今回は「リーダーとしての責任感」がテーマです。自分が苦手なことでも先頭に立って取り組んだものの、責任感が強いが故に、結果として失敗につながってしまったリーダーも多いことと思います。では、こういうケースでリーダーが取るべき施策は何だったのか。これについて考えたいと思います。
これはあるIT系の企業であった事例です。IT業界というのは、優秀なエンジニアの存在が直接の業績につながるところがあり、昔から人材採用には積極的な業界です。この会社でも、積極的な採用活動を続けていますが、競争が激しいこともあり、なかなか思い通りに進みません。そんなことから、今まで以上に人材採用を強化する目的で、特にこだわりを持っていた新卒採用活動の進め方を一新することになりました。
採用選考のプロセス、面接官の構成、パンフレットの内容など、多くの点で見直しがされましたが、特に大きく変えたのは、会社説明会の進め方でした。
近年の応募者は、企業理念やビジョンなど、会社が持っている価値観や方向性、社風といった点を重視する傾向にあり、それをリーダー自らが課員に語りかけることが、より効果的だと言われています。この「ビジョンを語る役割」を、今回の新卒採用活動を統括しているメインリーダーが担うことになりました。
しかしこのリーダーは、実は人前で話すことがあまり得意ではありませんでした。それまでは全く別の仕事でリーダーを務めていたため、人前で話すような機会はほとんどなかったのです。とはいえ採用活動のリーダーとなると、さすがに「得意ではない」では済みません。性格はとても真面目で責任感があるリーダーなので、彼はこの件に関して、当然自分の役割だと理解しています。もちろん苦手なのは自分が一番よくわかっていますから、説明内容を考え、緊張しないように何度もリハーサルをするなど、自分なりに一生懸命準備をしていました。
そんな中で初めての会社説明会にのぞんだ訳ですが、残念ながらその結果は散々なものでした。人前が得意でないことに加え、不慣れということや極度の緊張も重なって、会社説明は淡々とした棒読みの状態となってしまいました。声が小さいうえに目線を上げる余裕すらなく、どうみても地味な雰囲気で、とても活気がある会社のようには見えません。内心焦っているリーダーが一生懸命に語ろうとすればするほど、参加者たちの気持ちが離れていくのは当然のことでしょう。
まわりのメンバーも、さすがにリーダーがそこまでうまく話せないとは思っていなかったので、慌ててフォローをし始めましたが、時すでに手遅し。リーダーが作り出してしまった「活気がない地味な雰囲気」は、結局最後まで挽回することはできませんでした。この日は20名近い参加者が集まった説明会だったにもかかわらず、その後の選考に進むことを希望したのは、たった3名だけというありさまでした。
このリーダーは自分の担うべき役割を理解し、「理念はリーダー自ら語らなければならない」と強く思っています。そこから自分なりにできる限りの準備をして、苦手なことにも進んで取り組みました。当然ですが、仕事への責任感が強い真面目なリーダーです。しかし、この時はそれが裏目に出て、失敗につながってしまいました。失敗したこと自体はあくまで結果論ですが、このリーダーの行動には、こうした「失敗につながる要因」がいくつかあります。
中でも最も大きな要因は、「自分の役割に他のメンバーを巻き込もうとせず、すべて自分だけで対処しようとした」ことです。このリーダーは、新卒採用の担当になったばかりということもあり、他のメンバーとのコミュニケーションには、まだぎこちないところがありました。何とか自分の役割を全うしようと、苦手なことにも取り組みましたが、事前準備はどれも自分なりに行なっていたことで、周りのメンバーに意見を求めたり相談したりしていませんでした。
この時メンバーたちは、「そこまで苦手だとは思わなかった」と感じたのですが、実はこのリーダーは自分自身のことをあまり他のメンバーに伝えないタイプでした。たとえ不慣れなことでも、「リーダーとして」という責任感の方が強かったのでしょう。加えて、「新しいリーダーとして認められなければ」というプライドや焦りもありました。
結果的には、この「リーダーとしての責任感」が誰からもサポートを求めない「独りよがりな思考」になり、説明会の失敗につながってしまったのです。もっと自分自身のことを他のメンバーに伝え、合わせてメンバーたちのことも知り、まわりのメンバーからサポートを求める姿勢が必要だったのです。