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年を越す三時間前に言われた、ちーちゃんの何気ない一言。どうせいつものわがままだと適当に流したことを、今になって後悔してしまう。まさか新年は有言実行だったとは。
「足が止まってるよ。早く早く」
快活な声を聞いても、重く圧し掛かる睡魔は離れようとはしない。手から伝わる寒さも相まって、今にも足が止まってしまいそう。
「初日の出ってさ、願いごとしたら叶えてくれるのかな」
街灯だけが闊歩する大通りに、場違いな声が転がった。耳には届いていても反応する気になれない。かじかむ手に息を吹き掛けながら足を動かした。
「はる姉ってば。ねえ、聞いてる? うわ、よく見たらヘアピン落ちそうになってる。直すからちょっと止まって」
言う通りに頭を垂れて立ち止まる。ちーちゃんの手が髪に触れた。牡丹柄のヘアピンを着けていたような、着けていないような。
「これでよしっと。ほら、行こう」
ちーちゃんの優しい笑みを原動力に、少しずつ歩みを進めていく。しかし笑みだけでは力が足りない。眠気も相まって今にも止まってしまいそう。
「もしかして、怒ってるの?」
ちーちゃんの手が、かじかんだ左手に滑り込んできた。赤い手袋に包まれた小さな手は驚くほど温かい。睡魔に揺れていた意識が少しだけ帰ってきた。
「怒ってないけど寒いし、すごく眠たい。ちーちゃんはどうしてそこまで元気なの?」
「冬休みに入って、毎日寝てばかりだったからかな」
そういえばそうだ。人込みに行きたくないという私のわがままで、二人で自堕落に過ごしていたんだ。
「そんなに寒いならどうして手袋忘れたの?」
「ついうっかり……ふああ」
大きなあくびによって途切れた。体中にひんやりとした空気が満ちて余計に眠くなる。
この極寒の中で目をつぶれば、そのまま永遠に夢を見てしまいそう。それもいいと思えるほどに睡魔が大きく育ち切っていた。
「じゃあ帰る?」
こちらをうかがうちーちゃんが背を丸める。どんな返事が返ってくるかわかっているくせに。
「帰るって言ったら本当に帰るの?」
「ううん。駄々をこねる」
ちーちゃんが嫌な笑みを浮かべた。
「子どもじゃないんだから」
「今日だけは子どもでいいよ」
ちーちゃんがポケットからカイロを取り出し、重なり合っていた手の間に入れた。感覚の消えそうな手に、熱と優しさが満ちていく。
「はる姉ストップ」
前に飛び出た小さな背中にぶつかった。何か忘れ物だろうか。そうのんきに考えていると、目の前を轟音が通り過ぎていった。
「この道、信号がないから危ないんだよね。今みたいにトラックも……はる姉?」
こちらを見下ろすちーちゃんの顔。星のいない真っ黒な空。それらを見ているようで、見ていない。私の視線は宙で止まっていた。
どうして、へたり込んでいるのだろう。なぜか足に力を入れても動かない。手を突いても持ち上がらない。まるで自分の体でなくなったように自由が利かない。
それに頭の中には、今の轟音ともう一つ別の音が混じって延々と鳴り響いている。重く鈍い走行音と、まるでブレーキによって生じた悲鳴のような高音。
どうしてこんな音が頭の中で鳴っているの。聞き続けていると吐き気を覚えてしまいそう。
「はる姉!」
ちーちゃんの叫びが全てを吹き飛ばした。脳を揺らす音の数々が止まり、夜明け前の静けさへと戻っていた。
「大丈夫? 立てる?」
差し出された手を取って立ち上がる。買ったばかりのスカートの汚れを叩いて落とした。
「倒れちゃうくらい眠いなら、ほんとに帰ろうか?」
未練たらたらなアヒル口。私のコートの裾も引っ張って、どうにも言動が一致していない。
「驚いて眠気が吹き飛んだからもう大丈夫。行きましょう」
