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ナンシー、昔はローザ

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 急がなければ、お嬢様が処刑されてしまう!

 「私がお側に居れば!」と何度思った事でしょう。
 5年もお嬢様にお仕えしていました。一月前に私が王妃の陰謀により王宮から強制退去させられ、お嬢様はさぞや心細かったに違いありません。

 申し遅れましたが、私はビュイック侯爵家にお仕えしておりました侍女、ローザ=ハーディングと申します。
 子爵家の5女として生まれ、ビュイック侯爵家に行儀見習いとしての侍女としてお仕えしておりました。
 そしてお嬢様との出会いは、侍女となった翌年の事でした。

「この度、聖女と認められた娘を当家の養女とした。平民の出ではあるが行く行くは王妃殿下となられるお方だ」

 何時になく興奮気味な旦那様が全使用人の前で高らかにお告げになられました。

「だがまだ11歳だ。ローザ、侍女の中でお前が最も歳が近い。お前を専属の侍女とする!」

 旦那様からの突然のお達しでした。
 
 
○▲△


「侯爵家の養女? ケッ、平民の出じゃない!」

 日頃から横柄な態度の先輩のカーマがいつも通りに悪態をついていましたが、彼女に引っ張られる形で私もそう思う様になってしまいました。
 思えばこのカーマに出会う前までは、貴族だ平民だと私は気にしていなかったと思います。
 が、朱に交われば赤くなる。気が付いたらいつの間にか私も平民を見下すようになっていました。
 とは言え旦那様のご命令ですから、従う他はございません。準備だけは進めておきます。
 そうこうしている内にその日を迎える事になりました。

「旦那様のお戻りである!」

 その日は特別な日でした。
 旦那様が遂に『お嬢様』をお屋敷にお連れになられたのです。
 全員が揃ってのお出迎えとの通達がございましたので従うべく整列しますと、お出迎えは使用人だけではございませんでした。
 奥様に若様も『お嬢様』をお迎えるするべくお屋敷の外にまで出て来られました。

 旦那様を乗せた馬車が停まりますと、旦那様にエスコートされて馬車から姿を現した天使の如き美少女こそ『お嬢様』でした。

 まだ11歳だとか。年齢の割にはしっかりしていますが、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?

 肩まで伸びた亜麻色の髪が可憐で、風にサラサラッとしていようと、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?


 アクアマリンの様な淡く青い瞳がクリッと可愛らしくても、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?
 

「ようこそ、スカーレット。貴女の母になるバーバラよ」

 そこにいらっしゃるだけで気品が漂う奥様が何時になくお優しくご挨拶をされました。

「ようこそスカーレット。兄になるジョージだ。よろしく」

 いつも凛々しい若様、誰にでも分け隔てない優しい態度はご立派で頼もしいです。侯爵家は安泰ですね。
 これで『お嬢様』のお出迎えの儀式が終わろうとした時でした。

「お待ち下さい!」

 昼寝をして寝過ごした先輩侍女のカーマがようやく姿を現せました。

「ちょっとローザ、任せていた仕事が全部中途半端じゃない。晩餐に間に合わないから私が1人でやっていたら、お嬢様のお出迎えに遅れてしまったわ!」

 いえ、あなたは仕事など全くせずに、いくら起こしても昼寝から起きませんでした。
 それにまず遅れを謝るのではなく、私に罪をなすり付けての言い訳ですか。
 
「いえ、私など構いません。皆さんお忙しいでしょうから、お仕事を優先して下さい」

 初めて『お嬢様』のお声を聞きました。
 天使かと思いたくなる様な澄み切った美しいお声であろうと、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?


「まあいい。時は戻らん。以後、気を付ける様に」

 お優しい旦那様の一言でその場は収まりました。

「スカーレット、そこに居るローザがお前専属の侍女だ」

「そんな、私如きに専属の侍女だなんて!」

 1歩後退りながら恐縮される『お嬢様』!
 自然に出て来るその一つ一つの仕草が可愛らしかろうと、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?


「スカーレット、お前はもう侯爵家の娘なのだ。専属侍女くらいは付けなければ」

「畏まりましたお父様。ローザさん、これからどうぞよろしくお願いします」

 どんなに挨拶、そしてその後の微笑みが可愛らしかろうと、こんな平民の出の娘に私が仕えるのですか?


 あぁぁぁっ! もうお嬢様、可愛いじゃないですか!

 心に壁を作っていた事が馬鹿らしくなってしまいました!
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