村咲

村咲 (著者名:赤村咲)

妹ばかり~ ハッピーエンド(6)没話パターン1(1)

難産供養
◆◆◆

 気の毒な医者によって、私はかつてないほど手早く診察された。
 医者は安静にするように言い残し、逃げるように去っていき――。

 ……それから。



「――アネッサ」

 二人きりになった部屋の中。
 西日の差し込む窓際で、ヴォルフ様は私の名前を呼んだ。

「君はいい加減、安静という言葉の意味を理解しろ」

 そのおそろしく不機嫌な声は、至近距離――私の耳元に直接響く。
 はひ……とどうにか返事をするものの、私は冷や汗が止まらなかった。
 体は緊張に強張り、心臓は恐怖で壊れそうなほど脈打っている。
 今の私は、完全に捕らえた獲物だった。

 ……比喩ではなく。

「君は怪我人だ。治るまで部屋で大人しくしていろと、医者にもさんざん言われたはずだ」
「は、はい……反省しています……」

 とうつむく私は逃げられない。
 現在の私は、窓際に座るヴォルフ様の……足の間に座らされているからだ。

 腰には彼の腕が回されて、片手は彼の手に握りしめられている。
 身じろぎ一つ許さないほど固く抱き寄せられ、背中にヴォルフ様の低い体温を感じる。

 おまけに――。

「こっちだって君がいなかったら心配する。ただでさえ、あんなことがあったばかりだろう」
「ご、ごめんな――――ひゃいっ!?」

 耳を撫でる生ぬるい感触に、私は悲鳴のような声を上げた。
 ぺろりと私を舐めるそれは――ヴォルフ様の舌だ。
 味見でもするように軽く舐めてから、彼はぱくりと耳の端を口に含む。

 ――ひぇええええ……!!?

 と思うのに、口から出るのは思いがけないほど恥ずかしい声だ。

「ふぁっ……」
「そうでなくとも、俺は君に会うのを楽しみにしているんだ」

 私の反応など意にも介さず、ヴォルフ様は淡々と告げる。
 いったい彼は、今どんな顔をしているのだろう。
 背に感じる威圧感や声音から、相当怒っているのは感じ取れるのに、それでいていやに甘い。
 ちぐはぐすぎて混乱する。動悸がおさまらず、おかくなってしまいそうだ。
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登録日 2020.02.20 00:28

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