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15話:恋人

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 山本とバレーの練習をした守山と高部、鶴海だったが終わった後も後味が悪い。なぜならそのバレーボールは前宮の使っているもので、その前宮が薬の過剰摂取によって血を吐いてしまったということだ。

 4人は誰もいない女子更衣室へ向かって制服に着替えた。

「なみ…前宮君大丈夫だと思う?心配すぎて辛い気持ちが張り裂けそう…」

「大丈夫だと思うよ。今回前宮君が初めてしたことなら尚更問題ないと思う」

 守山の一言に山本はついに高部と鶴海も含めて前宮の秘密を話す。

「前宮君の事だけど、実はね1つのトラウマが原因で自律神経失調症を患っているらしいの。ずっと自殺しようとして親と喧嘩しては薬を過剰に摂取して死のうとしてたみたいだよ。そして、腕とかに刃物で切り傷を作ったりしてるって話をしてその分かる理由が彼、長袖着てたの覚えてる?他の人に迷惑かけないよう傷口を隠してたって事だよ」

 守山と高部についてはその話を聞いて返答できなかった。2人は前宮の特製クッキーを貰おうとして依頼したところ、山本が味わったあのクッキーを快く作ってくれたからだ。

 絶望した一同だったが、山本の携帯が鳴り響く。そこに出ていたのは前宮の番号だ。

「はいもしもし?前宮君どうした?」

「山本さんの携帯で間違いないですね?私は前宮君の主治医、片山です。吐血がひどくなり入院されました。前宮君によると山本さんに話してくれれば後はどうにかなるからと吐きながら言ってました。その後意識不明となったものもバイタル安定しています。一応お伝えしました。入院している病院は夜日高度医療センターです」

 ついに山本は泣き崩れる。

 前宮の入院が電話で伝えられて守山の胸元に飛びついて幼い女の子のように声を出して泣いた。

「なんであんな良い人が自殺しようとしてしかも、吐血して入院しないといけないの?前宮の代わりに私が代わりたいよ!なみ…私どうすれば良いのか分からないよ…」

 守山はただ、泣いている山本を落ち着かせるために背中をさすっているだけ。だがその目には涙が溢れていた。高部と鶴海も絶句した。

 鶴海については会ったことがないため、分からなかったが山本の心を救ってくれたという事実に感謝していたため山本と同じように心配する。

「まゆっち…まだ時間あるから前宮が入院してる病院へ行こう。主治医もそこにいるなら話を聞こう」

「私も行くよ。クッキー作ってもらいながらも半ば強引に頼んだ私だから謝りたい。事情知らずに頼むだけ頼んでしまったことを謝罪したい…」

 4人は荷物を整理して汗の匂いと噴出を抑えるために制汗スプレーを脇と汗かきやすい所にかけた。

 そして山本が聞いた夜日高度医療センターへ急ぐ。その病院はとても大きく、その名の通り多くの治験と技術が結集した最高最強で最後の砦と言われている。受付へ向かい、山本は前宮がいる場所を教えてもらった。

「えっと前宮涼太さんの入院している部屋ですね。4人はお友達ですか?」

 受付の人の質問に答えて探してもらった。

「場所ですが7階の083号室で前宮さんお一人だけしか入れない部屋にいます」

 1人しか入れない特別室のような所にいることが分かり、エレベーターへ乗り急ぐ。

 山本の心配は最高潮に達し、ずっと胸を押さえていた。早まる心臓の鼓動と言い、その鼓動が脳にまで感じる事に苦しそうな表情をした。7階に到着すると4人は山本を先頭に、早歩きで083号室を探した。部屋を探し当てるとノックして入ったが応答はなく、4人は恐る恐る部屋へ入ってみるとそこには口が血だらけの前宮が酸素マスクを付けられて眠っていた。

「前宮君…バカ…こんな姿になるまで自分を責めるなんて。守れなくて本当にごめん…」

 山本は点滴を受けている前宮の右手を握り締めていた。前宮の様子は輸血用のパックが2つ下げられており、吐いてもいいようにと袋がベット横につけられていた。そして、山本でさえも初めて見る両腕の傷に言葉を失う。

 高部と守山はその傷を見て自然と涙を流して2人は、前宮へ話すようにして口を開く。

「前宮君…なぜ同じクラスの山本にこの事を話さなかったのか、その傷を見てると分かる気がするよ。心も体も痛い中、私たちの為にクッキー作って本当にありがとう。山本の病み期まで治してくれてありがとう。でも私たちのせいで無理言ってごめんね…。山本から全部聞いたよ。ちゃんと気づいてから話せばよかったって後悔している。本当にごめん」

 守山の切なる言葉に鶴海は前宮の偉大さを改めて知った。そんな中、前宮の部屋に主治医の片山が入室する。

「誰か入ってるのか?…もしかしてだが君が山本さんで後はお友達…かな?彼のご両親ならさっき帰った事だから話したいことや聞きたいことあれば対応するけれど…」

「あの、前宮君は体育祭の参加って可能でしょうか?1ヶ月後に行われるもので出来るのならそこまでに復帰をと思って」

 4人は山本を筆頭にダメ元で話したが片山からは非情な現実を突きつけられる。

「残念だけど前宮君は体育祭の参加は極めて難しい。肺に水と血が溜まっていて、死に近い。その様子を見るべく来たけれども完全にICUへ移動しなければいけないかもしれない…。色んな検査をしたがオーバードースしてるようだからかなり体に負担がのしかかっている。さて君たちももう遅い時間だから帰宅したほうがいい。それとも、明日までここにいるかい?仮眠室くらいは使って構わないから。僕はまた患者の巡回だから何かあったらナースコールを押してね」

 片山が部屋を後にした。山本は膝をついてしまって立てるような状態ではなかった。

 異変に気づけなかった悔しさと、あの時気付ければまだ変えれたはずだと自分を責める。

「なみ!私、ここに残って良いかな?前宮が目を覚めるかもしれないし少しはいた方が落ち着くよね…?」

「なら私も一緒にいるよ。後の鶴海さんと高部さんは明日早めに練習を指導してほしい。それで良いかな?」

 高部と鶴海は頷いてそのまま帰宅した。山本と守山は担当医師の片山が言っていた仮眠室へ向かう。

 いつもなら練習して寝るのがルーティーンだけど練習しようと思えなかった。

 2人は前宮の意識が回復するまで1日病院で泊まる事にした。山本の目と制服は涙で濡れている事に守山は気づき、持っていたタオルできれいにした。その行動は、前宮の回復と体育祭への参加をまだ諦めていないようにも見える。
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