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加減は難しい

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「若女将!」

「ゴブリンロード!」

 確かに一瞬は驚いたわ。だけどまぁ、こう言っては悪いけどロードとは言え所詮はゴブリン。聖女である私をどうこう出来る訳もない。

「我に仇なす魔の物よ、滅せよ!」

 これは魔物を前にして結界を張る時にいつも呟く言葉。詠唱とは言えない位に短くて単純。だってこれもオリジナルだもん。
 でも結果的に結界は張れているから間違ってないと思うの。
 聖女の術って私以外に誰も出来ないから、誰も教えてはくれなかった。って言うか教えようが無いわよね!
 逆に教えられたら、それはそれで凄いけど。
 だから私が使う聖女の能力は全て私が手探りで作ったオリジナルなの。
 
「若女将、もう大丈夫です!」

 ナンシーが叫んでいる。
 それを聞いて私は結界を引っ込める。尤も私が張った結界が本当に結界と呼べるのかも、先述の理由で判っていない。
 やはり誰も知らなかったし、他の聖女が張る結界を見た事が無かったからね。今現在、世界中で聖女って私だけの筈だから。
 尤も元なんだけど

「あの若女将、今の結界は強力でした。もう少し出力を抑えても良かったのでは?」

「ゴメン。咄嗟だったからつい本気でやっちゃった!久し振りだとコントロール難しかったわ!」

 かつて隣国では国中で結界を張っていた私だ。結界を制御出来なかったので弱い魔物は漏れなく消滅して、強い魔物もこの周辺にはしばらくは寄り付かなくなる。
 つまり『一角竜ウチ』のお客様はレベルアップが出来なくなってしまう!
 それを売りにしている宿屋としては死活問題ね。原因は私だけど。

「あの若女将、結界を至近距離で受けてゴブリンの死体も何も残っていません。このゴブリンの分不相応な強さの秘密も判明しませんでした。それにジョン様を拘束したゴブリンの群れと、それを倒した者の存在をどうしますか?」

「ゴブリンの群れを知っているのはジョンさんの他は私達だけよ。何とか誤魔化しましょう。それよりもシンシアの腕を探すわよ!」

 別にゴブリンが「あの聖女に群れを滅ぼされました」と何処かに訴え出る訳じゃないし。仮にそんな制度が有ったとしても、訴え出るべきゴブリンは消滅して死体すら無い。
 ジョンさんだけなら安酒を浴びる程に飲ませれば、どうとでも誤魔化せるわ!
 元居酒屋の看板娘として断言できる!
 酒飲みってこういう時にありがたいわね!



○▲△



「若女将!」

 ゴブリンの集落を捜索して数分後、ナンシーが見つけたみたい。さすがね。

「若女将、これは一体?」

 ナンシーが指差す先には簡素な台が有る。その上に乗っているみたい。 

「えっ、なにこれ!」

 そこにはシンシアの腕だと思われる、白くて細い人間の腕が置いてあった。問題はその脇の物だ。
 キノコやら魚が一緒に置いてある。よく見れば何かの肉も。御供え物ではなさそうだけど。

「どうやら干されていた様ですね」

 ゴブリンのくせに意外な食文化が有ったみたいね。
 確かに干せば日持ちするし、旨味も凝縮されるけど。シンシアの腕は干し肉として保存食? それともスープのダシにでもして美味しく食べるつもりだったのかしら?
 どっちでも良いわ。奪還さえ出来れば。

「保存状態は良いとは言えないけど、付けられない程でもないわね。急いで戻るわよ!」

「畏まりました」

 ジョンさんの傷は治したけれども、聖女の能力で朝まで安静してもらった。
 夜が明けたら自力で戻って来れる筈よ。さっきの結界の影響でこの辺りの魔物は暫くは居ないでしょうから、そっちの心配はいらないわね。


○▲△



「若女将、あの2人はまだ安静していますね」

「今の内に終わらせるわよ!」

 一角竜に着いた私達は早速、布で包んで運んで来たシンシアの物と思われる腕を取り出す。この布には当然ながら私の治癒能力を付与してある。
 だから、ゴブリンの集落から『一角竜』までの移動時間で損傷は治っている筈。
 あとはこの腕が本当にシンシアの腕でありますように!
 別人の場合、やった事は無いから判らないけれども、ちゃんと着くのかしら?

「ナンシー、準備は?」

「いつでも」

 やっぱり手際がいいわ。ナンシーは寝ているシンシアの腕を取ると、患部に巻いていた包帯を丁寧かつ素早く取り外して私を待っている。

「いくわよ。見てて」

 ナンシーはシンシアの身体を固定しているので、切断された腕は私が持って合わせる。

「若女将、左にもう少しです」

 切断された部分を付ける場合、当然ながらズレは許されない。
 だから私はナンシーにいつも見てもらっている。
 武術に精通しているナンシーなら、人体の僅かなズレも見逃さないのだ。
 今回もこうして左に少しずらす。

「今です!」

 ナンシーのそれを合図に私は身体を光らせる!

「あるべき姿へ戻れ!」

 本当はこんな台詞は要らないのだけど、私の気分の高まりの為に言う。

 う~ん、こんな大怪我を治すのは久し振りだから燃えてきたわ!



○▲△



「若女将……やっちゃいましたね」

「どうしよう…」

 ナンシーと私の間には気まずい空気が流れる。
 久し振りの大怪我だからつい張り切っちゃって加減を忘れて、シンシアの腕は何処を切られたのか判らない程に完璧に治ってしまった。
 時間を掛けてじっくりと治すつもりだったのに、どうやって誤魔化そうかしら?
 絶対に不自然よね。
 シンシアも酒飲みなら誤魔化せるのに!
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