村咲

村咲 (著者名:赤村咲)

妹ばかり~ 3章7話没話(2)

「アーシャ……」
「ごめんなさい、お姉さま。迷惑をかけてしまって。……でも、お姉さまもご無事でよかった」

 アーシャは顔を上げ、ずっと会いたかった姉の顔を見る。
 姉の様子に変わりはなく、傷ついているようにも、拷問されたようにも見られない。
 表情は少し暗いけど……それは、この家ではいつものことだった。

「公爵家は怖い場所と聞いていたから、お姉さまがどうしているのか不安で……。こうして、元気なお姿を見ることができて嬉しいです」

 無事な姉の姿を見ることができて、アーシャは本心から嬉しかった。

 姉が身代わりとして旅立ってからずっと、「もう生きて帰ることはないだろう」とアーシャは父から何度も聞かされていたのだ。

 人の心を持たない悪魔。女子供にも容赦がなく、血と殺戮をこよなく愛する男。
 だけど、公爵がなにより好むのは――拷問なのだと父は語った。

 指の先からゆっくりと切り落とし、死なない程度に苦痛を与え、身も心も追い詰めていく。
 人間がどこの瞬間に壊れるのか確かめるように、苦痛の間際を責めるのがその悪魔のやり口だ。
 泣き喚く声も許しを請う声も、彼にとっては愉快な音楽のようなもの。
 決して聞き入れることはないし、喚けば喚くほど彼の嗜虐心を煽るのだ。

『お前がそんな目に遭わなくてよかった』

 おぞましい語りの後で、父はいつもアーシャにそう言った。
 優しい父の顔をして、アーシャの頭を撫でながら――。

『アネッサには気の毒なことをしたが、あいつもお前を守れたなら本望だろう』

 ――本当に、無事でよかった。

 安堵するアーシャに、姉は安心させるように微笑んだ。

「私も最初は不安だったけど、心配いらなかったのよ。公爵家も、ヴォルフ様――ビスハイル公爵も、噂とは全然違ったわ。怖い目には……本当に怖い思いは一度だけしたけど、でも、アーシャのくれたお守りがあったから」

 そう言って、姉はアーシャに手のひらを見せた。
 手のひらの上には、金属の塊が乗っている。
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登録日 2019.12.31 21:02

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