だが、国際的に展開する大型テレビシリーズを実現することは簡単なことではない。何でもいいわけではないからこそ、どのように構築していくべきかに注力している」と語っていた。柔軟な体制で諦めずに冷静に攻める。まさに世界のTVコンテンツ市場におけるスタンダードな考え方だと感じた。
そもそも配信と地上波のボーダレス化が進んだ背景を考えると、Netflixらグローバル配信勢の台頭によって、コンテンツエコノミーが売買流通から大量生産へと移行したことがきっかけにある。流通革命と言われるほど、ここ5~6年で起きた大きな変化だ。また大量生産といっても「安かろう悪かろう」ではない。配信オリジナルドラマの制作費は高騰し、主力の連続ドラマは1話10億円以上のプレミアムドラマと言われる作品が増えていったのだ。
同時に、企画の目利きから開発、制作まで機能するコンテンツ制作の実権を握るプロダクションにもフォーカスが当たる。総称して「スタジオ」と呼ばれるものだ。グローバル配信勢はもちろんのこと、イギリスBBCをはじめ欧州ではスタジオ組織が続々と作られている。
これらの動きによって、コンテンツIPを核としたバリューチェーンが重要視されていき、配信コンテンツも独占ばかりでなく、非独占を選択する動きが活発化している。つまり、メディアの境目が意味をなさないものになっているというわけだ。
急激に成長したSVODモデルが2022年頃から頭打ち状態となったことも大きいだろう。SVODに限ったことではないが、ビジネスモデルの単一化思考に危険信号が灯り、定額制モデルをベースに広告モデルの導入を開始する動きまで見られる。
そればかりか、「FAST(ファスト)」と呼ばれる広告モデルの新たな配信サービス形式までこの1年で世界的に広がっている。ただし、日本を含むアジアに限っては現状の配信モデルのまま成長段階にあり、多様なビジネスモデルが受け入れられるかどうかは未知数である。とはいえ、この5~6年の変化を見る限り悠長に構えるべきではない。
2023年に起こったことが2024年に影響を及ぼすことの一つに、全米脚本家組合(WGA)と映画俳優組合の米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG―AFTRA)の同時ストライキが挙げられる。リサーチ会社Omdiaによると、ストライキの間にアメリカ全体で160以上の作品が完全に制作が止まっていたという。
例えば、Netflixは世界的人気シリーズ「ストレンジャー・シングス」の新作を含む約25本の制作が停止した状態だった。配信計画が狂い、大きな痛手となったことは間違いないが、Netflixの総コンテンツ投資額のうち、アメリカが占める割合は58%である。
他のグローバルプラットフォームと比べて他国がカバーする割合が大きいことから、影響期間は比較的短く済むだろう。むしろ、Disneyなど配信だけでなくテレビネットワークを持つメディアはストライキに加えて、広告収入の落ち込みなど長期的なトレンドの影響を受けそうだ。Omdia所属アナリストのティム・ウェスコット氏は「アメリカTVネットワークの企画本数の衰退は今後も続く」と分析している。
状況が刻々と変化しつつあるなかで、柔軟に攻めた取り組みが引き続き求められていくだろう。意外とそれは視聴者ニーズとも合致しているようだ。
というのも、視聴者は動画配信サービスに「選べることの楽しさ」を求めているからだ。Omdiaが2023年6月に日本を含む主要12カ国で実施した約3万件のサンプル調査によると、動画配信サービスの加入理由のうち、「コンテンツが豊富だから」という回答が全体の45%を占める。オリジナルコンテンツの本数や使い勝手なども重要な理由にあるものの、コンテンツの選択肢の豊富さと多様なジャンルのコンテンツが揃っていることが重要視されていることがわかった。