しかしながら、財政赤字で議論する場合、このような問題は発生しない。長期金利が概ねゼロ近傍で推移しており、当分の間、財政規律を緩めても問題ないという意見は出てこない。既述の関係式(※)「今期末の債務(対GDP)=〔今期の財政赤字(対GDP)+前期末の債務(対GDP)〕÷(1+成長率)」から、成長率=nと財政赤字(対GDP)=δが一定のとき、簡単な計算により、債務(対GDP)は一定値(δ÷n)に収束する(向かって膨張していく)ことが証明でき、これをドーマーの命題という。
では、成長率=nや、財政赤字(対GDP)=δとして、どのような数値を利用すればいいのか。まず、財政赤字(対GDP)として参考になるのは、先般(2021年7月21日)、内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」の数値であろう。この試算によると、2030年度頃の名目GDP成長率が1.1%のベースライン・ケースにおいて、国・地方合計の財政赤字(対GDP)は2021年度で8.1%であるが、2029年度で1.7%、2030年度には1.8%に大幅に縮小する。また、1995年度から2019年度における平均的な経済成長率は約0.4%であるので、n=0.4%とし、中長期試算の財政赤字(対GDP)からδ=1.8%として計算すると、δ÷n=4.5であり、公債等残高(対GDP)は450%に向かって膨張する可能性を示唆する。
しかも、ドーマー命題が重要なのは、財政赤字の一部には債務の利払い費が含まれているが、金利ゼロで利払い費がゼロでも、財政赤字が一定の範囲を超えて存在すれば、債務(対GDP)の膨張が継続する可能性があることである。金利や成長率の大小関係とは無関係であり、ドーマー命題から、成長率が0.4%程度のとき、債務(対GDP)を現行水準に留めるには財政赤字(対GDP)を1%程度に縮小する必要があることもわかる。
(文=小黒一正/法政大学教授)
●小黒一正/法政大学経済学部教授
法政大学経済学部教授。1974年生まれ。
京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。
1997年 大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。会計検査院特別調査職。日本財政学会理事、鹿島平和研究所理事、新時代戦略研究所理事、キャノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。