11 / 25
【11話】クルダール王国を襲う異常 ※ヴィルテ視点
しおりを挟むクルダール王国王都にある、王国兵士の駐屯所。
そこには今、他国との戦闘で負傷した五百人以上の王国兵が収容されている。
悲痛な呻き声と泣き叫ぶ声が飛び交う様子は、まさに地獄と化していた。
そんな中、一人の少女が負傷兵に治癒魔法をかけて回っている。
彼女はマリアの代わりに、新たに聖女としてクルダール王国に仕え始めた者だ。
そんな時、大きな怒号が駐屯所に響く。
「まだ半分も終わっていないじゃないか! この無能!」
声を荒げたのはヴィルテだった。
「もう三時間だぞ! それなのに、どうしてまだ終わらないんだよ! 手を抜いているんじゃないのか!」
聖女になって間もないので、大目に見てやったらこうだ。
彼女の無能ぶりに、腹が立ってしょうがない。
「そんなことはございません。私は一生懸命やっております」
「嘘をつけ! 前の聖女なら一時間もあれば全て終わっていた!」
「それは、そのお方の力が飛び抜けて優秀だっただけではないでしょうか。一時間でこの数の負傷者に治癒魔法をかけるのは、とても私には無理です」
「何だって……! たかが聖女の分際で僕に意見するのかい! 王子であるこの僕に!」
拳を固く握り、強く睨みつける。
顔を青ざめた少女は、慌てて謝罪。
負傷兵に治癒魔法をかける仕事に戻る。
「そうだ。僕の言いつけ通り、黙って手を動かせばいいんだよ」
フンと鼻を鳴らし、ヴィルテは駐屯所を出て行った。
仕事はできないが、マリアに比べればまだ素直だ。
言いたいことは山ほどあるが、その素直さに免じて今回はこれぐらいにしてやることにした。
王宮にある私室に戻るなり、白い髭を生やした初老の男性が神妙な面持ちで部屋を訪ねてきた。
彼は、ヴィルテの側近をしているルドルフだ。
何やら、急ぎ報告したいことがあるという。
今はとても報告を聞く気分になれないが、ルドルフとは長い付き合いだ。
まったく気乗りはしないが、ヴィルテは話を聞くことにした。
「先ほど、南の街ペルクトが多数の魔物に襲撃を受けました。南方軍はこれに応戦し、一時的な撃退に成功。されど被害は甚大です。魔物による再度の襲撃がいつあってもおかしくない状況で、南方軍は事実上の壊滅状態となっております。いかがされますか?」
近頃、クルダール王国を襲撃する魔物の数が急増している。
これまでは魔物による被害がほとんど無かったというのに、なぜか急に増え出したのだ。
「王都から南方軍に兵を送るんだ。今すぐに」
「お言葉ながら、それは難しいかと思われます。他所に兵を送るだけの余裕が、今の王都にはございません」
「まぁ、そうだよね」
連日の魔物による被害は、王国兵に大きな恐怖心を植え付けた。
その結果、王国兵を辞する者が毎日大量発生するという由々しき事態を招いている。
王都に駐在している王国兵は、この一か月だけで約三割も減少していた。
地方に兵を送ることで王都の守りが手薄になると、魔物襲撃の際に対処ができなくなる。
最悪、地方は捨てることになっても構わないが、自らが住まうこの王都だけは、何としても死守してもらわなければならない。
「王都の兵をこれ以上手薄にはできないし、うーん……東西北、他の地方軍から兵は送れないの?」
「……難しいですね。王都と同様、兵の数に余裕がありませんから」
「そうか。それじゃあ仕方ない、南方は放棄しようか。残っている住民は魔物のエサになるけど、仕方ないよね。これも王都を守るためだ」
「はい。気の毒ですが、運がなかったと思ってもらいましょう」
白い髭をさすりながら、ルドルフはニヤリと笑った。
方針が決まったことで、彼は部屋を出て行った。
一人になったヴィルテは、大きく舌打ちをする。
「あの女だ……。マリアを追放してから全てがおかしくなったんだ」
魔物の被害が増加し始めたのは、三か月前。
王子であるヴィルテに敬意を払わず失礼な態度を取っていた目障りな元婚約者、マリアを排除した直後からだ。
(今起きている異常事態と、マリアを追放したこと。その二つに、何かしらの関係があるのだとしたら……)
嫌な想像が頭の中に浮かんでしまう。
冷たい汗が、ヴィルテの背筋を流れる。
もしその想像通りならば、マリアが王国に戻ってくることでこの異常事態が丸く治まるのかもしれない。
しかし、それはできない。
王都から追放したあの日。
モンスターフォレストの中心部でマリアを降ろすように、と御者にはそんな指示を出した。
危険な魔物が蔓延る地で降ろされたのだから、とっくに襲われているはず。
もうこの世にいないだろう。
(だとしたら、これは僕のせいなのか?)
「ははは、まさかね。それは考え過ぎだ。そんなことあるはずがない」
浮かんでしまった嫌な想像をかき消したくて、大きな笑い声を上げる。
「僕は悪くない、僕は悪くない、僕は――」
何度も何度も何度も。
自分に言い聞かせるように、ヴィルテはその言葉を繰り返した。
480
お気に入りに追加
946
あなたにおすすめの小説
【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。
佳
ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。
呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。
そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。
異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。
パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画!
異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。
※他サイトにも掲載中。
※基本は異世界ファンタジーです。
※恋愛要素もガッツリ入ります。
※シリアスとは無縁です。
※第二章構想中!
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
一人暮らしのおばさん薬師を黒髪の青年は崇めたてる
朝山みどり
ファンタジー
冤罪で辺境に追放された元聖女。のんびりまったり平和に暮らしていたが、過去が彼女の生活を壊そうとしてきた。
彼女を慕う青年はこっそり彼女を守り続ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる