一生折れないビジネスメンタルのつくり方

名越康文 朝起きたときに“会社に行きたくない”と思ったら……

Getty Images

“会社に行きたくない……”は「辞めどき」のサイン?

朝起きたとき、なんとなく「会社に行きたくない……」という気分になったことはないでしょうか? 巷では、これを「仕事の辞めどきのサイン」という人もいますね。

どれだけ仕事が辛くても、ストレスが溜まっていても、私たちは「会社を辞めたら生活ができなくなるのでは?」という不安で、なかなか「辞めよう」と決断することはできません。でも、朝起きたとき、身体は正直に「これ以上無理をすると、心も身体も、壊してしまうよ」と教えてくれている、というわけです。

これは一理ある、と僕も思います。ただ、実際には一時的な身体や心の不調のせいで「今日は行きたくないな……」と感じているだけで、仕事そのものには、そこまで嫌気がさしているわけではない、という場合もあるでしょう。
当然、こうした場合は、焦って「仕事を辞める」といった大きな決断をするのではなく、まずは少し休みをとり、体や心の調子を整えてから仕切り直したほうがいいはずです。

心の中の「湖の水位」を見る

今の仕事を辞めるべきなのか、踏みとどまるべきなのか。今、自分がどの程度ストレスに追い詰められているのかを簡単に自己診断する方法として、「水辺に立つ自分をイメージする」という方法があります。ちょっと迷信のようですが、こだわらずに一度遊びのつもりでやってみてください。

これは、自分では無意識のうちに、仕事のストレスがどれくらい溜まっているか、そして「水の深さ」で「仕事への煮詰まり方」を示してもらうという方法です。まず、目を閉じて、池や湖の水辺に立つ自分をイメージしてみます。

さて、どんなイメージが出てきたでしょうか? 水は綺麗に澄んでいますか? それとも淀んで、底が見えないほど真っ暗でしょうか? あなたが立っている場所の水深はどれくらいですか? 足首までですか? 膝まででしょうか? それとも腰くらい? 胸まで来ている? いかがでしょうか……。

イメージの中に現れた「水位」は、あなたが抱えているストレスの量を表しているわけです。

うまくイメージの中に集中できたとしたら、目安としては、水面が膝ぐらいより下ならまだ余裕あり、腰くらいであれば「ちょっと煮詰まって来ている」状態、胸以上なら「要注意」と、一応僕は考えています。

そういう意味では、水位が上半身に達しているときの、“会社に行きたくない”は、まさに「辞め時」のサインと考えてもいいかもしれません。

もちろん、これは自己診断ですので、主観的な目安に過ぎません。ただ、自分が今感じているストレスや、それに対処しようとしている自分の状態がどれほど切迫しているのかをチェックする方法としては意外に有効なので、覚えておいて欲しいと思います。

「その場しのぎ」こそが大切

さて、「湖の中に立つ自分」をイメージしたとき、水位も低いし、水も淀んでいない。身体にもそれほど倦怠感があるわけではないということであれば、あなたが「今日は会社に行きたくないな……」と感じているのは、長期的なストレスの現れというよりは、その日の心身の状態がたまたまよくないからだと、ひとまずは把えていいでしょう。

そのときに必要となるのが、ストレスに対する「コーピング」です。コーピングという言葉には深い意味・浅い意味、つまり多様な意味があるのですが、ここで私が言うコーピングはそのうちで対症療法的な部分を指しています。あえて分かりやすく言えば、問題を根本から解決するということをひとまず棚上げして、「その場しのぎの対処をする」ということです。

ミント味のガムを噛むと、口の中がスーッとします。ガムには別に、口臭の原因となる口腔内の細菌を殺す成分は入っていません。でも、口臭や、口の中の気持ち悪さは解消される。ストレスに対するコーピングとは、いわば、この「ミント味のガム」のようなものです。

「その場しのぎでは意味がない。問題は根本的に解決しないといけないんじゃないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし日々を生き抜くビジネスマンのストレスマネジメントにおいては、その場しのぎ、すなわちコーピングを上手く使いこなすことが、実際にはけっこう大きな鍵となります。

さまざまなコーピング方法がある

コーピングには、さまざまなバリエーションがあります。例えば、数日休みをとって温泉に行くなどして、しっかりと休まないとストレスから解放されないときもあれば、目を閉じて3回深呼吸をすれば、ある程度気分が落ち着くときもあります。

あらゆる芸術活動というのは、コーピングとしての側面を持っています。怒りや悲しみ、絶望や倦怠感といったマイナスの感情をアートに昇華した絵画や音楽作品は数知れずあります。カラオケボックスで熱狂的に歌って発散するのも、映画を観るのも、逃避行動としての側面を持っているでしょう。

作家の立花隆さんが以前、インタビューで「原稿が行き詰まると料理をつくる」という話をされていました。僕も、原稿の最後の3行が出てこないときは、10分ほど散歩に行くことがあります。そうすると戻ってきたときに、フッといい言葉が降りてくることもある。これも原稿のプレッシャーから解放されるためのコーピングとしての側面があるといえるでしょう。

このように、コーピングの方法というのは人それぞれであり、状況によっても多種多様です。僕の提唱している性格分類(体癖論)には「7種体癖」というタイプがいます。
声が太くて親分肌で、人情家のタイプですが、このタイプは、ピンチになると、わざわざさらに自分を苦境に追い込むような問題を新たに抱えようとするという行動傾向があります。

これもまたコーピングの一つと言えそうですが、もちろん万人におすすめできる方法ではありません。その人のタイプや置かれた状況、ストレスの重さ、頻度によって、コーピング方法を選ぶことが大切だということです。

自分に合った「その場しのぎ」の方法を持っておくこと。それは、日常のトラブルに対する耐性を高めると同時に、ストレスを限界まで溜め込まないためにも決して軽んじられないポイントなのです。

ご感想はこちら

プロフィール

名越康文
名越康文

精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。
臨床に携わる一方、TVやラジオ番組でのコメンテーターや映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍する精神科医。
近著に『「SOLO TIME」ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である」』などがある。

出版をご希望の方へ

公式連載