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8話:バラバラ

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 高校総体を目前としている中、運動部に入ってる物理部の入室が乏しくなった。喬林は剣道、下原と湯田、加賀木は卓球、富林はバスケットボール、寺野と石角は陸上、左右田は野球というまさに危機的状態。

 物理室へ全員集まった時、欅のノートパソコンからとあるメッセージ付き動画が送られていた。なんと、前桜から激励のメッセージ動画が物理部に向けてエールを送っていたのだった。

「物理部のみんなー!元気?私は元気だよー。でも流石に長期間顔を見ないって本当にツラいね。多分そっちは高校総体が始まるかその前くらいになると思うけど私の分まで頑張ってよね!きっと爪楊枝大会は優勝すると私は願ってるから!!そして下原、私が帰ってきたら分かってるよな?それじゃみんなまた会う日までさよならー」

 下原に向けての'分かってるよな?'という一言は下原の精神に大ダメージを受ける。

 彼の借金地獄は当面終わる気配はないようだ。爪楊枝の試行錯誤も最終段階へと入る。爪楊枝タワーの土台となる部分は太くかつ、どんなものも倒れる気配のないようなものでその上部はシンプルながらも見覚えのあるようなものだ。柿渋を塗った後に津波や酸性雨を想定した実験が行われた。

 柿渋の効果は部室内の匂いだけでなく、爪楊枝を腐らせない効果までかけられたようだ。

「こりゃすごいや!さすが昔の人は面白い」

 石角は感心する。彼の好きなことは、そんな昔の人が何をしてきたのかを日本史や世界史などで学ぶことだ。

 しかし、地震の実験になると中部から崩れるということが多くあった。すぐに欅はその問題点を見つける。

「接合部を少し変えればどうにかなるかな…。木工用ボンドでどうにかくっつけたって感じだから爪楊枝以外は使えないなら爪楊枝で作っちゃおうよ!木だけで作る都建築もその一つだからさ」

 欅の考えは昔に作られた木造建築のほとんどが木のみで作られているため、その方法を取り入れてみようということだ。

 しかしいざ調べようとした瞬間、喬林と下原、湯田が他の部活の練習で抜けるということに…。

「石角君申し訳ない…私、剣道部の部長で入らなきゃいけないからさ」

「俺も卓球部の団体に出なきゃいけない…湯田も同じ。前山が出れば良いのにって思うよ。俺の代わりにパシれば出てただろうけどね」

 相変わらずの下原節が炸裂したが、3人は部室を後にする。

 欅はその建築方法を調べてはその作り方を石角たちに見せた。その方法はまさに、昔の人の考えにあっぱれ!と言ってしまうほどの技法。しかし、時間もないため最後の試作として作ることにした。

「こりゃ時間も労力もすごい事になりそうだけど、強度は増すと思う!作り甲斐がある」

 爪楊枝の在庫が底をつきそうになっていたため、その場にいた鶴居と寺野が買いに行くと率先してくれた。

「何か必要なものが作っている途中に出てきたら電話してね!」

 笑顔で言ってそのまま元気よく走った。欅が喬林の忘れ物に気づく。

 丈夫な竹刀で練習用なのか何なのかよく分からないが、その材質は真竹竹刀のようだった。

「おい喬林のやつ、竹刀忘れてるぞ!届けに行かないといかんな…誰か行くか?って言っても今は手が離せないよねー…じゃ、僕行ってくるわ」

 欅が渋々竹刀を持って喬林が練習している剣道場へ向かう。その剣道場は声が響き、竹刀の音と共に外まで聞こえた。

 欅の存在に気づいた喬林は謝った。

「あ、忘れてたね…申し訳ない。ここ最近疲れてるのか、忘れることが多いのよね…まぁ、うん…持ってきてくれてありがとう」

 喬林への配達が終わると寺野と鶴居が爪楊枝の追加購入から帰っていた。

 石角は、早速加工を始めてゴリゴリと作った。欅は自身のパソコンで建築方法の3D化を試みる。寺野も陸上の練習へ行くのかと思いきや軽装に着替えて石角に伝えた。

「今から俺、下原んところ行って遊んで来るわ!なんかモチベ上がらんのよ…」

 アホすぎるだろと思ったが寺野は自慢の脚力で走り去った。石角も長距離練習しなきゃいけないのに、と思ったが今は手を止めるわけにはいかないと思いながら爪楊枝の加工に専念する。

 卓球の練習をしている下原たちだが、練習というより完全に遊んでいた。

「なぁ湯田!これ終わったらいつものオンラインゲームしようぜ!ちなみに湯田は今どこまで順位上がってる?」

「一時期世界ランク1位まで上がってたけど負け癖付いて、クランが下がっちゃった。世界ランク12位だよー」

 鍵を閉めた部室は完全に2人の独壇場だった。そこに寺野が窓をぶち破って大胆に登場する。

 窓ガラスは粉々になってその粒1つ1つは光り落ちる。

「いや、来るなら連絡しろよ!そして何窓ガラスぶち破ってんの?うちらの顧問になんて説明すれば良いの?」

 流石フットクラッシャーと言いたいところだったが、これがバレると弁償は逃れないとその場にいた3人は察した。寺野が割ったドアの窓ガラスは強化ガラスでどんな銃弾も突き破ることのない代物である。

 湯田はそのドアのネタと修理するとどれくらいかかるのか調べてくれた。その値段が想像を軽く超える。

「これ、単体でも10万円するんだけど…寺野君、これはまずいよ」

 湯田が調べたことを2人に話すが、ラケットとピンポン球で野球をしていた。寺野が放ったボールは下原の脇腹に食い込む軌道を描いたが、下原は強引にラケットをフルスイングしてボールと共にラケットは吸い込まれるようにまた違う窓をぶち破る。奇跡の瞬間に3人は笑うことしかできなかった。

 考えた結果何事もなかったかのように荷物を片付けて物理室へ帰った。その移動中に同じ部活の前山とすれ違ったみたいだが、前山の格好は卓球ユニフォームだったので顧問に濡れ衣着せられただろうと予想した。

 物理室では、カンコンカンコン…と爪楊枝の加工と歴史的建築物を手本に基礎を重点的に強化する。3人は笑いながら部室へ戻った。

「お、練習終わったか?お帰り!」

 欅が声をかけると下原と湯田の笑いが我慢できず、息がおかしくなるまで笑う。

 流石の石角も我慢ができなかったのか激怒した。

「お前ら何しに来た?邪魔しに来ただろ…。もう帰れ!お前らがする仕事無ェからな!」

 下原たちは事情を話す。

 喬林も何故か物理室へ逃げるように剣道着を着たまま入ってきた。焦る喬林に鶴居は何事かと思って高林を落ち着かせるべく、背中をさすった。

「やばい…竹刀を爪楊枝と間違えて折っちゃった…。いつも加工してはタワー作りに研鑽してるじゃん?その癖が付いて竹刀をお菓子みたいにバキッと折っちゃった(笑)」

「え、マジか…でも大丈夫!俺たちは卓球室のドアの窓ガラスと換気用の窓ガラスを壊してきたから(笑)前山が多分行ってると思うけど顧問に怒られてるかもしれん」

 こいつらは、猿山の猿かよって思った欅と石角は下原たちの話を無視して左右田、加賀木と一緒に実験を進める。

 富林と鶴居は彼らの話を聞いて貰い爆笑していた。

「お前らやばすぎだろ!喬林さんはまだ買えるから良いけど下原と湯田は何をしたら窓ガラス割れるんだよ(笑)」

「あー2枚割ったけど1枚は下原のフルスイングでラケットごとすっぽ抜けて割れたってのともう1枚は俺が足で突き破った(笑)」

 寺野の奇々怪界な行動に部室内は笑い声と奇声が上がる、狂喜乱舞と化した。

 その翌日、下原と寺野は前山の告げ口によって職員室に呼ばれた。どうやら、朝葉と手を組んで下原たちが先に行って窓を割ったのでは?という疑いで卓球部の顧問と生徒指導の先生たちにまで伝わったようだ。こっ酷く怒られて窓ガラスは弁償したものも、2人は1週間の停学処分が決まった。

 喬林は自らの手で竹刀を折ってしまったのでその怪力が認められ、剣道部の顧問から新たな竹刀をプレゼントされたらしい。そこには応援のメッセージが書き込まれており、彼女にとっては得しただろう。しかし、物理部の爪楊枝大会は石角と欅、左右田、加賀木、富林、鶴居が実験と研鑽を行ったことによって"ギリギリ"間に合う事となった。
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