丘多主記

丘多主記

小説家になろうなどで活動しています。百合やスポーツものを書いています。よろしくお願いします

作品を書くにあたって

GLもの、百合ものを書くにあたって、私の同性愛などの性的マイノリティについての考え方を再度述べておこうかなと思います。昔書いたことの再掲載になります。

私は同性愛、性的マイノリティについては”認められるべきでありできる限り寛容になるべきではあるが、相手に強要することは許されない"という考え方をしております。

なんでそんな考え方をしてるの? 簡単に言うと人が誰を好きになるのはその人の自由だからです。

違う階層の人を好きになるのも、異なる人種の人を好きになるのも自由なはずです。性別だってそれと同じように自由にされるべきではないのでしょうか。もしそれがダメなのならば、人を好きになる自由ごと止めた方がいいと思います。

好きになってしまうのは仕方がないことです。それは周りがどうのこうのゆうべきでもないし、変えられるものでもないと思います。だったら周りは大人しく見ておく、あるいは理解をすることが必要なのではないでしょうか。

同性愛は生物として異常だ。神の意志に反する。果たしてそうでしょうか。最近の研究では純粋な異性愛者は全体の一割ほどだと言われております。言ってしまえば残りの九割は同性を好きになれるわけです。これを見て異常だと言えるでしょうか。

色々言ってますが、要は自由に好きなものを好きと言えるようにすべきではないか?ということを私は言いたいわけです。

ただ、それを他人に強要してはいけないと思います。その人はほんとに無理なのかもしれないのに、押し付けてしまうのはストーカーとか性犯罪者たちのやってることと変わらない。だからこそ、強要するのはダメだと思います。

逆に言えばそこの踏ん切りさえつければあとは何をしてもいいと思います。そういう事です。





ちなみに私は今のところ同性を好きになる傾向が見られません。つまり、ホモでもバイでもありません。ただ、理解は示そうと思いますし、もしかすると将来はそうなってるかもしれませんね。

余計な事を言いましたがそれではまた。
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登録日 2023.09.25 18:47

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