上 下
13 / 18

【13話】これは愛の無い契約結婚。それなのに……

しおりを挟む

 フィロエの元を去った二人は、ブルーブラッド邸へと帰る馬車に揺られていた。
 
「すまなかった」

 アリシアの対面に座るルシルが、謝罪の言葉を口にした。
 
「フィロエの件は、過去の俺の行動が原因だ。それに君を巻き込んでしまった」
「謝らないでください!」

 満面の笑みを浮かべるアリシアへ、驚いた表情をみせたルシル。
 パチパチとまばたきをした。
 
「あんなに怒ったルシル様を、私は初めて見ました」
「すまない。怖がらせてしまったか……」
「正直言うと、少しだけ」

 小さく笑みを浮かべる。
 
 あの時のルシルは、迫力満点だった。
 フィロエが恐怖で震えていたのも頷ける。
 
「でも、あんなに怒ってくれたのは私のためですよね?」
「……ああ。君を侮辱されるのが、どうしても許せなかった」
「私はそれがとても嬉しかったんです! 私のことを大切に思ってくれているというのを、いっぱいに感じました! あの時のルシル様、とってもかっこよくて――っ!」

 惚れちゃいました――そう口にする直前で、とっさに両手で口を塞ぐ。
 
(バカバカバカ! なんてこと口走っているのよ私!)

 嬉しさのあまり興奮して、思っている気持ちをペラペラと口に出してしまった。
 
 その気持ちは、許されないことだ。
 
 この結婚は契約結婚。
 恋愛感情を持つことは、契約で禁じられている。
 
 契約違反となればこの契約結婚は終了し、フィスローグ家に返されてしまうかもしれない。
 
(そんなのは絶対に嫌よ!)

 意地悪な人しかいないあの家には、もう戻りたくない。
 
 でも、一番の理由はそれじゃない。
 アリシアは、ルシルのもとから離れたくなかった。
 
 アリシアを気遣ってくれる、思いやりに溢れるルシル。
 隣にいるだけで、心が温かくなるの感じる。
 
 そんな彼の近くにずっといたい。
 そのためにアリシアは、自分の気持ちに蓋をしなければならないのだ。
 
 
 アリシアの対面に座るルシルの心臓は、大きく脈打っていた。
 今にも破裂しそうになっている。
 
 ルシルの行動がとても嬉しかった――そう言ってくれたアリシアに、熱い気持ちを抱いていた。
 
(俺はアリシアのことが好きだ)

 ルシルは今、ハッキリと気持ちを自覚した。
 
 相手のために行動できる彼女。
 ルシルのことを気遣ってくれる彼女。
 朗らかに笑う彼女。
 
 そんな彼女のことを、いつの間にか好きになっていた。
 
 だがこれは、許されない恋だ。
 互いに恋愛感情を持たない。
 そういう契約の元、アリシアとは結婚している。
 
 ルシルが抱いている感情は、完全なる契約違反だ。
 
(いや、待て。君を好きになったから、契約内容を変えさせて欲しい。そう提案してみたらどうだろうか)

 互いに恋愛感情を持たない、という部分を取り消せば契約違反にはならないだろう。
 そう考えたルシルは、さっそく実行に移す。
 
「アリシア、君に言いたいことがある」
「はい」
「実は君のことを――」

 好きになってしまった、そう言う前にルシルは言葉を切った。
 この提案がとてつもないリスクを背負っていることに、気づいてしまったのだ。
 
 愛の無い契約結婚ということを初めから承知で、アリシアは嫁いできた。
 ということは、恋愛感情というものを嫌っている可能性がある。
 
 もしそうであれば、この気持ちを伝える訳にはいかない。
 好きだ、と言ったらアリシアから嫌悪されてしまうだろう。
 
 彼女に嫌われ距離を置かれてしまったら、立ち直れる気がしない。
 そんな事態になることだけは、絶対に避けなれければならない。
 
(もう少し慎重に動くべきかもしれないな……)

