上 下
28 / 54

シンシア、フロントに立つ

しおりを挟む
 私、シンシアと妹のケイトが温泉宿、『一角竜』のお世話になって早くも2ヶ月が経った。
 ゴブリンに切断されて持ち去られた私の腕を探す為の費用、200万サートゥルは全て借金。その借金返済の為のご奉公だけど、居心地は悪くない。
 いえ、寧ろ最高!
 日の出の少し前に起き、手早く身支度を整えたらお客様の朝食の準備に取り掛かる。
 バイキング形式の朝食では私達に出来る事は限られているけれど、量の減った料理を厨房に伝えて鍋の入れ替え、新しいお皿を用意したり、食べ終わったお皿を片付けてテーブルを拭いて次のお客様のご案内等で朝食会場は忙しい。
 でも厨房はもっと忙しい!
 朝は料理長とナンシーさんの2人で回しているけれど2人共、手の動きが人間業じゃないの!
 料理長の鍋の振り方も豪快で凄いけど、ナンシーさんは超人的よ!
 どんな食材でもナンシーさんの手に掛かればあっと言う間に、肉でも野菜でも魚でもキレイに切り揃えられてしまう。どんな事をすればあんな包丁捌きが出来るのかしら?

 一方で若女将はその頃にはチェックアウトされるお客様に備えて受付に陣取っている。
 これは、「若女将に見送られると何となく調子が良い」と仰られるお客様が多数いらっしゃるからだ。
 若女将って30歳なのに見た目は10代後半にしか見えないから、若い冒険者のお客様から人気が有る。
 そんな若女将はチェックアウト以外にも連泊されてるお客様からお部屋の鍵をお預かりしている。
 これはダンジョンや魔の大樹海で鍵を落とされたら大変だからだそうで,鍵の弁償はもちろん、交換費用と部屋を使えない間の料金を支払わなければならないのだ。結構な金額になるみたい。
 魔の大樹海と言えば、ゴブリンに持ち去られた私の腕を冒険者の方が持ち帰ってくれてから、どういう理由か魔物が姿を消しているらしい。  

「ここにはレベルアップに来たんだ!」

 と言っていた初級冒険者のお客様が、私達が『一角竜』で働き出した直後に連泊した。

「今日は出なかった。浅い所じゃ駄目だ、明日は俺達のレベルの遥か上の冒険者じゃなきゃ入れない深みに行こう!」

 出発前にはこんな事を言っていたのに、本当に1匹の魔物も居なかったみたい。魔の大樹海なのにどうしたのかしら?

「かなり深く魔の大樹海に入ったのに魔物が全然居ない!」
「これじゃ何をしに来たんだか判らない!」

 魔の大樹海でハイキングをしただけになった初級冒険者はレベルアップが出来ないまま所持金が尽きて、こう叫んで帰って行ったわ。
 魔物を狩ってお金にするつもりだったのね。
 私の鑑定の初仕事は、当てにしていた魔物が出なくてお金が足りなくなった冒険者の身包み剥いでの鑑定だったわ。
 
「初級冒険者にしてはかなり高い装備ですね」

 思わず声に漏れる。この防具なら私も腕を切られる事も無かったんじゃないかしら。

「シンシア、私はナンシーと村の集まりに行って来るから、チェックインお願い!」

「畏まりました、若女将!」

「ホーナーも近くに居るから大丈夫だと思うけど、しつこいお客様には反撃していいからね!」

 私達姉妹はナンシーさんに指導を受けて、2ヶ月前より格段に強くなっている。
 剣士を目指していた妹のケイトはナンシーさんを崇拝している。尊敬ではない、崇拝だ!
 私は魔法を多少は使えるので、魔法を活かす剣技を習っている。
 もっともナンシーさんに言わせれば私達は全然で、「間違っても私に習ったなんて言わないで」ときつく言われている。
 

◯▲△



「すまないが人を探している」

 冒険者ではない、もっと身なりの良い若い紳士と部下って感じの2人組がカウンター越しに声を掛けて来たわ。
 それにしてもこの若い紳士、こんなに凛々しい方は見た事がないわ!
 まるで物語の貴公子みたい!

「いらっしゃいませ。2名様でしょうか?」

 声に自然と力が入っちゃうわ。

「いや、客じゃないんだ。ここにスカーレット、又はサラって名前の女性は居ないか?」

「スカーレットかサラという女性ですか?」

 なんだ、女を探しているのか。ちょっと残念。

「年齢は18歳になっている筈で、亜麻色の髪だ!」

 亜麻色の髪なら1人だけ居るけど。

「亜麻色の髪でしたら、若女将が亜麻色の髪ですけれど」

「それだ!」

「若女将は30歳ですし、名前も違います。若女将の名前はエマです」

「30歳?」

 若女将の年齢を聞くとその若い紳士は驚き、その後は明らかに落胆している。

「そうか、すまない。邪魔をして」

「いえ。あの、差し障り無ければその方はどういう方ですか?」

「妹なんだ。それじゃ邪魔したね」

「あの、お泊りは?」

「まだ明るい。先を急ぐから失礼するよ」

 そう言い残してさっと出て行ってしまった。
 あの紳士、妹さんが見つかれば良いのだけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

処理中です...