チームで仕事をするうえで、お互いの信頼関係が大事であることは言うまでもありませんが、すべてのことを納得し合えるということは、なかなかありません。特にリーダーとメンバーという関係では、メンバーはリーダーに対して批判的な感情を持つこともあります。反面教師という言葉があります。これは、悪い見本を反省や戒めの材料にして、自分はそういう行動をしないことを言いますが、そんな材料になってしまうリーダーと接した経験がある人は数多くいるでしょう。
今回紹介する例は、ある新任リーダーの行動で、自分では反面教師としていたつもりのことが、実はメンバーからはそうは見られていなかったというお話です。そこには「リーダー自身が成長するために、考えなければならない大切なことがある」ということをお伝えしたいと思います。
最近新たにチームリーダーを任されることになったHさんは、それまでチームのサブリーダーとしての役割を担ってきた人です。そのチームでの業務経験が長く、事情をよく知っていることからリーダーに抜擢されました。
このHさんは、実はそれまでのチームリーダーとは、あまり折り合いがよくありませんでした。前リーダーの指示の出し方やチーム運営方法に、Hさんとしては納得できないことが数々あったからです。特に、前リーダーはメンバーの意見を聞いたり事情を説明したりせず、「いいからやれ!」というような一方的な指示命令をすることがたびたびありました。Hさんも、以前リーダーとはいろいろ意見を交わしながら仕事を進めていましたが、前リーダーのこの姿勢だけは変わることがなく、Hさんは不満を持っていました。
そんなHさんが新しくチームリーダーとなったことで、Hさんは当然、今まで自分が感じてきたことをチーム運営に活かそうと考えます。メンバーに対しては、まず「一方的な指示をせず意見を聞く」「できるだけ事情を説明する」ということを心掛け、そのためにミーティングの機会を増やし、メンバーへの声掛けを意識的におこなうようにしました。前リーダーを反面教師にしてチーム運営のしかたを変えたことで、Hさんなりにリーダーとしての手ごたえを感じていました。
そんなある日、定例のミーティングをおこなっている中で、Hさんがメンバーから言われたのはこんな一言でした。
「Hさんは一方的に指示するばかりで、私たちの話を聞いてくれないですね」
Hさんとしては、自分が一番意識していたことですから、メンバーからのこのひと言は大きなショックでした。くわしく話を聞くと、さらに言われたのはこんなことでした。
「ミーティングで話しているのはいつもHさんだけ」
「やり方をその都度細かく言われるのがやりづらい」
「説明が多いわりに、なぜそうしなければならないのかがわからない」
こう言われてHさんは、ハッと気づきます。それは自分のやっていたことが、前リーダーのチーム運営のやり方と、結果的にほとんど変わっていなかったということです。
ミーティングの機会は作りましたが、確かにそこで話していたのは自分が中心です。前リーダーはミーティングなどをおこなわずに、自分の考えばかりを話すので、Hさんはそれを一方的だと感じていましたが、Hさんがやったのはリーダーの考えを話す場をミーティングにしただけで、一方的なところは変わっていませんでした。また、意識しておこなっていたメンバーへの声掛けですが、メンバーからすると、仕事の状況を聞かれて、「ではこうしなさい」と事細かにやり方を指示されるだけだと感じていたのです。さらに「事情を説明する」ということも、思い返せばHさん自身の問題意識による説明だけで、メンバーからの質問の機会を設けるなど、結果的にメンバー目線で考えることは少なかったのです。
Hさんのリーダーとしての一連の行動は、「いいからやれ!」などという強引な発言はしていなかったものの、一方的な細かい指示や事情説明をしないことなど、ほとんどが前リーダーのやっていた行動そのままだったのです。
では、反面教師を意識していて実際に行動も変えていたHさんに、なぜこういうことが起こってしまったのでしょうか。Hさんの場合、今まで本格的に仕事で接したリーダーは、前リーダーが初めての人でした。その後を継いでHさんがリーダーになった訳ですが、自分のロールモデルになるリーダーは、よくも悪くもこの人しかいません。
リーダーとしての役割を持つ人は、往々にして自分が無意識のうちに、過去に接した経験があるリーダーと同じ行動をしていることがあります。これはよい部分だけでなく、自分が批判的に思っていたような悪い部分も含めてのことです。自分が過去のリーダーのやり方に反感を持っていたとして、それを強く意識していれば反面教師にすることもできます。しかし、そうでないことは無意識のうちにノウハウとして自分の引き出しにしまわれているもので、意外と同じ行動をしてしまうのです。特にHさんは、自分が接した経験があるリーダーの数が少なかったこともあり、なおさらその傾向は強く出てしまったのです。