顔を見て喬林は青ざめた。

「欅はサプライズでもしようってか?」

「それは本人に聞けよ!フットクラッシャー」

 呑気に連絡を待つ2人に喬林が息を切らして向かう。

「大変だよ!欅君が、欅君が…」

「喬林どうしたんだよ。欅見かけたのか?どこにいたん?」

「下原の言う通り、ほんとそれな!喬林さんは欅をどこで見かけたの?」

 2人の問いに喬林は息を整えながら答える。

「欅君は、手術室にいたんだ。でも目の手術じゃなくて両腕だったんだよ。しかも皮膚の炎症を見たところ、薬品をぶっかけられてたんだと思う。説明してる暇はない。すぐに行くよ!」

 2人の手を引っ張って喬林は、術後に運ばれるICU付近へとかけ走る。
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