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料理長

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 このままお客様が少ないままでは『一角竜』の経営は厳しい。元々薄利多売で成り立っているからこの状況のままでは本当に経営危機だわ。

「若女将、ちょっといいかな?」
 
 お客様の来ないフロントに料理長シェフが難しい顔をしてやって来たわ。体格の良いおじいちゃんだけど腕は確かな料理長、何だか嫌な予感がするわ。

「実は若女将、ウ~ン…」

 とても言いにくそうだわ。何かしら?

「どうかしたの?」

「実は若女将、暇乞いに来たんだ」

「えっ!」

 暇乞いって辞めるって事よね? 嘘でしょう!

「ちょっと待って、どうしてなの?」

 料理長に居なくなられたらお料理が出せない。そうなると宿屋として立ち行かなくなるわ。
 確かに休みは少ないけれど身体の疲れはお湯で取れている筈だし、その分の給料は出しているつもりよ。
 
「実は若女将、俺も年を取った。ここいらで倅の所にでも行こうかと思ってな」

「そんなぁ」

 確かに料理長はそれなりに年齢を重ねているわ。離れて暮らしている息子さんの事を言われたらどうしようも無い。そんな理由じゃ引き留められないじゃない。

「料理長、息子さんは何処に?」

「隣国のヒュンダルン王国だ。倅も料理人をしているんだがな、もう20年も会っていない」

「20年も?」

 20年って私の実年齢以上の年月だ。それを今更?

「若女将は流れ板だった俺の過去を聞かなかったよな?」

 流れ板とは1箇所に留まらない料理人の事だ。私も自分の過去について語れないから他人の過去も聞かない事にしているの。
 それが料理長には居心地の良い環境だったみたい。

「これでも昔は結構な評判店の料理長だったんだぜ。倅も弟子の1人として育てたつもりだった」

 そう。私も昔は居酒屋の娘で、侯爵令嬢で、王太子の婚約者の聖女だったから口はかなり肥えていると思うの。その私からしても料理長の腕がかなりのレベルなのは判るわ。
 だから料理長になってもらったんだけど。

「それがどうして流れ板に?」

「倅がウエイトレスと駆け落ちしやがった」

「駆け落ち?」

「半人前のくせに女にうつつを抜かしやがるから仲を認めなかったら駆け落ちしやがった」

 恋に落ちたら何にも見えなくなるからね。私は経験無いけど。

「それで何で料理長が流れ板に? 息子さんを探す為なの?」

「いや。ある時1人になって思ったんだよ。倅や他の弟子に俺の価値観を押し付け過ぎていたんじゃないかってな。それで俺自身が人間として修行しようかと思ってな」

「それで」

 その年で修行の為に流浪の料理人になったのね。

「息子さんとは音信不通じゃなかったの?」

「倅から、って言うか一緒に駆け落ちした女から10年前に手紙が来てな。それ以来定期的に手紙が前に居た店に届いてんだよ」

「出来たお嫁さんね。手紙は前に居た店に届いたんでしょ? どうしてその手紙を受け取れたの?」

「前に居た店の料理長が俺の弟子でな、偶に立ち寄った時に手紙を渡してくれるんだよ」

「良かったじゃない!」

「ああ。手紙には店を夫婦でやっていてな、子供が出来たって書いてあったんだ」

「あら、お孫さんね」

「ああ。男と女が2人ずつ。この俺に孫が4人もいるんだよ若女将」

 孫の話になったら料理長の目尻がトロンと下がったわ。

「こう言っちゃ悪いが最近、お客さんが少なくなって出す料理も減ったろ。ふと考える時間が増えてな、倅夫婦と孫に会いたくなっちまった」

 この頑固な料理長にこうさせるなんて、孫って本当に凄い効果ね。


「でも料理長、言っちゃ何だけど頑固よね? 素直に会える?」

「俺が思うのもそこなんだよ。俺が頑固なのは判っているんだがな。若女将、何とかならねぇか?」

 なる訳が無いでしょ。聖女の能力じゃ頑固な性格までは治らないわよ!
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