2021年ついにセ・リーグ制覇、日本一を成し遂げた髙津ヤクルト。その悲願の裏には「絶対、大丈夫!」の言葉が物語る、髙津臣吾監督の卓越したチームマネジメント力があった。
王者として迎える2022年シーズン、髙津監督はどのように戦い、どのようにチームを進化させていくのか。
本連載では、今年もインタビュアーに長谷川晶一氏を迎え、髙津監督の組織論から、マネジメント術、若手育成術まで余すところなくお届けしていく。
(インタビュアー:長谷川晶一)
――7月9日の試合前に、監督、コーチ、主力選手を中心に大量の新型コロナウイルス陽性者の存在が明らかになり、およそ2週間近く戦線離脱を余儀なくされました。まずはこの期間を振り返っていただけますか?
髙津 最初に感じたのは「野球をやりたいな」という思いでした。この間、自宅療養期間だったので家でずっとジッとしていたんですけど、チームメイトたちが一生懸命頑張っている姿をテレビで見るということにはすごく違和感がありました。僕だけでなく、療養中の選手たちも一緒だったと思うけど、野球選手はグラウンドに立ってナンボなんだと痛感しました。同時に、コロナ感染によってよってフルメンバーで戦えなかったことが、ファンの方をガッカリさせてしまったということも強く感じました。
――監督は常々、「最悪の事態を想定して臨んでいる」と話しています。こうした事態もまた「想定内」でしたか?
髙津 こういう時代ですから、「誰かが罹るかもしれない」とか、「何人もの選手が離脱するかもしれない」という思いはありました。でも、30人近い選手、関係者が一気に離脱するとは予想していませんでした。「しっかり感染対策もして、みんな健康で、うまくチームとして機能していくだろう」と考えていた部分もあったかもしれません。
――この間は並木秀尊選手や武岡龍世選手たちが奮闘していました。先ほどもお話にありましたが、自宅療養期間中はずっとテレビで試合を見守っていたのですか?
髙津 一歩も外に出ずにテレビ、パソコン、iPadなど3画面で野球中継を見ていました。ヤクルト戦に限らず、他の試合中継もつけてはいたけれど、もちろんスワローズの戦いに集中して見ていました。普段はじっくりと見る機会の少なかった選手たちを、ベンチから、ダグアウトからではないですけど、画面越しに見ることができたのは「新しい発見」とまでは言わないけど、新鮮な体験でした。
――この間のスタメンオーダーや采配などは、完全に松元ユウイチ監督代行に託していたのですか?
髙津 試合前と試合後のコーチミーティングに関してはオンラインで参加していました。スタメンについても、普段はコーチが提出するものに僕が目を通してスタメンを決めるんですが、それもまったくいつも通りでした。試合中の采配については、松元代行に一任していました。