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97(完)
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「叶ちゃん? えっと、いきなりは恥ずかしいよ……」
お構いなしに力を込めて抱く。自分だけを愛したあの遥の恋愛対象を変えられた。このまま接していけば性格だって変えられる。何度も挫けそうになった理想の遥も夢ではなくなる。
「叶ちゃん。叶ちゃんってば」
遥に背中を叩かれ我に返った。謝りながら手を放そうとしたものの「待って、離さないで」と今度は遥から抱き着いてきた。
「苦しいけどすごく幸せ。叶ちゃん大好き」
胸に頬ずりをする遥には申し訳ないけれど、そろそろ離れないと。
「ちょっと待って」
遥の両肩を押す形で後退った。
「私には千夏がいるの。千夏は恋人で、遥ちゃんは幼なじみ。だから遥ちゃんとはお付き合いできないの」
「そんなのやだっ。私と付き合って」
再び胸に飛び込んできた。これは少しまずい。遥のわがままを聞くわけにはいかないし、ここは少し強めに言った方が――。
「叶、愛してる」
それは確かに聞こえた。
聞き覚えのある愛の言葉。だけど温かみはまるでなく、まるで武器のように鋭利で憎悪にあふれていた。耳にするだけで背筋が凍る。全身が痺れたように動かない。
遥を見ることもできず、言葉に縛られていると遥が不意に離れた。
「叶ちゃん?」
支えを失ったことでへたり込む。脂汗が額に浮かび、まるで耳元に心臓があるように鼓動がよく聞こえる。
今のは何なの。幻聴にしては、耳にこびり付いて消えてくれない。脳内に歪んだ笑顔が浮かび上がり、連鎖するように悪夢が湧き上がった。少しずつおかしくなる呼吸。ぼやけだした視界。
感情としては恐怖といった方が正しい。それなのにどうして私の胸は高鳴っているのだろう。つきものが落ちたように体が軽い。心に渦巻いていた何かがきれいさっぱり消えたよう。
やっぱりこれが答えなんだ。支えるなんてとんでもない。私はただ遥のそばでーー。
「叶ちゃん。ねえ、ねえってば。どこか痛いの?」
背中に当てられた手に我に返った。屈んだ遥の目が濡れている。
「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと眩暈がしちゃって」
「ほんとに? お買い物やめた方がいい?」
「ちょっと休めばすぐ良くなるよ。心配してくれてありがとね」
不安そうにする遥の頭を撫でる。まるで日向ぼっこ中の猫のように目を細めて嬉しそう。
私は一体何を考えていたのだろう。遥への気持ちを……いや、まだ、まだ決めなくていい。まだあんな答えを認めたくない。
時間ならたっぷりあるのだから焦らないでいい。いつか遥に失望する時がくる。その時なれば、この想いもきっと変えられる。きっと正せる。
そう狂信的に願い、見たくないものから目をそらし続ける。そうでもないと、人を一から作りあげるなんてできそうもなかった。
完
お構いなしに力を込めて抱く。自分だけを愛したあの遥の恋愛対象を変えられた。このまま接していけば性格だって変えられる。何度も挫けそうになった理想の遥も夢ではなくなる。
「叶ちゃん。叶ちゃんってば」
遥に背中を叩かれ我に返った。謝りながら手を放そうとしたものの「待って、離さないで」と今度は遥から抱き着いてきた。
「苦しいけどすごく幸せ。叶ちゃん大好き」
胸に頬ずりをする遥には申し訳ないけれど、そろそろ離れないと。
「ちょっと待って」
遥の両肩を押す形で後退った。
「私には千夏がいるの。千夏は恋人で、遥ちゃんは幼なじみ。だから遥ちゃんとはお付き合いできないの」
「そんなのやだっ。私と付き合って」
再び胸に飛び込んできた。これは少しまずい。遥のわがままを聞くわけにはいかないし、ここは少し強めに言った方が――。
「叶、愛してる」
それは確かに聞こえた。
聞き覚えのある愛の言葉。だけど温かみはまるでなく、まるで武器のように鋭利で憎悪にあふれていた。耳にするだけで背筋が凍る。全身が痺れたように動かない。
遥を見ることもできず、言葉に縛られていると遥が不意に離れた。
「叶ちゃん?」
支えを失ったことでへたり込む。脂汗が額に浮かび、まるで耳元に心臓があるように鼓動がよく聞こえる。
今のは何なの。幻聴にしては、耳にこびり付いて消えてくれない。脳内に歪んだ笑顔が浮かび上がり、連鎖するように悪夢が湧き上がった。少しずつおかしくなる呼吸。ぼやけだした視界。
感情としては恐怖といった方が正しい。それなのにどうして私の胸は高鳴っているのだろう。つきものが落ちたように体が軽い。心に渦巻いていた何かがきれいさっぱり消えたよう。
やっぱりこれが答えなんだ。支えるなんてとんでもない。私はただ遥のそばでーー。
「叶ちゃん。ねえ、ねえってば。どこか痛いの?」
背中に当てられた手に我に返った。屈んだ遥の目が濡れている。
「大丈夫、大丈夫だから。ちょっと眩暈がしちゃって」
「ほんとに? お買い物やめた方がいい?」
「ちょっと休めばすぐ良くなるよ。心配してくれてありがとね」
不安そうにする遥の頭を撫でる。まるで日向ぼっこ中の猫のように目を細めて嬉しそう。
私は一体何を考えていたのだろう。遥への気持ちを……いや、まだ、まだ決めなくていい。まだあんな答えを認めたくない。
時間ならたっぷりあるのだから焦らないでいい。いつか遥に失望する時がくる。その時なれば、この想いもきっと変えられる。きっと正せる。
そう狂信的に願い、見たくないものから目をそらし続ける。そうでもないと、人を一から作りあげるなんてできそうもなかった。
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