ベートーヴェンやナポレオンは超変人だった…“空気を読めない”人こそ偉大になる可能性

 それは、静的な陣形で対峙し合うのではなく、わざと戦闘を起こし、両軍を入り乱れさせる状態に好機を見いだすという、今まで誰も考えなかった独特の戦法でした。

 具体的には、まず少ない兵力により弱いと見せかけて、敵の片側から攻め込みます。敵方は「飛んで火にいる夏の虫」と、一挙に潰してしまおうと向かってくるわけですが、その結果、敵陣が崩れます。それを見たナポレオンは、主力を中央からぶつけていくのです。つまり、わざと戦いを動かし、こちらの勝機に結びつけるのです。当時の戦略会議で、常識ある将校たちならみんな口をそろえて反対したであろう新しい戦法を、「空気を読めない」少数派で孤立したナポレオンだからこそ実行し、成功したわけです。

 そんなナポレオンを、自由平等博愛の理想像として、一時は大尊敬していた作曲家が、ベートーヴェンです。彼もまた空気を読めない、むしろ読みたくもないという人物でした。

 なんと彼は、当時最高の音楽教育を完璧に叩き込まれているにもかかわらず、作曲家にとって、世の中に自分の存在感を示す記念すべき交響曲第1番を、今考えても信じられないような不可思議なハーモニーで始めたのです。美しく理解しやすいハーモニーで曲を始めるのが常識の時代に、ベートーヴェンは調性や和音名もわからないような出だしで始めたのです。当時の人々が、口をあんぐり開けていた光景が目に浮かぶようです。

 その後のベートーヴェンは、当初はナポレオンの名前をタイトルにしようとしていた交響曲第3番『英雄』を、大砲の衝撃音のような一撃を二度演奏して始めてみたり、交響曲第5番『運命』を有名な「ジャジャジャジャーン」の独特な出だしにし、またもや聴衆をびっくりさせたりと、作曲した9つの交響曲すべてが当時では常識外でした。

 そして、最後の交響曲第9番では、なんと歌手のソリスト・合唱まで加えてしまいます。当時、もしベートーヴェンが10人の作曲家に「こんな交響曲を作曲したい」と相談したら、みんながみんな毎回口を揃えて、「そんなのは交響曲ではない」と言ったはずです。

 しかしながら、ベートーヴェンのような少数派で孤立しても気にしない人物により、音楽が大きく変革し、その後の音楽が大きく発展することになったのです。

(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/