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34話:友情と青春のメヌエット

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 目を覚ました山本の横には車椅子に座って寝ていた前宮が手を握っていた。

「私、確か下森舞に左の頬をビンタされてそこから…記憶が無い…か」

 山本は、半ば強引ではあったものも寝ている前宮を起こして説明を聞くことにした。

「お、目覚めたのか。不覚にも僕が寝てしまった事はすまない…。君が下森さんから不意のビンタを食らって足をよろけてしまった上に倒れて気を失ったんだよ。僕はむかつきで2人を殴ろうとしたけど、廊下で守山が途中から聞いてたらしく代わりに殴ったのさ。大山もその隣に居て、君を保健室へ運んだってこと。守山に感謝しな?まゆっちのことを守るために殴ったみたいだからさ、ちゃんと恩返ししてあげなよ」

 山本は黙っていた。元々は前宮が引き受けた問題なのに、それを守山が加担してしまいマスゲームリーダーと副リーダーである2人を殴り飛ばした事に驚いている。

「なみ…君は本当に…仲間思いの女の子だよ。こんな私のためにありがとう」

 涙ながらに独り言を話す。その日は2人で帰りながら山本の涙を前宮がハンカチで拭く、という形で周りからは絵面が凄かった。

「また何かあったら電話してよね。まゆっちは僕の大切な彼女だから」

「ありがとう。涼太君は私の大切な彼氏だから絶対守る」

 帰宅後、山本はいつものルーティーンを行う。頭の中では守山の顔しか浮かばず、申し訳なさでいっぱいの気持ちだった。

 翌朝いつものように車椅子の前宮と登校する。守山抜きの早朝練習を終わらせた後、ホームルームに臨んだものも栗原と下森の姿が無かった。

「あれ…いないな。なみに殴られた時の威力が強かったのかな…。骨折するほどだったらパワーヤバいな」

 担任が来たものも、その話は無かった。

 心配になり昨日いたという大山の元へ行く。その大山は前宮と男子応援団の食事会について笑いながら話していた。

「お?山本じゃん!昨日は大丈夫だったの?って言っても前宮がいたから心配はしてないが、そんな顔してまた嫌なことでもあったの?」

「なみのことで心配になったの。何か聞いてない?」

 真剣な眼差しに大山は答えた。

「殴ったことで今日保護者を含む7人面談をしているらしい。山本は関係ないと守山が言って庇ったみたいだが、酷ければ退学もあり得るかもしれない」

 退学の2文字を聞いて崩れる。山本にとって守山は高校1年の時から女子応援団を共にしており、心がつらくなったりしたらお互い支えて練習と向き合って足を傷つけながらも青春という名の1ページを紡ぎ上げてきた仲間でもあるからだ。

「なみが心配…。他に何か聞いてない?どこで行われてるとか…」

「何も聞いてないな…。早朝練習も来てなかったしな…」

 もう体育祭も目前となってるのに、と焦り出した山本だったがその後の授業を受けて放課後の練習へ向かうと守山が姿を現す。

「なみ!」

「心配かけてごめんね…。昨日の事は正当防衛とみなされてとりあえずまゆっちのこと守れたよ。1人で抱え込ませるのは団長である、私の責任だから」

 2人は抱き合う。しかし、ホッとしたのか山本は倒れてしまった。疲れていたのかそのまま眠ってしまったようだ。

「まゆっち…。今日の練習はお休みにしようか。心配かけてごめんね。涼太君がそこにいるから彼の膝下にかかってるタオルケットを上から着させて寝かせるとしよう」

 前宮の横に連れて行き、事情を話した上で山本を寝かせた。

 山本の無防備な格好に前宮は視線に困る。

「あれ?もしかしてまゆっちの下着見えてるからって視線変えたの?男の子だなぁ」

「そんなわけないよ。メガネを外して拭こうとしてただけだよ」

 何とも言えないコントを繰り広げたが、山本の寝息に2人は癒されていた。

 前宮はあの時の行動を聞く。

「なぁ、昨日は僕が殴ろうとしたのに何故守山さんが代わりにしかも僕を止めてまでしたの?場合によっては退学処分もあり得るのに」

「簡単に言えば血が騒いじゃった!と言いたいけれど、前宮のその状態で殴れるわけないだろうしまゆっちの事助けれるのは君だけだから私が身代わりになって2人を殴ったの。見たところ、完璧に内出血起こしたっぽいけど」

 血の気のある話について行くのが精一杯だ。

 会話を進めていると、大山が姿を現す。

「あれ、山本寝ちゃってる?何があったの?」

「ん?さっき私の無事を確認してホッとしたらしく、力抜けて寝ちゃった。前宮が持ってたタオルケットで横にして寝かせてるよ」

「なるほどね!栗原と下森の事で鮭谷が教えてくれたよ。六田の指示に従って前宮が事故で殺そうとしたことや、山本との恋を壊そうとしたのも全部認めたってさ。医療費払ったみたいだけど、今回の件で免除されるらしいぞ」

 良い話と悪い話だったものも、処分が決まってない限り何も言えなかった。

 マスゲームの行方も分からずじまいだったが、大山の話す限りだとマスゲームは無いだろう。

「まぁとりあえず、僕と守山さんで山本さんが起きるまで待つことにする。時間が合えば高級アイスでも食べようぜ」

「楽しみにしてるぞ!」

 前宮と大山は塾での交流もあったので、仲良く話した。赤い夕日が見える時間になり、山本はむくりと起きる。

「あれ…ヤバい!練習!」

「それなら大丈夫だよ。守山さんの指示で今日はお休みにしたと、今日は折角だしまゆっちが寝ていた時に話してた事でも話しながら帰ろうよ。良い初メン帰宅メンバーだしさ」

「ジュースでも買って飲みながら話そう」

 前宮と山本、守山で帰宅した。話も山本は聞いて納得した分何か違和感を感じている。栗原と下森は停学なのか、退学、またはそのまま在学するのかという事だ。

 帰宅した後、練習をする。素早い技も質が上がり、全てがバチバチに仕上がったような内容だった。

「この演舞で終わるより、なぜか分からないけどマスゲームもしたかったな…。栗原さんと下森さんと最後に踊りたいけどな」

 口では絶交すると言ったものも、考え的にどうなのだろうという山本だった。

 翌日教室に入ると、2人の話し声と音楽に合わせて踊っている姿が目に入る。それも痛みもあるはずなのに忘れさせるようなステップを踏みながら、笑顔で楽しんでいた。
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