5G普及で社会は激変?現実とデジタル世界が常につながり、データが取得されていく

 たとえば、動画サービス。5Gの技術的にはユーザーが好きな時に、好きなタイトルを、好きな画質で選んで楽しめる環境が整います。しかし、動画コンテンツを提供する側が、囲い込みやサブスクリプションなど定期的に利益を確保する方向に事業を展開し続けたらどうでしょうか。そのうちユーザーは、より良い環境を求めてサービスを離脱してしまうでしょう。つまり、ユーザーの自由度や選択肢が増える分、ユーザーを置き去りにしたサービスは求心力を持ちにくくなるというわけです。

 いずれ4Gが陳腐化していくことは確実で、時間の問題です。2022年から23年頃には確実に5Gが普及した世界が訪れます。その時、ビジネスやサービスの提供の仕方は極めて重要です。そこで運用方法を間違えると、5G自体のポテンシャルがいかに高くて、企業が崇高な動機を持っていたとしても、炎上して終わってしまう可能性があります。

 私自身は、企業はこの数年間を準備の時間として、しっかり使うべきだと考えています。技術的な理解は言わずもがな、「どうやったらユーザーに受け入れてもらえるか」を真剣に考えるべきです。そういった思考ありきでこそ、5Gを使いこなせると思っています。仮にその思考がなければ、5Gに振り回された結果、事業者はサービスの提供に失敗して事業機会を失うことになりかねません。

利便性とプライバシー侵害の境界

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――本書では、プライバシーの取り扱いといいますか、個人情報などデータに対する哲学を個人だけでなく企業側も深めるべきであるという趣旨の発言が散見されます。倫理や人権的な側面もあるのでしょうが、個人的にはビジネス面でも強く意識してしかるべきという印象を受けました。

クロサカ フルコネクテッドな環境で収集されたデータは、基本的にAI技術などによって予測に使用されていくでしょう。そして、AIが学習を重ねることで、ユーザーの利便性や満足、また新たな価値を生み出すために利用されていくはずです。しかし、そのような利便性が高い環境は、「なんだか気持ち悪い」という感情と必ず表裏一体になります。

 昨年、アルバニアでデータ保護プライバシー・コミッショナー会議というものが開催されたのですが、その席で、技術がプライバシーを侵す懸念が高まるなか、「5Gのデータビジネスは危ないのではないか」と考える人たちの意見も示されました。私自身も、プライバシーなどデータの取り扱いが5G時代の極めて重要なテーマになってくると考えています。

 企業は利益を得るために、4G以前の世界よりさらに徹底的にあらゆる手段を使ってユーザーのデータを確保しようとするでしょう。なぜかというと、データと予測が企業の競争力になるからです。ただ、利便性とプライバシー侵害の境界は常に微妙なところで、さじ加減を間違えると非難の対象になる可能性がとても高いです。そのため、5G時代のビジネスは、これまでのウェブサービス以上に強くプライバシーに対するポリシーや責任を明確化することが求められます。裏を返せば、そういう環境に適応した企業のサービスを、ユーザー側が好んで選び取っていくはずです。

 また、個人がプライバシーの問題を感じていたとしても、社会の課題解決など公益が目的となっている場合には協力をあおげるかもしれません。つまり、企業にしろ、自治体にしろ、社会全体の利益を考えられるかどうかが、ビジネス・サービスを成功させるポイントになってくるのではないかと。さらに言えば、5Gという新しい技術の台頭によって、企業や個人、また社会全体が考えてもみなかった新しい問題や課題が新たに浮き彫りになることは確実です。そのような環境のなかで、課題に真摯に向き合い、ユーザーから支持を取り付けることができるサービスが生き残っていくのではないでしょうか。

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――フルコネクテッド、予測前提社会、そしてプライバシーという、本書を通底する話題について簡略にお聞きすることができて、理解が深まったような気がします。5G時代における個別産業分野のテーマ設定においても、このキーワードは欠かすことができない視点だと感じました。
(取材・文=河鐘基【ROBOTEER,Inc.】)

(プロフィール)
クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。2007年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。

『5Gでビジネスはどう変わるのか』(1870円(税込)/日経BP)

(ライタープロフィール)
河 鐘基 Ha Jonggi 代表取締役/ロボティア編集長 1983年、北海道生まれ。大卒後、会社員や編集プロダクション、週刊誌記者などを経て2015年にテクノロジーメディア「ロボティア」をローンチ。