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30話:天と地の狭間
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翌朝あまり眠れなかったのか、山本はどんよりしていた。
心が折れかけていても体は練習着に着替えてそのまま出ようとした時、元気のない娘を見た母親はすぐに止める。
「真由!そんな体で練習に行ったらまた怪我するよ?前宮君に迷惑かけたらだめじゃないの」
「その前宮君が守山紗耶香を事故から救って庇ったんだよ!今生死の狭間にいるみたいで私…どうすれば良いのかわからない…」
溢れる感情に涙が止まらなくなっていた。通学用のローファーが雨に濡れた後のようになる程だ。
しかし、山本の母親は背中をさすりながら慰める。
「真由が前宮君に対しての好きだっていう感情はとても大事な事だよ。でも、結婚して人はいつか死んでしまう。そんな時に本気で泣けた時、ちゃんと人生で愛せたんだと思うよ。彼なら絶対戻ってくるよ!それを信じて今は真由がしなければいけない事をして、元気を与えるのが目的じゃないかな?」
過呼吸の娘を落ち着かせようとした。そのまま家を出たものも、心の中にあるモヤモヤした感覚は残るばかり。
山本は列車に乗るまでの間練習を休むか否か考えていた。定期券を見せてプラットホームへ向かう途中に守山へチャットで連絡した。
「今日休むね…。前宮君のことが気になりすぎて練習が乱雑になりそう」
その一言を送信して5分後、守山から1件の返信が来た。
「分かった。少し、顔がやつれてるようにも見えたから大丈夫だよ。まゆっちのパートも上手くできてるから問題ない!前宮君の隣に居てあげな?彼も落ち着くと思うし」
守山の一言で山本はいつも降りる駅ではなく、夜日高度医療センターに近い最寄りの駅へ降りる。
今は夏でとても暑いはずなのに、前宮が使っている布団は冬に使う物のような分厚い物だった。
「涼太君寒いのかな…。体も細くなってたからそうなるよね。なみに許可もらったから今日から毎日来るよ…何かあっても私が守るから涼太君は自分の怪我したところと向き合って治療して欲しい」
栄養分を摂る点滴を受け、スヤスヤ眠っている前宮の顔と頭を触りながら山本は、自身の心を落ち着かせようとする。
胸元が開いていたことに気づき、覗いてみると電気ショックの跡が僅かながら赤く残っていた。
「本当に…生きるために一生懸命頑張ってるね。生きる為に必死にもがき苦しんでるよね。私が我儘言うのはアレかもしれないけど、体育祭までに一時退院出来るようになったら私がサポートするから」
そう言って前宮の前で涙を流してその点滴を受けている手に当たる。
山本と前宮の様子を隠れて見ていた2人の女の子がいた。目が合ったのかそのまま逃げるようにして病院を出て行った。山本は気づくことなく、前宮の手を握りしめていた。
夏の朝、鳴き響く蝉の声を聞きながらお昼を迎える。
「…ん?誰か僕の手を握ってる…誰だ?メガネメガネ…」
前宮がむくりと起きてメガネをかける。
そこにいたのは布団を涙で濡らした山本の姿があった。苦しそうな表情を見て心配になったのか、思わずタオルケットを彼女の背中に掛けた。点滴の様子を見る為に看護師が入った時、その姿を見て静かに取り替えて次の点滴袋を下げた。
「すいません。ありがとうございます。少し暑いみたいなのでエアコンの温度下げてもらっても良いでしょうか?ここに寝てる女の子は僕の彼女なので…」
看護師はふふっと笑ってエアコンの温度を1℃下げた。その看護師は出る間際に一言添えた。
「良い夫婦になりますように」
流石の前宮も顔が赤くなった。寝ている山本の頭を撫でながら優しく声をかける。
「お見舞い来てくれてありがとうな…。話を思い出す限り、まゆっちの所属する応援団の前団長を救ったようだ。それにしても練習で疲れてたのか、寝顔が可愛い。学校休んでまで来るなんて本当に心配かけて申し訳ない」
そんな声がけに山本は起きた。目が覚めた前宮を見て抱きつく。
「涼太君の馬鹿ぁ~!なんで命を捨てるような事するの?私と一緒に生きるって約束したでしょ。でも、その分紗耶香先輩救われたから良かった…。お礼言ったと思うけど私からも本当にありがとう!一時退院出来るように回復とリハビリを頑張ろうね」