 はやる気持ちに蓋をすることをルシルは決めた。
 
「いや、なんでもない。今の話は忘れてくれ」
「……分かりました」

 怪訝な顔をしているアリシアに悟られないよう、ルシルは小さくため息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の薬師は隣国の王太子に溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
一部の界隈でそれなりに有名だった薬師のアラーシャは、隣国に招かれることになった。 隣国の第二王子は、謎の現象によって石のように固まっており、それはいかなる魔法でも治すことができないものだった。 アラーシャは、薬師としての知識を総動員して、第二王子を救った。 すると、その国の第一王子であるギルーゼから求婚された。 彼は、弟を救ったアラーシャに深く感謝し、同時に愛情を抱いたというのだ。 一村娘でしかないアラーシャは、その求婚をとても受け止め切れなかった。 しかし、ギルーゼによって外堀りは埋められていき、彼からの愛情に段々と絆されていった。 こうしてアラーシャは、第一王子の妻となる決意を固め始めるのだった。

花冠の聖女は王子に愛を歌う

星名柚花
恋愛
『この国で一番の歌姫を第二王子の妃として迎える』 国王の宣言により、孤児だった平民のリナリアはチェルミット男爵に引き取られ、地獄のような淑女教育と歌のレッスンを受けた。 しかし、必死の努力も空しく、毒を飲まされて妃選考会に落ちてしまう。 期待外れだったと罵られ、家を追い出されたリナリアは、ウサギに似た魔物アルルと旅を始める。 選考会で親しくなった公爵令嬢エルザを訪ねると、エルザはアルルの耳飾りを見てびっくり仰天。 「それは王家の宝石よ!!」 …え、アルルが王子だなんて聞いてないんですけど? ※他サイトにも投稿しています。

王女の影武者として隣国に嫁いだ私は、何故か王子に溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
王女アルネシアの影武者である私は、隣国の王子ドルクス様の元に嫁ぐことになった。 私の正体は、すぐにばれることになった。ドルクス様は、人の心を読む力を持っていたからである。 しかし、両国の間で争いが起きるのを危惧した彼は、私の正体を父親である国王に言わなかった。それどころか、私と夫婦として過ごし始めたのである。 しかも、彼は何故か私のことをひどく気遣ってくれた。どうして彼がそこまでしてくれるのかまったくわからない私は、ただ困惑しながら彼との生活を送るのだった。

溺愛されている妹の高慢な態度を注意したら、冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになりました。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナフィリアは、妹であるレフーナに辟易としていた。 両親に溺愛されて育ってきた彼女は、他者を見下すわがままな娘に育っており、その相手にラナフィリアは疲れ果てていたのだ。 ある時、レフーナは晩餐会にてとある令嬢のことを罵倒した。 そんな妹の高慢なる態度に限界を感じたラナフィリアは、レフーナを諫めることにした。 だが、レフーナはそれに激昂した。 彼女にとって、自分に従うだけだった姉からの反抗は許せないことだったのだ。 その結果、ラナフィリアは冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになった。 姉が不幸になるように、レフーナが両親に提言したからである。 しかし、ラナフィリアが嫁ぐことになった辺境伯ガルラントは、噂とは異なる人物だった。 戦士であるため、敵に対して冷血ではあるが、それ以外の人物に対して紳士的で誠実な人物だったのだ。 こうして、レフーナの目論見は外れ、ラナフェリアは辺境で穏やかな生活を送るのだった。

仕事ができないと王宮を追放されましたが、実は豊穣の加護で王国の財政を回していた私。王国の破滅が残念でなりません

新野乃花(大舟)
恋愛
ミリアは王国の財政を一任されていたものの、国王の無茶な要求を叶えられないことを理由に無能の烙印を押され、挙句王宮を追放されてしまう。…しかし、彼女は豊穣の加護を有しており、その力でかろうじて王国は財政的破綻を免れていた。…しかし彼女が王宮を去った今、ついに王国崩壊の時が着々と訪れつつあった…。 ※カクヨムにも投稿しています! ※アルファポリスには以前、短いSSとして投稿していたものです!

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

【短編】妹は私の物を欲しがる。でしたらどうぞ奪って。このゲスな婚約者を

サバゴロ
恋愛
幼い頃から、病弱な妹はなんでも私の物を欲しがる。人形も、ドレスも、婚約者も。なのに奪った後、大切にしない。お父様はそんな妹を叱りもしない。もういいわ。そんなに欲しいなら、新しい婚約者もあげる。でもね。幸せになるのは、妹と私どちらかしら?

処理中です...