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1話:音楽を好む若き医療人

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 桜咲く季節。出会いと別れの季節に、1人の男がキャリーバックを転がして歩く。

「ウィーンで音楽を楽しんで日本へ帰国…でもこう見えて医療従事者だから、本当に僕は変な人だよな…」

 彼の名前は、多田野克己。クラシック音楽が趣味で、ピアノもピカイチ。音楽を学びながら、臨床工学技士の資格を持つ大卒で仕事柄もクラシックを交えながら指示を行う凄腕技士だ。しかし、彼の悪いところは全ての医療説明にクラシック音楽を流すという謎の異端者でもある。

 そんな彼が向かう病院は、日本でもずば抜けて最高かつ最先端の西本大学病院だ。ノーベル賞を獲得した教授も多く、世界の最先端医療が出入りする。言ってしまえば、最新医療の先駆病院ってとこだ。

「君が多田野先生ですか?」

「はい。その通りですが、あなたは?」

「西本大学病院、病院長の勝野工樹と言います。専門は外科ですが全て良い状態に使えるように管理していますので思い通りに使用してもらえると嬉しい」

 彼の名は勝野工樹。医学部1発合格に留まらず、医師免許国家試験も1発合格とストレート。外科医として、主に心臓血管外科を行なっている。閉鎖不全症や不整脈を見破り、治療方針を固める早さに敬意を持ってハートセーバーと称されている、

「お会いでき光栄です勝野先生。先生のご活躍は、私が住んでいたウィーンでも耳にしておりました。宜しくお願いしますね」

 固い握手を交わす。臨床工学技士はそんな心臓血管外科にて行われる手術で、人工心肺を使用することが多い。勝野は腕の良い臨床工学技士を探した結果、多田野克己に白羽の矢が立った。そんな多田野も音楽ばかり嗜んでいたわけではない。臨床工学技士としての腕は間違いなく、術野を全て把握した上で手術の手順と起こりうるトラブル、機械トラブルに対する冷静な対応も出来る。アメリカでも人工心肺のみを専門とする臨床工学技士が存在するものも、そのアメリカ人も認めるほどの腕だ。

 多田野は、大学病院の中にある医療工学室へ向かう。そこには心電図や除細動器などの医療機器が全て揃っている。ただ、手術に使う機械は手術室に設置されているのでその機械の点検などは早朝に行われる。医療工学室には多くの臨床工学技士がいる中、数名ほど見慣れない服を着た若い男女が5人いた。よく見ると、名札には実習生と刻まれている。

「君たちは実習生なんだね。懐かしいなぁ…」

「はい、えっと…あなたが多田野先生ですね。指導をして下さると技師長から聞いています」

 キョトンとなった多田野。しかし、目をキラキラさせて見るその姿は新しいラジコンを手にした少年のよう。

「とりあえず、承知した。僕も初めてだから技士長に挨拶したいんだが…」

 会話をする中、勝野院長と話をする1人の女工学技師がいた。多田野は明らかにオーラが違うと察したのか、仰反るようにして道を開ける。

「あなたが多田野先生ですね。初めまして。西本大学病院臨床工学技士で当病院の技士長を勤めています椎野希美と言います。先生の活躍は前々から雑誌などで聞いてました。どうぞよろしくお願いします」

 彼女の名前は椎野希美。西本大学病院の技士長を勤めている若き女臨床工学技士だ。機械の扱いはともかく、人工心肺や血液透析などあらゆる分野において信頼を得ている。

「実習生の皆さん!今日からキツい仕事になりますが、ちゃんとついて来てくださいね。分からないことがあったら多田野先生か私など色んな人に聞いて知識を養って未来の素晴らしい医療人として活躍してくださいね」

 多田野は椎野の言葉を他所に、頭の中で音楽を奏でる。それはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ 第5番《春》というものだ。

「先生?大丈夫ですか?ぼーっとしてたらダメですよ」

「ん?すまない…椎野先生。新天地だから脳内で個人的に好きな曲を奏でていたもので」

 実習生はドン引きする。何故今?という反応になり、椎野も口が開きっぱなし。

「なるほど…これが噂のクラシックエンジニアという異名の由来ですか」

 実習生は更に混乱する。クラシックエンジニアって何なの?なぜ多田野先生は音楽を関係ない時に脳内で奏でてたの?という疑問が泡のように浮かび上がる。

「あの…椎野先生。クラシックエンジニアというのは何でしょうか?」

「ん?多田野先生はここへ来る前はウィーンにいたの。音楽の都とも言われているから、そこで趣味の音楽を聴いて学んでいらっしゃるわけ。ちょっと変化もしれないけど、何か宇宙人みたいなこと言い出したら私に報告してね。私がポカンっと頭を叩くから」

 実習生はクスッと笑う。多田野は自分のした事がなぜ不思議がられるのか、理解に苦しむ。
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