泣きじゃくりながら前宮に話す山本の姿は、1人の団員として女子応援団としての何かを前宮は感じた。
「ボロボロになってるね…その体。見る限りだと僕の事や演舞の事とかもあるからそれで神経使ってるんだな。休む事言ってないだろうから僕の方から看病をしてくれたという話だけしておくよ。他人かもしれないけど、もう他人ではないよ。未来の夫婦になる結婚相手だから!」
「それ言うなら事故に遭わないようにしてよ!涼太のバカっ!」
外の鳥がチュンチュンと鳴いている中、2人は気が済むまで泣いた。
扉の音が聞こえたのですぐに泣き止む。
「はい、どうぞ」
「失礼します。担任の鮭谷です…というか山本さんなぜここに?」
鮭谷がお見舞いに来てくれたようだが、学校のはずの山本がここにいたことに怒った。
「ごめんなさい先生。僕の方から説明させて下さい。僕と山本は付き合っていて、結婚も許されています。そして今回の件では許可を得ているので問題ありません。この書面をご覧になって下さい。これが証拠ですので」
鮭谷に見せたその紙には許可書とその内容が書かれていた。納得をした上で話が始まる。
「お話によると守山紗耶香さんを救ったと妹の守山七海さんから聞きました。その…犯人なのですがこの老害見たことありますか?」
「犯人突き止めれたのですね。この人ですか…。見覚えありすぎますね、この人は前校長下村充で応援団反対派だった人ですね」
あの時の顔を見て山本は憤りを感じていた。
それもそのはず、その時にいた六田が守山のブラウスを脱がせて下着を露わにした後、その下着を脱がそうとしたあの恐怖を今も忘れてなどいない。
「でもあの時って僕は一嶋とか殴り飛ばしたような…。仮に下村が僕を狙っての犯行ならすぐに逮捕ですけどね」
「確かにね…まだ分かってないところが多いけど分かり次第また伝えるよ。これ良かったら食べると良い。元気になるよ」
鮭谷はお菓子を置いた後、そのまま帰宅した。またもドアの音が聞こえたと思ったら片山が姿を表す。
「一時退院が決まったよ。リハビリはしながらになるが、体育祭行きたいだろ?」
山本は片山に感謝した後、飛び跳ねて喜ぶ。そして重要な任務を山本に託した。
「君が前宮君をフォローするんだよ。何かあったら電話してほしい」
「分かりました。後のことは私に任せて下さい」
嬉しそうな山本を見てホッとしたようだ。
心が折れかけていても体は練習着に着替えてそのまま出ようとした時、元気のない娘を見た母親はすぐに止める。
「真由!そんな体で練習に行ったらまた怪我するよ?前宮君に迷惑かけたらだめじゃないの」
「その前宮君が守山紗耶香を事故から救って庇ったんだよ!今生死の狭間にいるみたいで私…どうすれば良いのかわからない…」
溢れる感情に涙が止まらなくなっていた。通学用のローファーが雨に濡れた後のようになる程だ。
しかし、山本の母親は背中をさすりながら慰める。
「真由が前宮君に対しての好きだっていう感情はとても大事な事だよ。でも、結婚して人はいつか死んでしまう。そんな時に本気で泣けた時、ちゃんと人生で愛せたんだと思うよ。彼なら絶対戻ってくるよ!それを信じて今は真由がしなければいけない事をして、元気を与えるのが目的じゃないかな?」
過呼吸の娘を落ち着かせようとした。そのまま家を出たものも、心の中にあるモヤモヤした感覚は残るばかり。
山本は列車に乗るまでの間練習を休むか否か考えていた。定期券を見せてプラットホームへ向かう途中に守山へチャットで連絡した。
「今日休むね…。前宮君のことが気になりすぎて練習が乱雑になりそう」
その一言を送信して5分後、守山から1件の返信が来た。
「分かった。少し、顔がやつれてるようにも見えたから大丈夫だよ。まゆっちのパートも上手くできてるから問題ない!前宮君の隣に居てあげな?彼も落ち着くと思うし」
守山の一言で山本はいつも降りる駅ではなく、夜日高度医療センターに近い最寄りの駅へ降りる。
今は夏でとても暑いはずなのに、前宮が使っている布団は冬に使う物のような分厚い物だった。
「涼太君寒いのかな…。体も細くなってたからそうなるよね。なみに許可もらったから今日から毎日来るよ…何かあっても私が守るから涼太君は自分の怪我したところと向き合って治療して欲しい」
栄養分を摂る点滴を受け、スヤスヤ眠っている前宮の顔と頭を触りながら山本は、自身の心を落ち着かせようとする。
胸元が開いていたことに気づき、覗いてみると電気ショックの跡が僅かながら赤く残っていた。
