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その頃ビュイック侯爵家では

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「絶縁状は間に合ったであろうか?」

 白髪交じりの頭を押えながらビュイック侯爵家当主、オリバー=ビュイックはそれだけ呟くと険しい表情で窓の外、遥か遠い王都の方向を見つめた。

「父上のお気持ちは察します。しかしながら絶縁状とは穏やかではありませんね」

 そう返すのは金髪碧眼の涼し気な気品を漂わす若い男、ジョージ=ビュイックである。ビュイック侯爵家の嫡男であり、聖女スカーレット=ビュイックの義理の兄であった男だ。

「穏やかではない?そんな事は百も承知だ。だが、こうするしか方法が無いではないか!」

 激しく言い放ったかと思うと、ビュイック侯爵はすぐに元通りの沈痛な面持ちとなる。

「父上、スカーレットを助けたい気持ちは同じです。しかしスカーレットにしてみれば、見捨てられたと思うのではないでしょうか?」

「スカーレットがビュイック家の養女でなくなり元の平民の娘であるサラに戻れば死刑を回避出来るかも知れん。こんな事は我々貴族の争いが元凶なのだからな! そんなくだらん事に巻き込んでしまったのは私だ。私はスカーレットを、いやサラを何が何でも助けたい!」

 オリバー激しく言い放った後に、ドンッと力任せに机に拳を打ち付ける。そこには痛みなど無い。そして更に叫ぶ。

「それだけだ!」

「父上、僕にとっては今でもスカーレットはかわいい妹ですよ。ですから出過ぎた事とは思いましたが、僕もやれる事をやってみました」

「何?」

「かわいい妹を殺させる訳にはいきませんからね」

「何をした?」

「役人に接触を試みました。面白い事に階級が下がるに連れスカーレットの断罪には否定的な者が多く存在しましたよ。中でも刑の執行に携わりそうな者の中に、スカーレットに孫の生命を救ってもらったと言う者との接触に成功しました。実際に行動してもらえる手筈です!」

「行動だと?」

「スカーレットを逃します!」

「なに!?」

「ギロチンに掛けられるのは替え玉。前日に処刑された別の罪人で、スカーレットは国外に逃します」

「そんなに都合のよく前日に替え玉の罪人が処刑されるのか?」

「それ位のコネと行動力は有るつもりですよ」

 自信が有るのか、ジョージは小刻みに頷く。口元を緩ませはしたが、目は決して笑っていない。

「それなら国外ではなく、我が領内で匿えば良いではないか」

「父上、お気付きでしょうが我々には監視が付いております。領内にも王宮から送り込まれた諜報員が何人いる事か。それさえ無ければ僕が直に動いています!」

 ジョージは力一杯に拳を握り締めて悔しさを滲ませた。

「それでその者は確かなのか? 確実にスカーレットを助けてくれるのか?」

 一方のオリバーはそんな自身の息子に激しく詰め寄る。それは、突然差し込んだ一筋の光を確かな物にしたい一心に他ならなかった。

「はい。確かな者を厳選致しました」

「それなら良いのだが。貴族の争いにスカーレットを巻き込んでしまった。それは悔やんでも悔やみ切れん。だが助かるのなら良かった、本当に」

 オリバーは安堵した表情を浮かべながら瞼を閉じ、天を仰いだ。
 その目尻から光る物が溢れない様に。



○▲△


 話は少し遡る。

 この国の貴族は2つの派閥に分けられる。
 ビュイック侯爵が属するブリトニー公爵の一派と、マライアと王妃の実家であるマクレーン伯爵が属するアドゥチ公爵の一派である。
 不文律としてこの2つの派閥は交互に、それぞれの派閥から娘を王家に嫁がせて王妃としていた。
 その不文律を突然破ったのはアドゥチ公爵一派のマクレーン伯爵だ。
 順番的にブリトニー公爵一派から当時の王太子に嫁ぐ筈であったが、自分の娘が聖女であるとして強引に嫁がせてしまった。
 聖女の恩恵を受けたと証言した者はアドゥチ公爵一派の貴族だけであったにも拘わらず。

「何が聖女だ! 魔物は減らない所か逆に増えているではないか! ずっと不作が続いているし、誰かを治癒している所も見たことが無い」

 長い間、国民は聖女である筈の王妃に対して不満しか無かった。
 そこに現れたのが聖女、スカーレット=ビュイックだ。
 聖女として献身的に国中を隈無く回ると目に見えて魔物が減り、行った先の国民には治癒を施し、土地には祝福を与えて作物の実りが目に見えて増えた。
 当然の如く国民から絶大な支持を受ける一方で、その存在を妬ましく思う者もいた。


「あの小娘は本当に目障りね!」

 王妃はアドゥチ公爵一派を王宮の一室に集め、苦々しい表情で思いを吐き捨てる。

「仕方が無いではないか。本物が出て来てしまったのだから」

 王妃をなだめる役目は王妃の実兄、当代のマクレーン伯爵が担っている。

「しかし王妃殿下とあの小娘が何かと比較されるのは不味いな」
「このままでは王妃殿下の治癒を認めた我等の立場も危ういぞ」

 貴族達は皆、苦虫を噛み潰した様な表情で身の振り方をも思案する。

「そうですわ! お兄様、マライアはお元気?」

「元気だがマライアがどうかしたか?」

「私の次の聖女はマライアですわ!」

「なに!」
 
 そこに居た全員が王妃の言葉に耳を疑った。

「マライアには私の後釜になってもらいます。マクレーン家は聖女を生み出す家系という事で。私の姪であれば聖女であっても何の不思議もございません」

「何? 本物の聖女は如何する?」

「目障りです。精々働かせて、頃合いを見て始末しましょう」

 眉一つ動かさずに聖女抹殺を口にする王妃に皆が恐怖した瞬間だった。
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