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【2話】力試し
しおりを挟む「何だよその反応は……。もしかして、国外追放の意味が分かっていないのかな」
怪訝そうに顔をしかめるヴィルテ。
しかし彼の声は、マリアに届いていない。
マリアは今、それどころじゃなかったのだ。
(これで私は自由よ! 地獄のような日々から、やっと解放されるのね!)
聖女の仕事は非常に多い。
主な仕事は、他国との戦闘で負傷した王国兵に治癒魔法をかけること。
それに、定期的に教会を訪れて怪我をしている国民に治癒魔法をかけたり、悩みを聞いたりしなければならない。
その他にも、まだまだ色々と雑多な仕事がある。
仕事が忙しくて、まともに睡眠時間が取れないのは当たり前。
何度も何度も辞めたいと思うことはあったが、その度に、これが自分に課された使命、と言い聞かせてきた。
王国と国民のために、毎日毎日必死に身を粉にして働いてきた。
しかし、マリアに対する扱いは酷かった。
聖女は何でもできる。王国と国民に仕えることが、何よりの喜びであり生き甲斐。
ヴィルテも王国兵も国民も、みんなそう思っていたのだろう。
『聖女なのに、どうして治せないんだ! この役立たず!』
『俺らケガ人を治すのがお前の生き甲斐なんだろ! だったら無償でやれよ!』
こんな罵倒が日常茶飯事だった一方で、感謝の言葉を貰ったことは一度もなかった。
そんな毎日が嫌になったからこそ、マリアは聖女の杖を叩きつけたのだ。
聖女なんてもう二度とやりたくない。
「まぁいいや。追放する日は、また追って伝えるよ。いつでも出られるように、荷物をまとめておいてね。それじゃ、僕はこれで失礼するよ。これ以上君に構っていると、時間がもったいないからね」
最後にフンと鼻を鳴らし、ヴィルテは部屋を出て行った。
ベッドから降りたマリアは、スーパーハイテンション状態。
「ふんふんふーん」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、ウキウキ気分で荷造りに取りかかる。
その姿は、遠足の準備をする子どもさながらだった。
******
婚約破棄を言い渡されてから数日が経ったある日。
クルダール王国から、マリアが追放される日になった。
リトラーデ邸の外に止まっている、赤色の馬車。
これに乗り、国外まで追放されるという手筈になっている。
どこで降ろされるかは聞いていないが、マリアは特に気にしていなかった。
この国から出られるなら、どこでも良かったのだ。
見送りには誰も来ていない。
両親は幼い頃に流行り病で亡くなっているし、わざわざ見送りに来てくれるような仲の良い使用人もいなかった。
思い出がない分、寂しいという気持ちはこれっぽちも湧かなかった。
「ほら、早く乗れ」
髭を生やしたぶっきらぼうな御者が、馬車の中にマリアを押し込む。
犯罪者を扱うような乱暴な態度だ。
窓は黒い布で塞がれていて、外が見えないようになっている。
ヴィルテの嫌がらせだろうか。
(下らないことするわね)
子供じみた行為に呆れ、ため息を吐くマリア。
横長のソファーにぽつんと座る。
「出るぞ」
バチン、と鞭の音が響く。
ガタガタと揺れながら、赤い馬車は動き出した。
動き出してから、数時間が経った頃だろうか。
馬車の動きが止まった。
「降りろ」
御者の声が聞こえてきた。
その指示に従い、マリアは外に降りる。
足元に散らばるのは、緑の落ち葉。
周囲に広がるのは、鬱蒼とした大きな木々。
馬車が停まった場所は、どこかの森の中のようだ。
「どこよここ?」
「ここは泣く子も黙るモンスターフォレストさ。どんな場所かくらいは、あんたも聞いたことがあるだろう?」
馬に跨った御者がニヤリと笑みを浮かべる。
クルダール王国と、隣国であるリグダード王国の境界に立つ、巨大な森。
それがここ、モンスターフォレストだ。
名前の通り、この森は魔物の群生地になっている。
端の方は弱小な魔物しか出ないので比較的安全だが、中心部にいけばいくほどその危険度は跳ね上がると言われている。
「『モンスターフォレストの中心部で降ろせ』、そういう指示なんだ。恨むなら俺じゃなくて、第一王子を恨むんだな。あばよ、哀れな元聖女様!」
ガハハ、と笑い声を上げる御者。強めの鞭を馬に入れる。
鳴き声を上げた馬に引きずられた馬車は、勢いよく走り去っていった。
「つまりヴィルテは、私を殺そうとしたのね」
魔物が出没する危険な場所に、マリアはポツンと残される。
普通なら絶望して泣き叫ぶような状況だが、彼女は笑みを浮かべていた。
(力を試すのに、もってこいの場所だわ!)
奏の夢を叶えるには、これから数多くの相手と戦うことになる。
そのためにも、与えられた力がどの程度なのかを、マリアは知っておきたかった。
「とりあえず……えいっ!」
力試しといっても、具体的にどうするかは決まっていなかった。
すぐ横に生えている自分の何百倍も歳を重ねていそうな大木を、あまり深く考えずに殴ってみる。
マリア五人分ほどはあろうかという超極太の幹に拳が触れたとたん、雷が落ちたような爆音が森に響いた。
バキバキという大きな断裂音を上げながら、大木がゆっくり倒れていく。
倒れていく大木を、マリアはポカンと見ていた。
(嘘でしょ……。これ、私がやったの?)
マリアは元々、とても非力な少女だった。
それが、軽く殴っただけでとてつもない破壊力。別人にでもなってしまったかのような気分だ。
(私、何だかすごい力を貰っちゃったみたいね)
それが分かった瞬間、腹の底からぐーっと快感が込み上げてくる。
「ふふっ、たまらないわね」
力に酔うというのは初めてだが、これがまたなんとも気持ち良い。
もっとこの力を試したくてたまらなくなる。
更なる力試しの場を望むマリアの前に、小柄な魔物が十匹ほど現れた。
緑色の体表に、ピンと尖った耳。
ゴブリンと言われている魔物だ。
危険度はかなり低く、剣を持ってすぐの人間でも倒すことができるとされている。
練習台にはもってこいの相手だろう。
(なんてツイているのかしら!)
「悪いけど、私の練習に付き合ってもらうわよ!」
地面を軽く蹴ったマリアは、一瞬でゴブリンの目の前まで移動。
胸部に向けて、軽めのパンチを放つ。
吹き飛んだゴブリンは、背後にある木に衝突。
たったその一撃だけで、生命活動が停止した。
別のゴブリン二体が尖った爪を突き立てて、正面から同時攻撃を仕掛けてくる。
なかなかに素早い攻撃なのだろうが、マリアからすれば止まっているようにしか見えない。
余裕を持って躱し、それぞれのゴブリンの背中にエルボーを食らわせる。
地面に叩きつけられた二体のゴブリンは、ピクリとも動かなくなった。
(なんて楽しいのかしら!)
自分の拳で相手を倒す、その感触がたまらなく気持ちいい。
「さぁ、次は誰が来るの!」
残りのゴブリンたちに向け、満面の笑みを浮かべるマリア。
次の挑戦者を心待ちにしている。
しかし、誰も挑んでこない。
それどころか、ゴブリンたちは慌てて逃げ去っていってしまった。
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