ホムンクルス

ふみ

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「千夏さ、いい加減に元気出しなって」
 丸まった背中を撫でる。乳白色のパーカーは触り心地が良く、ずっと撫でていられそう。
 しかし千夏には何の効果もなく、返ってくるのはため息だけ。
「元気だよ。いつも通りだよ……」
 千夏の足取りは重い。下手するとカタツムリよりも遅いかもしれない。深夜徘徊で補導されることはないにしても、明日は仕事がある。できるなら早めに帰って休みたいんだけどな。
 天を仰いで分厚い雲に隠れた月を探した。あの丸さをきっかけに、千夏の目を上に向けられたら良かったのに。
「ファミレスで言ったけどさ。千夏と遥が何を話したのかは知らないよ?」
「うん」
「でもそこまで落ち込まなくてもいいじゃん」
「うん」
 生気がない生返事。
「おいしいハンバーグも食べたでしょ。このまま眠ったら明日の朝には忘れてるって」
「忘れられるわけないよ。無理だって」
 千夏の視線に刺され口を噤んだ。
 何のわけも聞かずファミレスで励ましたものの、本当はわかっている。千夏が遥に大切な話をして、そのせいで千夏が落ち込んだ。
 つまりあれだろう。告白してふられたんだろう。
 千夏が遥に憧れるのは無理もない。常におしとやかで、大和撫子を体現したような、まさに高嶺の花。それに加えて次期家元ということを鼻にかけず、誰にでも分け隔てなく優しい。ここまでくれば、惚れない理由が見当たらない。
 男性だけではなく、女性をも魅了する遥。小学生の頃から遥に告白して、撃沈した人たちをごまんと見てきた。
 遥に手紙を渡してほしい。校舎裏に呼んでほしい。彼氏がいないか聞いてほしい。願いはそれぞれでも結果は全て同じ。
 今はお花が恋人なのと、お決まりのせりふで断られる。
 きっと千夏もそう言われたのだろう。それを前にして私はどうするべきか。同じ恋をしたライバルとして喜ぶべきか、幼なじみの失恋に付き合うべきか。この落ち込みようを見ていると、後者を選ぶしかなさそうだけれど。
「もういい。コンビニ行こう」
 千夏に袖を引っ張られた。千夏の視線の先、車線を挟んだ反対側に行き慣れたコンビニが佇んでいる。
「明日の朝ごはんでも買うの?」
「ううん。ビール買う。それとおつまみも」
 千夏が一献傾けるしぐさを見せてきた。
「飲むの?」
「だってお酒ってこういう時に飲むんでしょ? アルコールに溺れて嫌なことを忘れる。それが大人ってものだよ」
 大きく胸を張る姿はどう見ても子ども。それに溺れるのは不可能だって、千夏が一番よくわかっているくせに。
「千夏さ、一滴も飲めないよね?」
「無理やり飲んで吐く」
 千夏が拳を握って親指をピンと立てた。
「お酒に失礼なことしないの」
 千夏の頭を軽く叩いた。
「お酒は駄目だけど、好きなお菓子なら買ってあげるからさ」
「ほんと?」
 ビー玉のような目が輝きだした。お酒よりも甘い物。千夏にはそれがよく似合う。
「昨日給料日だったから、好きな分だけ買っていいよ。千夏の部屋で女子会やろうか」
「いいねいいね。あたし、先に見てくるっ」
 千夏が軽快にスキップでコンビニへと進んでいく。大きく左右に揺れる髪が千夏の楽しさを表しているようだった。
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