ビジネス書市場というのはどこにあるのかというと、簡単にいえば書店店頭にあるということになる。実際の市場としては、アマゾンもあればその他の電子書籍もあるし、規模は(現在のところ)大きくはないが古書市場もある。しかし、やはり本の販売量で圧倒的に大きいのはリアル書店の店頭である。
その書店の店頭で、10年ぐらい前から見かけるようになった奇妙な光景がある。それは、ときたま、あまりマークしていない(それほど売れているとは思えない)本が、書店の平台に山積みになっていたことだ。山積みになっている本を見ると、わたしが知らないだけで、この本もベストセラーなのかなと思うのだが、調べてみると必ずしもそうではない。この山積みの本は、どういう理由で山積みになっているのか、わたしは長いこと疑問だった。
本は場所によって売れ方が異なることがある。ビジネス書の場合、郊外型書店より都市部の書店のほうがメインの市場であるが、都市部の書店でも、有楽町・大手町と日本橋とでは、本の売れ行きに若干の違いが出る。したがって、特定の本が特定の書店で売れるという現象は珍しいことではない。
とはいえ、平台に山積みするほどの本というのは、わたしの感覚としては40万部を超えるような勢いのあるベストセラー本である。なぜなら、それくらいの力のある本でなくては、広いスペースをひとつの本で占めるというのは、書店にとってリスクがあり過ぎるからだ。もし、平台が450冊の本を置けるスペースであれば、30点×15冊が置ける。30種類の本を置けばリスクは分散され、1点当たり1日、1冊でも30冊の売上となる。ところが、1点×450冊では1日1冊で終わることだってある。
それでは書店は大損なので、村上春樹の新刊のような本ならば山積みはしても、その他は売上が見込める話題のベストセラー以外は、大量に仕入れて店頭の一角を占有するということはない。だから、店頭で山積みされている本のほとんどは、押しも押されぬベストセラーなのだが、ときどき、けっして話題になっているともいえず、売れ行きもそれほどとは思えない本が書店でかなりのスペースを占めていることがある。これが不思議なのである。
それで今回、本稿を記すにあたって、この山積み本の理由を含め、いままで疑問だったことを、まとめて何人かの関係者に聞いてみた。結果、わかったのが次のことである。
結論からいうと、本が書店に山積みされている理由は「売れている本だから」ではなく、「売りたい本だから」である。売りたい本というのは、いま売れている本を「さらに売りたい」というケースと、出したばかりの新刊で、まだ売れるか売れないかわからないが、出版社としては「強く売り出したい」という2つのケースがある。
わたしが奇妙に感じたのは、後者のケースだった。
前者のケースは売れゆき良好な本なので、書店のほうから求めることもある双方向性だが、後者のケースは出版社側から提案し、それに書店が同意するという一方向だけである。書店にとって前者はリスクが小さく、後者はかなりのリスクを伴うからだ。したがって、後者のケースは書店と出版社の信頼関係がモノを言う。お金を積んだらできるのかという話ではない。
山積みされている本の高さが示しているのは、売上高ではなく、書店と出版社の信頼関係の高さ(強さ)なのである。