「本当に…生きるために一生懸命頑張ってるね。生きる為に必死にもがき苦しんでるよね。私が我儘言うのはアレかもしれないけど、体育祭までに一時退院出来るようになったら私がサポートするから」
そう言って前宮の前で涙を流してその点滴を受けている手に当たる。
山本と前宮の様子を隠れて見ていた2人の女の子がいた。目が合ったのかそのまま逃げるようにして病院を出て行った。山本は気づくことなく、前宮の手を握りしめていた。
夏の朝、鳴き響く蝉の声を聞きながらお昼を迎える。
「…ん?誰か僕の手を握ってる…誰だ?メガネメガネ…」
前宮がむくりと起きてメガネをかける。
そこにいたのは布団を涙で濡らした山本の姿があった。苦しそうな表情を見て心配になったのか、思わずタオルケットを彼女の背中に掛けた。点滴の様子を見る為に看護師が入った時、その姿を見て静かに取り替えて次の点滴袋を下げた。
「すいません。ありがとうございます。少し暑いみたいなのでエアコンの温度下げてもらっても良いでしょうか?ここに寝てる女の子は僕の彼女なので…」
看護師はふふっと笑ってエアコンの温度を1℃下げた。その看護師は出る間際に一言添えた。
「良い夫婦になりますように」
流石の前宮も顔が赤くなった。寝ている山本の頭を撫でながら優しく声をかける。
「お見舞い来てくれてありがとうな…。話を思い出す限り、まゆっちの所属する応援団の前団長を救ったようだ。それにしても練習で疲れてたのか、寝顔が可愛い。学校休んでまで来るなんて本当に心配かけて申し訳ない」
そんな声がけに山本は起きた。目が覚めた前宮を見て抱きつく。
「涼太君の馬鹿ぁ~!なんで命を捨てるような事するの?私と一緒に生きるって約束したでしょ。でも、その分紗耶香先輩救われたから良かった…。お礼言ったと思うけど私からも本当にありがとう!一時退院出来るように回復とリハビリを頑張ろうね」
泣きじゃくりながら前宮に話す山本の姿は、1人の団員として女子応援団としての何かを前宮は感じた。
「ボロボロになってるね…その体。見る限りだと僕の事や演舞の事とかもあるからそれで神経使ってるんだな。休む事言ってないだろうから僕の方から看病をしてくれたという話だけしておくよ。他人かもしれないけど、もう他人ではないよ。未来の夫婦になる結婚相手だから!」
「それ言うなら事故に遭わないようにしてよ!涼太のバカっ!」
外の鳥がチュンチュンと鳴いている中、2人は気が済むまで泣いた。
扉の音が聞こえたのですぐに泣き止む。
「はい、どうぞ」
「失礼します。担任の鮭谷です…というか山本さんなぜここに?」
鮭谷がお見舞いに来てくれたようだが、学校のはずの山本がここにいたことに怒った。
「ごめんなさい先生。僕の方から説明させて下さい。僕と山本は付き合っていて、結婚も許されています。そして今回の件では許可を得ているので問題ありません。この書面をご覧になって下さい。これが証拠ですので」
鮭谷に見せたその紙には許可書とその内容が書かれていた。納得をした上で話が始まる。
「お話によると守山紗耶香さんを救ったと妹の守山七海さんから聞きました。その…犯人なのですがこの老害見たことありますか?」
「犯人突き止めれたのですね。この人ですか…。見覚えありすぎますね、この人は前校長下村充で応援団反対派だった人ですね」
あの時の顔を見て山本は憤りを感じていた。
それもそのはず、その時にいた六田が守山のブラウスを脱がせて下着を露わにした後、その下着を脱がそうとしたあの恐怖を今も忘れてなどいない。
「でもあの時って僕は一嶋とか殴り飛ばしたような…。仮に下村が僕を狙っての犯行ならすぐに逮捕ですけどね」
「確かにね…まだ分かってないところが多いけど分かり次第また伝えるよ。これ良かったら食べると良い。元気になるよ」
鮭谷はお菓子を置いた後、そのまま帰宅した。またもドアの音が聞こえたと思ったら片山が姿を表す。
「一時退院が決まったよ。リハビリはしながらになるが、体育祭行きたいだろ?」
山本は片山に感謝した後、飛び跳ねて喜ぶ。そして重要な任務を山本に託した。
「君が前宮君をフォローするんだよ。何かあったら電話してほしい」
「分かりました。後のことは私に任せて下さい」
嬉しそうな山本を見てホッとしたようだ。
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