人気漫画『鬼滅の刃』の勢いが留まるところを知りません。10月2日に発売された単行本22巻までの総部数は1億部を突破し、驚異的な売れ行きが続いています。10月16日公開の映画も大ヒットが予想されていますし、最終巻23巻が発売される年末に向けて人気はますます加速していくことでしょう。
関心の移ろいが激しいエンタメビジネスにおいて、なぜこんなにもヒットしているのでしょうか。さまざまな理由が考えられますが筆者は、「素早くユーザーの心をつかみ、飽きさせない仕組み」が大きな要因だと考えています。
たとえば、ラスボス・鬼舞辻無惨と主人公・竈門炭治郎の直接対決が始まる21巻には、鬼殺隊(主人公が属する集団)最強の男・悲鳴嶼行冥が駆けつけ、鬼舞辻に一撃を加えるエピソードがあります。まるごと1話使って描いても十分見応えがある内容です。しかし、なんと、1つの見開き(書物や雑誌を開いたときに向かい合う左右2ページ)だけで終え、すぐさま次の展開に移るのです。尋常ではない展開の速さです。
それでいて、「あっさりしている」という感じは微塵も受けません。十分、濃密な物語を堪能できます。これは、数多の高度なテクニックが駆使されているからこそ成立しています。
「1話を通して徐々に物語を盛り上げていき、終盤に見せ場を作り、最後は次回への引きにする」のが、これまでの週刊漫画誌が作ってきた漫画の定型でした。『鬼滅の刃』はこの漫画の定型を押さえつつ、1話の中に何度も見せ場を盛り込み、これまでにないスピード感と濃密なストーリー展開を両立させています。
定型の枠に収まらない「漫画の進化形」とも呼べるこのストーリー展開に、ヒットの秘訣が隠されているのです。
『鬼滅の刃』に詰め込まれたテクニックを把握するために、まず「漫画家の心情」を解説したいと思います。
漫画家の多くは自信があると同時に、とても心配性です。「このエピソードは面白いに違いない」という確信と「でも、その面白さは読者にちゃんと伝わるのだろうか」という不安を常に抱えています。そのため、「過剰」に陥りがちです。
絶対に面白いエピソードが、もれなく伝わるように、ページ、コマ、セリフ、絵を増やしていきます。物語を前に進めることに手一杯で、だらだらと行動やセリフを連ねてしまいます。結果、まどろっこしい漫画になり、読者は見せ場に至った時点ですでに心が冷めていて、作り手が望むようには感情を動かしてくれません。
TikTok (ティックトック)のように15秒の短い動画で成立するエンタメが溢れる時代、そんなメタボな漫画を読み続けるほど現代人は娯楽に飢えていません。
『鬼滅の刃』は違います。テンポとスピード感に満ち、見どころが連続し、途中から読んでも楽しめ、しかも、登場人物に共感しながら一気に読み進められます。
『鬼滅の刃』が読者を離さないノウハウのポイントを、漫画編集者でもある筆者は「Cut」「Drip」「Emotion」の3要素にあると分析し、「鬼滅のCDE メソッド」と呼んでいます。このメソッドは、漫画以外のビジネスでも応用が可能です。「Cut」「Drip」「Emotion」をそれぞれ解説していきましょう。
これだけ人気があるのですから、連載はいくらでも引き伸ばせたはずです。ところが、敵のボスと最強の3人、主人公側の主要キャラ全員をいきなり一カ所に集結させ、最終決戦を同時並行でスピーディーに描いていきます。途中経過を大胆に削除し、見どころを一挙に凝縮させているのです。