ホムンクルス

ふみ

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「驚き過ぎて笑うのを忘れただけ。ねえ、近くで見てみようよ」
 へたくそな作り笑いを浮かべ、桜並木に繋がるスロープを降りた。そよ風の中、背後で遥の足音が聞こえる。
 桜並木の広がる歩道に出て、左右を見渡す。湧いたような桜の下で大勢の人がシートを広げている。宴会、スマホ、かけっこ。楽しみ方は多種多様でも、誰もが笑ってこのひと時を過ごしている。
「シートとお弁当、持ってくれば良かったわね」
「二人でお花見するわけ?」
「一年に一度しかないのなら、思いっきり楽しまないと損だと思わない?」
「今も十分楽しいよ。遥と一緒に見られてすごく嬉しい」
 無理をして目を合わすも、遥の顔すらも千夏と重なって見えてしまう。どうしてまだ千夏が胸の中にいるの。千夏との恋はむごたらしく終わったはずなのに。
 遥への片想いを思い出して、無理にでも千夏を頭から追いだした方がいいのだろうか。
「叶?」
 遥に体を引き寄せられて我に返った。
「ごめん。ちょっと考えごと」
「前を見て歩かないと危ないわ。でも叶がぼうっとすれば、こっそりヘアピンを着けられるわね」
 嫌な笑みを浮かべる遥に、冗談っぽさは感じられない。ヘアピンマニアは言うことが違う。悪い意味で。
「何それ。もしかして予備のヘアピン持ってるの?」
「当然でしょう?」
 遥が微笑んだ。
「ヘアピンを嫌がっていた叶が、突然その良さに気付く可能性があるもの。少しだけ着けてみない?」
「いいってば。本当に電化製品とヘアピンには目がないね」
「褒めてくれてありがとう。ほらほら、転ばないように手を繋いであげるから行きましょう」
「繋ぐって言われても……」
 差し出された手にためらった後で、そっと手を重ねた。遥の楽しげな表情、満開の桜、透き通った空。一枚の絵画として十分に通用する美しさ。
 だけど何かが足りない。そんな寂しさを感じずにはいられなかった。


 かすかな物音に目が覚めた。半分も開いていない目をこする。眠気があくびとなって口から逃げ出した。
 音のした方、襖に目をやる。月の淡い光が伸びた先、腰を落とした遥が音もなく部屋に入り込んでいた。こんな夜更けに何をしに来たのだろう。
「また様子を見にきたの?」
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