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試合放棄

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ナンシー目線です。


 準決勝第1試合に出場しているあの剣士、あの背恰好にあの太刀筋、まさかお兄様?
 いいえ、仮面を着けていようと私がお兄様の太刀筋を見誤る筈はございません。あの準決勝の第1試合で一方的に打ち込んでいる剣士は私の実兄、オリバー=ハーディングで間違いありません。
 
 お兄様が何故ここに?

 そしてもう一つ問題がございます。
 お兄様がここに居るという事はまさか、準決勝の第2試合での私の対戦相手はジョージ様?
 お兄様が行動を伴にするあの背恰好の殿方はジョージ様以外に考えられません。お兄様はジョージ様の護衛を勤めておりますので間違いは無いでしょう。
 そうなりますと、ここに来たのはジョージ様の御意志に違い有りません。

 まさか若女将を探しに?

 そうとしか考えられません。
 でもいくら考えてもその理由が思い付きません。もしかしたら旦那様や奥様に若女将でなければ治せない病気や怪我が有ったのでしょうか?
 それともヒュンダルン王国に再び結界を張れと仰るのでしょうか?
 何れにしてもやっと得た平穏な暮らしです。若女将を再びヒュンダルン王国になど行かせてはなりません。

「シンシア、ケイト、ちょっといらっしゃい」

 私は決心しました。そしてその為に2人を呼び寄せると、人の目に付かない物陰に向かいました。

「話し掛けるなって言っていたのにどうしましたか?」

「事情が変わったの。私は次の準決勝を辞退します。それを運営に伝えてきて」

 言いながら全身を覆っていたマントを脱ぎ捨て、仮面を外します。その瞬間一気に開放感に襲われました。

「ふぅ」

 思わず一息付いた私とは対象的にシンシアとケイトは呆気に取られています。

「そしてすぐに『一角竜』に戻るわよ」

「ナンシーさん、どうしてですか?」
「理由を教えて下さい」

「試合放棄の理由? それともすぐに帰る理由?」

「「両方です!」」

 難しいですね。まず辞退の理由ですが、お暇を頂戴したとは言え主家の若様であるジョージ様に刃を向けるなど有り得ません。それが木剣であったとしても。
 それに私がお兄様を判った様に、私が剣を触ればお兄様も私の事が判ると思われます。
 それは避けなければなりません。
 次にすぐに帰る理由ですが、顔を知られている私がここに居るとその時間に比例して見付かる可能性が高くなります。避けられるリスクは避けるべきですね。それにこの事を若女将に伝えて念の為に警戒しなければ。
 以上の事から本当の理由を教える訳にはいきません。両方とも。
 
「もうすぐこの収穫祭も終わるわ。そうすると『一角竜』から来ているお客様もお帰りになられるでしょ。若女将御一人で全てのお客様のお相手をしろと?」

 咄嗟に考えた割には理に適っていると思います。我ながら。

「私達はお客様が『一角竜』に到着される時には万全の状態でお迎えしなければならないのよ。運営に伝える理由は、「急用を思い出した」で通しなさい。さぁ、判ったら早くなさい!」

「はい」

 渋々といった感じでしたが2人はマントと仮面、そして木剣を返しに行きました。
 さぁ、早く帰らなければなりません。
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