頭を撫でると、くしゃっとした笑顔を返してくれた。人の心配をしながらもわがままを言ってしまう。ちーちゃんのそんなところがかわいらしい。
「足が止まってるよ。早く早く」
快活な声を聞いても、重く圧し掛かる睡魔は離れようとはしない。手から伝わる寒さも相まって、今にも足が止まってしまいそう。
「初日の出ってさ、願いごとしたら叶えてくれるのかな」
街灯だけが闊歩する大通りに、場違いな声が転がった。耳には届いていても反応する気になれない。かじかむ手に息を吹き掛けながら足を動かした。
「はる姉ってば。ねえ、聞いてる? うわ、よく見たらヘアピン落ちそうになってる。直すからちょっと止まって」
言う通りに頭を垂れて立ち止まる。ちーちゃんの手が髪に触れた。牡丹柄のヘアピンを着けていたような、着けていないような。
「これでよしっと。ほら、行こう」
ちーちゃんの優しい笑みを原動力に、少しずつ歩みを進めていく。しかし笑みだけでは力が足りない。眠気も相まって今にも止まってしまいそう。
「もしかして、怒ってるの?」
ちーちゃんの手が、かじかんだ左手に滑り込んできた。赤い手袋に包まれた小さな手は驚くほど温かい。睡魔に揺れていた意識が少しだけ帰ってきた。
「怒ってないけど寒いし、すごく眠たい。ちーちゃんはどうしてそこまで元気なの?」
「冬休みに入って、毎日寝てばかりだったからかな」
そういえばそうだ。人込みに行きたくないという私のわがままで、二人で自堕落に過ごしていたんだ。
「そんなに寒いならどうして手袋忘れたの?」
「ついうっかり……ふああ」
大きなあくびによって途切れた。体中にひんやりとした空気が満ちて余計に眠くなる。
この極寒の中で目をつぶれば、そのまま永遠に夢を見てしまいそう。それもいいと思えるほどに睡魔が大きく育ち切っていた。
「じゃあ帰る?」
こちらをうかがうちーちゃんが背を丸める。どんな返事が返ってくるかわかっているくせに。
「帰るって言ったら本当に帰るの?」
「ううん。駄々をこねる」
ちーちゃんが嫌な笑みを浮かべた。
「子どもじゃないんだから」
「今日だけは子どもでいいよ」
ちーちゃんがポケットからカイロを取り出し、重なり合っていた手の間に入れた。感覚の消えそうな手に、熱と優しさが満ちていく。
「はる姉ストップ」
前に飛び出た小さな背中にぶつかった。何か忘れ物だろうか。そうのんきに考えていると、目の前を轟音が通り過ぎていった。
「この道、信号がないから危ないんだよね。今みたいにトラックも……はる姉?」
こちらを見下ろすちーちゃんの顔。星のいない真っ黒な空。それらを見ているようで、見ていない。私の視線は宙で止まっていた。
どうして、へたり込んでいるのだろう。なぜか足に力を入れても動かない。手を突いても持ち上がらない。まるで自分の体でなくなったように自由が利かない。
それに頭の中には、今の轟音ともう一つ別の音が混じって延々と鳴り響いている。重く鈍い走行音と、まるでブレーキによって生じた悲鳴のような高音。
どうしてこんな音が頭の中で鳴っているの。聞き続けていると吐き気を覚えてしまいそう。
「はる姉!」
ちーちゃんの叫びが全てを吹き飛ばした。脳を揺らす音の数々が止まり、夜明け前の静けさへと戻っていた。
「大丈夫? 立てる?」
差し出された手を取って立ち上がる。買ったばかりのスカートの汚れを叩いて落とした。
「倒れちゃうくらい眠いなら、ほんとに帰ろうか?」
未練たらたらなアヒル口。私のコートの裾も引っ張って、どうにも言動が一致していない。
「驚いて眠気が吹き飛んだからもう大丈夫。行きましょう」
頭を撫でると、くしゃっとした笑顔を返してくれた。人の心配をしながらもわがままを言ってしまう。ちーちゃんのそんなところがかわいらしい。
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