巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
スチュアート王朝(1371~1714年)後期には、火薬を用いた兵器が戦場の主役となっていた。兵士たちにはマスケット銃が支給され、大規模な野戦や攻城戦では大砲が活躍した。清教徒革命という大規模な内乱もあったことから、火薬の需要はますます増大していった。使用される黒色火薬は硝石(しょうせき)と木炭と硫黄を混合したものだが、中でも硝石の比率は75パーセントで最も大きかった。硝石の増産は国家の急務となったわけだが、その重責を一手に担っていたのが『硝石集め人』であった。
彼らの仕事は硝酸ナトリウム、つまりは硝石が染み込んだ土を掘り集めることだった。その土は山奥の鉱山などではなく、一般家庭や家畜小屋に山ほど眠っていた。硝酸ナトリウムは糞尿が長期間染み込んだ土の中で生成されるからだ。それゆえ、彼らは一般家庭のトイレの土を掘り返す必要があったのだが、掘り返される家の主人はそれを拒否することができなかった。硝石集め人には、王から“勝手に人の家入って土掘り返していい権”(仮称)が与えられていたためだ。仕事の性質によるものか、人々から嫌われたからなのか、この仕事に就く人には荒くれ者が多かったという。
彼らには、硝石がたっぷり含まれた良い土を判別する方法があった。土の味をみるのだ。尿が染み込んだ土には、ナトリウムも混ざっているからである。そして、集めた土を精製所に持ち込み、不純物を取り除けば任務完了となる。国家的事業のうえ、誰もが嫌がる内容であればこそ待遇は報われそうなものだが、実際はそうでもなかった。元請けが金銭の大半をせしめ、現場の人間には大して金を渡さなかったからである。これでは、心が荒んでしまうのも無理はない。
(illustration:斉藤剛史)