『周一郎舞台裏』6.シーン203(1)アップ。
たったったった。
軽い足音をたてて、一人の男が垣のアパートを目指して走っていた。
片手には咲き綻び始めた見事なサーモンピンクの薔薇の花束、春にはまだ間があるこの季節にはかなりの出費だっただろうと思われるのに、本人は至って気軽くその花束を振り回しつつ駆けている。
とても機嫌がよさそうだ。もう少しで空へと舞い上がれそうなぐらいだ。足取りを変えずにアパートの階段を駆け上がり、垣の部屋に辿り着くとおもむろにドアを開けようとしたが、さすがに鍵がかかっている。
けれど男は動じない。にやりと笑ってポケットから一本の鍵を取り出すと、平然と鍵穴に差し込み、にこやかにドアを開け放った。
部屋の間取りは熟知している。あちらこちらと探すほどの広さでもない。大きく息を吸って、爆睡しているであろう相手の心安らかな眠りを気持ち良く踏みにじろうとして大声を出す。
「おっはよおおお! 垣くぅん、元気……か……な……」
声はもごもごと尻すぼまりに口の中に含まれていった。
目の前の光景を凝視する。
瞬きして、一瞬、ああ青い空だなあ的に上を見上げ、気を取り直してもう一度視線を降ろしたが、状況は変わらない。
薄暗い部屋の中にはせんべい布団が一組敷かれていた。
大の字になって寝転がっているのは見慣れた垣の姿だが、その腕の下、伸びやかに手足を伸ばして眠っている別の姿があった。
「……女なら良かったのに」
軽い足音をたてて、一人の男が垣のアパートを目指して走っていた。
片手には咲き綻び始めた見事なサーモンピンクの薔薇の花束、春にはまだ間があるこの季節にはかなりの出費だっただろうと思われるのに、本人は至って気軽くその花束を振り回しつつ駆けている。
とても機嫌がよさそうだ。もう少しで空へと舞い上がれそうなぐらいだ。足取りを変えずにアパートの階段を駆け上がり、垣の部屋に辿り着くとおもむろにドアを開けようとしたが、さすがに鍵がかかっている。
けれど男は動じない。にやりと笑ってポケットから一本の鍵を取り出すと、平然と鍵穴に差し込み、にこやかにドアを開け放った。
部屋の間取りは熟知している。あちらこちらと探すほどの広さでもない。大きく息を吸って、爆睡しているであろう相手の心安らかな眠りを気持ち良く踏みにじろうとして大声を出す。
「おっはよおおお! 垣くぅん、元気……か……な……」
声はもごもごと尻すぼまりに口の中に含まれていった。
目の前の光景を凝視する。
瞬きして、一瞬、ああ青い空だなあ的に上を見上げ、気を取り直してもう一度視線を降ろしたが、状況は変わらない。
薄暗い部屋の中にはせんべい布団が一組敷かれていた。
大の字になって寝転がっているのは見慣れた垣の姿だが、その腕の下、伸びやかに手足を伸ばして眠っている別の姿があった。
「……女なら良かったのに」
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登録日 2016.12.11 01:04
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